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2005年11月 2日 (水)

「マーキュリー通信」no.226 【私を育ててくれた元上司達-3「梁瀬健次郎氏元三井物産株式会社条鋼建材部長】

 昭和50年~52年、開発会計から営業に異動した時の最初の課長。私にとってラッキーだったのは、業界を代表する最優秀営業マン2人(梁瀬さんと前回ご紹介した土井さん)を上司に持ち、徹底的に鍛えられた事。
 土井さんが体で導くのに対し、梁瀬さんはマナー教育から始まって、箸の上げ下ろしまで細かく指導する。そのお陰で営業マンとして、物産マンとしての基本動作がしっかり身につくことができました。 梁瀬さんから学んだ事で今でも私の脳裏に焼き付き、残っていることが2つあります。

 1つ目は徹底した業績管理。当時の梁瀬課長率いる鉄鋼建材部第1課は、利益が出るか出ないかのぎりぎりの状態。毎月シビアな業績管理で、何とか黒字を維持していました。 この手法は、マーキュリー物産の社長となった現在でも、毎月の月次で損益をしっかりと把握し、翌月以降の計画修正を必要の都度行っています。 更に、中小企業の資金繰りは非常に重要で、梁瀬さんの業績管理の手法を引き継ぎ、日々の資金繰りと向こう3ヶ月の月単位の資金繰りも適宜行い、資金繰りに支障を来さないよう、絶えず把握しています。

 2つ目は、三井物産の課長自らが鉄鋼製品のカタログをリュックに入れて客先を訪問したとの伝説。私自身苦しい時に、「あのプライドが高く、物産のエリートコースを地でいっている梁瀬さんでさえ、課長時代に頑張った。だから自分も頑張ろう」と時々思い出しながら、自らを奮い立たせる事がよくあります。

 56歳の現在、世界最小の総合商社の社長として、生ごみ処理機の販売や耐震防災事業での現場回り等、今でも苦なく客先訪問するのは昔の原体験に基づいているからです。前回の土井さんと今回の梁瀬さんの業界を代表する超厳しい2人の上司に徹底的にしごかれたこと、そして20代後半という若いときに、2人の厳しい教育を受けたこともラッキーでした。
 豊かな時代に育った現代の若者がもし2人の教育を受けたとしたら、多分3日と持たないと思います。あの時あれだけ厳しい教育、しごきに耐えることができたので、様々な苦難、困難に出くわしても、やり抜けるのではないかと思っています。
 その意味で、お2人は若いときの人生の師でもあったわけで、今、心から「ありがとうございます」と言うことができます。

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