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2005年2月26日 (土)

「マーキュリー通信」no.72【Special Olympics開幕part2】

 昨日Special Olympicsのことを発信したところ、読者から下記情報(東京新聞)を頂きましたのでご案内致します。
 Special Olympicsは明日26日開幕ですが、本日25日20時からNHK衛星放送第2で放映されますので、是非ご覧になって下さい。

【スペシャル五輪 ともに今を生きている】
 長野県で二十六日開幕するスペシャルオリンピックスは、知的発達障害者の“五輪”だけにはとどまらない。選手、ボランティア、観客が心ひとつに紡ぎ出す、共感と喜怒哀楽のひとときだ。

 スペシャルオリンピックス(SO)冬季世界大会には、八十六の国と地域から千九百人の選手と八千五百人のボランティアが集い、スキーやスノーボード、ホッケーなど七競技、七十九種目に挑む。

 SOは、競技会の名称だけにはとどまらない。知的ハンディを持つ人たちに、いつでもどこでも日常的に、スポーツによるトレーニングプログラムを提供する活動全般を指す。だから「オリンピックス」と、複数形の「S」が付いている。

 活動を支えるボランティアたちが一様に「彼らにしてあげた何倍ものことを、彼らから学ぶ」という。
 そう言われて周囲を見渡せば、世間には常軌を逸した悲惨な事件が多すぎる。
 “健常者”として普通に暮らす多くの人が、「自立」と「身勝手」、あるいは「孤独」をはき違え、インターネットを過信して、親しい人の体温や肉声からも遠ざかっていくようだ。

 画一化された映像がまき散らす見かけの「豊かさ」に惑わされ、自分が今、何を求めて、どこでどうしているかさえ理解できなくなることがある。目に見えない不安や不満にいらだち、犯罪には至らぬまでも大都市の街角や匿名のネット上では、ののしり合いの絶え間がない。

 世の中には、面と向かって「ありがとう」とか「ごめんなさい」と言い合うだけで片づくことが、案外たくさんあるはずなのに。
 昨夏のアテネ。パラリンピックの熱戦に、ひとときの清涼感を感じた人は多かった。一般の五輪の商業主義に倦(う)んだという理由だけでは、説明のつかない何かがあった。

 科学と医学で武装した機械のように力強く正確無比な五輪のスーパースターより、ハンディを背負った自分自身にひたすら挑む生身の人間に、本当の“健常者”を見いだしたからに違いない。

 SOではさらに進んで、選手を支えるボランティアやホストファミリー、スタッフそして観衆が、一体となり競技に臨む。温かい支援や声援が、競技者から未知の力を引き出す要素が一層強くなる。その意味でも、複数形になるのだろう。

 あこがれの五輪に自らも出場を果たした気分になって、ともに生きる時間と実感を分かち合いたい、長野の八日間である。

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