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2005年6月 7日 (火)

「マーキュリー通信」no.115【劇団ふるさときゃらばんサラリーマンミュージカル  「パパの明日はわからない」を観劇して】

 4年間に亘ってロングランで全国公演されてきた劇団ふるさときゃらばんサラリーマンミュージカル「パパの明日はわからない」の東京最終公演が昨夜池袋の東京芸術劇場で行われました。

 ふるさとキャラバンは、15年ほど前に異業種交流会で紹介され、その魅力にとりつかれ、私もふるさときゃらばんの団員となり応援を続けています。ふるさときゃらばんは、その時々の社会情勢を反映したサラリーマンものとふるさとものを交互に上演しています。今回の、「パパの明日はわからない」では、千名以上の方の取材を通じ、現在の企業を取り巻く環境を足で取材し、台本に反映しています。だから見る方が共感を呼びます。今回のテーマは「リストラ」を巡る人生模様。非常に考えさせられるものがありました。
 今回のミュージカルの内容はhttp://www.furucara.comから見ることができます。ミュージカルの素晴らしさの一端をかいま見ることが出来ます。

 さて、「マーキュリー通信」の読者の皆様には、昨夜の東京最終公演観劇の感激の一端をご紹介したいと思います。
 グルマン食品栗木勉は家庭を一切顧みず仕事一辺倒。会社の命令で、人事部課長として、リストラで多くの社員の首を切る辛い役目。それが評価され、商品開発部長まで昇格した。しかし、妻敏子は夫に愛想を尽かし、インテリアコーディネーターとして活躍を始める。長男は流行りの金髪で浪人。将来の進路が分からず呻吟している。高校生の娘はぐれて家出し、栗木家は崩壊状態。
 そんな栗木に会社は退職勧告。栗木が失業した時、妻は自分が栗木家の家計を支える代りに夫に主婦を薦め、栗木はそれを受ける。栗木は主婦業をやって、主婦の仕事の重要性を認識する。家族の経済的危機状況が発生した時、子供たちは自立し始め、却って家族関係は好転する。

 一方、グルマン食品では、栗木の商品開発部長としての置き土産、「キジ焼きめし」が大ヒット。24時間体制のフル操業でも追いつかない。栗木は主婦業の傍ら仕事を探しに行くが、全然見つからず、とうとう地元のスーパーのパートとして働く。栗木はプライドを捨て、顧客サービス係として一生懸命働き、周りの若い人たちの手本となる。プライドを捨てた栗木の働く姿を見ていて、これまで部長までやった人間がパートで働くなんて格好悪いと思っていた家族が栗木を見直し、家族の結束が強まる。

 今回のミュージカルも本当に感激しました。仕事一辺倒の栗木の姿は、世の男性諸君の姿そのものだし、家族の崩壊状態もかなり世相を反映している。
 その一方で、家庭が経済危機に陥ると却って子供たちも親に甘えていられないと言う自立意識が芽生えてくる。皆さんの中にも、夫、妻、子供に対する不満をお持ちの方も多いと思います。しかし、失ってみて家族の素晴らしさを実感することは良くあることです。 仕事もそうです。失業してみて、仕事が出来るありがたさ、そして家族にとっては収入が安定的に入ってくるありがたさを痛感するものです。ですから、普段当たり前にあると思ったものに対し、感謝してみることも大切だとミュージカルを通じて改めて感じました。

 一方、当社も中高年、年配者の方を昨年来多数採用しています。しかし、皆さんご自分のこれまでの職歴、年齢、肩書き等のプライドを捨て去ることが出来ません。そして職場と調和できずに去っていく中高年、年配者の方が多数います。本ミュージカルの栗木元部長のように捨てるべきプライドを一切捨て、素直になり、今仕事が出来ることに感謝し、自分のやるべき仕事を全うし、本来あるべき姿を発揮すると、年齢に関係なく職場にとけ込み、職場は受け入れてくれます。本ミュージカルでプライドを捨てることの重要性を教えてくれました。プライドを捨てると、人間どんなことでもできることを手本で見せてくれました。

 プライドに関しては、10年ほど前、米国ユタ州で行われたコンベンションで聴いた盲目のマルチタレント、トム・サリバン(Tom Sullivan)の言葉が今でも忘れません。彼のメッセージが私の魂の中にぐさっと突き刺さりました。トム・サリバンは全盲で、バンジージャンプ、スキー、水泳、司会者等多数の仕事をこなし、多数の米国人にいつも感動を与えているスーパースターです。
"Pride is a personal responsibility for each individual's daily efforts"\n訳すと、「プライドとは、個人の日々の努力目標設定に対し、自分が個人としてどの程度反応できたか」ということになります。日本語の責任は、英語でresponsibilityとなります。つまり、反応する力が責任ということです。反応する力とは、自分が日々課している課題、目標に対し、自分の経験に加え、自分の周囲から入ってくる情報を素直に受け止め、処理し、課題の克服、目標の達成をしたかどうかと私は受け止めています。この情報を素直に受け止めることが非常に難しいといえます。これが年配になればなるほどフィルターがかかり、難しくなってきます。

 私自身Tom Sullivanのメッセージを私の座右の銘として、毎日肝に銘じ、日々努力を続けています。そして、その努力が不足していたとき、私は自分のプライドに恥ずべきと反省し、明日への飛躍・発展、魂の向上に繋げていこうと日々肝に銘じています。

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