「マーキュリー通信」no.169 人生の新発見-番外編【人生は自分が創ったシナリオを自らが主人公として歩んでいくドラマ】
八正道研修を受けて2週間が経ちますが、まだ心の塵・垢がとれたままで気分がさっぱりの状態です。
さて、研修で学んだことを「人生の新発見」と題して8回シリーズで皆様にお伝えしてきましたが、その後新たにインスピレーションとして沸いてきたことを番外編としてお伝えしたいと思います。
人生はよく「筋書きのないドラマ」と言われます。しかし、私の半世紀以上の人生を振り返ったとき、「人生は自分が創ったシナリオを自らが主人公として歩んでいくドラマ」という実感がします。
5歳で母親が病死。翌年小学1年生の時に父親が家出。しかし、実家に引き取ってもらったので、少年期は経済的には不自由なく暮らしました。
実家の伯父さん夫婦には子供がいなかったので、子供同士の葛藤がなかった。そして、祖母が母親代わりに育ててくれたことも幸運でした。実家は、祖父の代から続いている町の自転車店で現在では全国でもベスト10入りするほど大繁盛しています。伯父さん夫婦に子供がいなくて、血の繋がった私が養子となり家業を継いでも良かったわけです。
しかし、私自身自転車のパンク修理等苦手で、家業を継ぐつもりが全くありませんでした。又、伯父さんも私の性格や気持ちを察知してか、家業を継ぐ話は出ませんでした。
そして、10年後、高校2年生の夏に父親が家出から帰ってきます。ここから私の運命は大きく変わってきます。 実家は、商家の為、高校2年から大学受験に猛スパートをかけていた私にとり、勉強しづらい環境でした。しかし、父親と一緒に暮らしてからは、大学受験に専念できるようになりました。父親もずいぶんと気を遣ってくれました。
10年間子供を放っていた父親はそのことを深く反省し、「大人になったらおまえの面倒を見てもらわなくても良い。自分の好きなようにしなさい」と常々言っていました。 そして、そのことが私が世界を股にかけるビジネスマンとして活躍できる下地ができあがりました。父親の役割は、私が将来商社マンとして活躍するためにでてきたと言ってもおかしくないほど、実にドンぴしゃのタイミングで現れました。その意味で父親には感謝しています。
このように人生を見ていくときに、私の人格形成も含め、私の人生を眺めてみると、私自身が出生前、「今世はこういう親の下に産まれ、こういう人生を歩んでいきたい」と思って親を決め、自分が書いたシナリオに沿って歩んできたと思った方が自然な感じがします。
そして、半世紀以上経った現在自分の人生を俯瞰したときに、自分の書いたシナリオ通り殆どいっているような感じがします。
自分の人生を、母親を亡くした5歳から10年刻みで人生を見たときに、10年後の自分の将来などもちろん具体的には判りません。 しかし、おおよその方向に行っていることが判ります。 10年前40代半ば三井物産在籍時代は、世界最小の総合商社の経営をやっているとは夢にも思いませんでしたが、50歳までには三井物産を退職して、事業家としての道を歩んでいきたいという気持ちは持っていたので、その方向に進んでいます。
その10年前30代半ばは、カナダから帰国した頃です。鉄鋼部門から情報産業部門に異動の希望を出していて、新しくできた情報産業部門で活躍したいと思っていました。異動後、テレマーケティングの新会社?鰍烽オもしホットラインの創業に参加し、そこで自分の適性を発見し、人生が大きく変わる節目となりました。
その10年前、20代半ばは、鉄鋼の国内営業に異動した頃ですが、「世界を股にかけるビジネスマンになりたい」という思いを強く持ちながら、泥臭い国内営業をやっていました。その5年後にはカナダに転勤となりました。
そして、その10年前は「世界を股にかけるビジネスマンになりたい」という思いを持ち、大学は一橋大学商学部と決め、一生懸命受験勉強している自分がいました。
このように10年刻みで自分の人生を見てみると、それは「思い」と「行い」そして、「選択」の連続といえます。
これを仏教的にいうならば、因果応報、縁起の理法ということになります。即ち、現在の自分は全てどういう種を蒔いてきたか、そしてその種に水をやり、果実が実っていくわけです。その果実の甘さ、苦さは全て自己責任ということになります。
私自身の将来も現在の延長線上にあります。第3の人生は、「世の為、人の為、思い切り社会貢献していく」というのが私の基本的行動スタンスです。その果実の部分は、老人ホーム「ユートピア館」の理事長で社会貢献していくといのが私のシナリオとなっています。10年後の自分は明確には判りませんが、そういうふうなシナリオ描くことによって人生をよりエンジョイすることができます。そして、自分の将来は明るく楽しい人生に映ります。
そうなったとき、私がイメージする人生は、「心が主人公」、自分が「人生の主役」となり、「光り輝く自分」として人生を全うできたときに、「ああ、いい人生だった」と心から言える人生としたい思っています。 生涯現役、百歳まで生き、思いっきり社会貢献できる自分になりたいと思っています。
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