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2005年8月23日 (火)

「マーキュリー通信」no.163 人生の新発見ー8【人生は何度でもやり直しできる】

 「人生の新発見」と題した8回シリーズも今回が最後です。
 私自身仏教の八正道を通じ実に多くの学びを頂きましたが、その学びの一端を皆様にご披露することができことを嬉しく思います。

 八正道自体仏陀の智慧であり、とてつもなく奥が深く、私の学んだことなど、ごくごく一部です。そして、この私の「人生の新発見」をご覧になった方がご自分の「人生の新発見」をして頂き、少しでもお役に立てば、望外の喜びです。
 アラブのある大富豪の話です。そこは一夫多妻制の国です。その大富豪には4人の妻がおりました。
 その大富豪は臨終の時に、一番愛した妻に、「わしと一緒にあの世に行ってくれ」と命じました。大富豪がこれまで一番愛してきた妻なので、当然一緒に行ってくれるものと思っていました。しかし、その妻は、「いいえ、行けません」とにべもなく大富豪の申し出を突っぱねました。
 次に、2番目に愛した妻に言いました。「わしと一緒にあの世に行ってくれるよね」。一番目の妻に拒否された大富豪はショックで自信を失っていたので、今度は多少お願い調で言いました。しかし、2番目の妻からも、「いいえ、私は行けません」と、これまた拒否されました。
 立て続けに拒否された大富豪はショックでした。3番目の妻には、懇願する気持ちで、「ワシと一緒に是非あの世に行って欲しい!」と哀願しました。しかし、3番目の妻は、大富豪があの世に旅立つときに見送りに来てくれましたが、一緒にはついてきてくれませんでした。
 そして、最後の4番目の妻です。生前一番お粗末にないがしろにしていた妻でした。大富豪は、すっかり自信を無くしていました。この妻は、「一緒には絶対についてこない」と思っていましたが、一応、「ワシはこれからあの世に旅立つ。一緒に来てくれるかのう」とだめもとで言ってみました。すると、4番目の妻は、たんたんとした表情で「お供させて頂きます」と応えました。
 さて、皆さんにはこの話は何のことかご理解できましたか?

 実は、一番目の妻は、「金、土地、モノ、その他諸々の財産」のことでした。つまり、死ぬときには、財産は一緒に持っていくことができないことの比喩です。
 二番目の妻は、「地位、名誉、肩書き等」です。これもあの世に持っていくことはできません。死ぬ時にいくら高い戒名代を支払っても、戒名代の多寡などあの世では関係ありません。
 三番目の妻は、「家族、親、兄弟、親類縁者」のことです。最期、葬式に参列して、死を看取ってくれま。
 そして、最後四番目の妻とは、大富豪の「心」そのものだったのです。つまり、「あの世に持って行くことができるのは心だけなんですよ!」という教えでした。

 お釈迦様の時代に、アングリマーラという殺人鬼がいました。毎晩どこかで人が殺され、地元では恐怖で眠れない日々が続いていました。
 アングリマーラは999人の人を殺めました。そして、千人目がお釈迦様でした。アングリマーラは、お釈迦様を殺そうと必死で挑みかかろりました。しかし、何度やってもお釈迦様を殺すことができませんでした。 お釈迦様は、アングリマーラの心の弱みの部分を見事喝破していました。アングリマーラはとうとう観念し、降参しました。そして、お釈迦様に懇願して弟子入りしました。
 弟子となったアングリマーラは、庶民の罵声を思いっきり浴びました。托鉢に行ってももちろん住民からお布施として食事をいただけません。そればかりか多くの人から、殴られ、蹴られ、血を吐くほどめった打ちに遭い、死ぬ思いを何度も経験させられました。 しかし、アングリマーラはこの辛さに堪えて、堪え抜きました。これまで自分が犯してきた罪、業(カルマ)の刈り取りと思い、必死に修行を積み重ねました。そして、最後は悟りを開き、死後は天国に行ったそうです。
 親鸞聖人の「悪人正機説」もここから出ているようです。つまり、悪人でさえ心から改心して修行を積めば、極楽に行けると説法しました。

 さて、「人生の新発見」の最終回は、「人生は何度でもやり直しがきく」テーマです。
 「財産、地位、名誉、肩書き等」は世の中を良くしていく手段、自分の魂を磨いていく手段と理解できるかがキーポイントです。それが目的化したときに人生に狂いが生じてきます。その時、「財産、地位、名誉、肩書き等」に心が奪われ、一番大事な「心の主人公」であることを見失っていきます。アラブの大富豪からはそのような教訓を学びました。
 そして、古代インドの殺人鬼アングリマーラからは「人生はいつでもやり直しがきく」ことを学びました。
 但し、やり直しは、歳をとればとるほど大変になってきます。このやり直しができないままあの世に行くと、その行き先は恐ろしい地獄へと堕ちていきます。そこで深く深く反省をさせられます。そして、反省がきちんとできた段階で天国に上り、再び地上に生まれ変わることができます。 これが「仏の慈悲」と気付きました。そして、人生の意義、深遠さを八正道から学び取りました。 八正道研修から1週間以上経った今でも、心の塵・垢が落ちた状態で、心がさっぱりしていて、すがすがしい気分です。凡人の私がこの心の状態を続けていくことは非常に難しいです。しかし、その時は、又八正道研修を受けて、湯上がりのようなさっぱりとした気分に再び浸りたいと思います。

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