10冊目の本、「人間力10倍アップの極意」本日電子書籍で出版しました!

10冊目の本、「人間力10倍アップの極意」本日電子書籍で出版しました!
昨年12月に「現代の3本の矢力 10倍アップの極意」を出版しました。
「現代の3本の矢力」とは、「思考力」、「人間力」、「健康力」の3つで、私の造語です。
「現代の3本の矢力 10倍アップの極意」は、大変評価の高い書籍で、自他共に認める最高傑作と言える書籍と思います。ただし、紙数の制限から、まだまだ書き足りない部分が多数あります。
そこで、「現代の3本の矢力」を電子書籍で補うことにしました。
読者の皆様には、気軽に読んで分で分で頂けるようなボリュームにしました。また、価格も495円とお求めやすい価格設定をしました。
今後、2年間に亘り計8作電子出版する計画です。
今回はその第1弾「人間力10倍アップの極意-本当の自分に忠実に生きる」です。
ただし、出版記念キャンペーンとして、
1日17時~4日16時59分まで無料キャンペーンとしました。
是非このキャンペーンに応募し、「人間力10倍アップの極意」を第1位にして頂けますか。ご協力よろしくお願い申し上げます。

人間力10倍アップの極意: 本当の自分に忠実に生きることであなたの人生は輝き始める! (Ichigoichie出版)
Amazon Services International, Inc.による
詳細はこちら: https://www.amazon.co.jp/dp/B09TJNPJRH/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_KS9N2KPPH2HTTM3SF0SP

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2026年3月11日 (水)

「マーキュリー通信」no.6092【本日は東日本大震災発生から丁度15周年の日に思う】

「マーキュリー通信」no.6092【本日は東日本大震災発生から丁度15周年の日に思う】
本日は東日本大震災発生から丁度15周年の日です。
当時、震災の影響で亡くなられた多数の犠牲者、さらには原発被害に遭われた多数の犠牲者のご冥福を心からお祈りいたします。

大地震発生後の夏に現地を訪ねました。
震災の傷跡が生々しく、未だにその記憶が残っています。
私にとってはあれからあっという間の15年ですが、被災地の方々は幾多の困難を乗り越えて、厳しかった15年と推察します。本等にご苦労されたことと思います。
その時産まれた赤ちゃんは、今15歳になっているわけですから、時の経過を感じます。

当時、絆という言葉も生まれました。
お互いに助け合うという気持が芽生えました。
それは昭和30年代の古き良き日本の社会でした。
残念ながら時の経過かと共に、絆社会も長続きしていないようです。
しかし、私はその絆社会の古き良き日本社会を、私が来年開業予定のシェアハウスユートピア館で実現しようと思っています。

当時、日本人の良さも見直されました。
震災で食料品、日用品が不足し、コンビニの前は長蛇の列でした。
これが海外なら、我先にと、コンビニに押しかけるところでしたが、日本人は整然と並んでいました。
しかも東北の冬は未だ寒い季節です。日本人の忍耐強さと共に日本人の素晴らしさを海外が再発見した頃でした。

世界は、今だけ、カネだけ、自分だけの世界ですが、一方でこの日本人の素晴らしさが見直され、風の時代の到来と共に、日本が世界の平和の中心になっていくことを期待しています。

◆◆◆◆◆◆追記◆◆◆◆◆◆◆

震災当日、私は東京ビッグサイトで展示ショーを商用で視察していました。
その後、サントリーホールでコンサートに行く予定でした。

しかし、余震が治まらず、交通機関は全面的にストップしました。
結局東京ビッグサイトで一夜を明かすことになりました。
携帯電話も使えませんでした。公衆電話の前は長蛇の列でした。
たまたま会議室を見つけ、テーブルの上に寝ることにしました。それを知った人が続々とその会議室にやってきました。
いつの間にか私がそれを取り仕切ることになっていました。

会議室の近くにはトイレがありました。
東京ビッグサイトの近くにはコンビニもありました。
そこで食料を調達しました。

翌朝、地下鉄が再開したニュースを聞き、4時代の地下鉄に乗って帰宅しました。
私にとって、生涯忘れられない1日となりました。

この時の経験から、地震大国の日本では、持ち家は危険と認識し、現在賃貸のマンションに住んでいます。

◆◆◆◆◆◆追記◆◆◆◆◆◆◆

震災発生の夏に、現地を訪ねました。
私のような高齢者が行っても何の役に立たないと思いました。
そこで私は被災地を訪ね、できるだけお金を落とすことを決めました。

石巻駅に着いたのが夕暮れ時でした。
駅前は空車のタクシーで一杯でした。
私は、タクシーに乗って、女川原発まで行くように頼みました。
道路はまだ水没箇所が多数あり、暗闇の中、慎重に運転しながら、被災地を視察しました。
そして女川原発から石巻駅まで戻ってきました。タクシー料金は2万円弱でした。私は釣り銭はいらないと運転手に告げると、運転手は感激で涙ぐんでいました。その姿が印象的でした。

翌日は昼間の石巻港を見ました。無数の車がぐしゃっと積み上げられ、多数の建物は倒壊していました。その悲惨な光景は未だに目に焼き付いています。

観光地 牡鹿半島・金華山も訪ねました。ところが観光道路は陥没箇所が多くうまく走れませんでした。それでも2万円程度のタクシー料金を払うと運転手は喜びます。
政府は、観光地の早期復旧こそ、被災地支援で重要と思っていましたが、当時の民主党政権は何もやってくれないと不満が充満していました。

私は被災地を3年連続訪ね、お土産も多数買いました。それがせめても被災地の方々にお役に立とうという気持と思っていました。

◆◆◆◆◆◆追記◆◆◆◆◆◆◆

左翼政党が政権を取ると神仏の怒りを買い、天変地異が起きると言われています。
社会党村山富市政権の時に阪神大震災が発生しました。

その26年後、左翼の菅直人政権の時に東日本大震災が発生しました。

幸い現在は保守の高市政権なので、当分は天変地異が起こらないものと期待しています。

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