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2005年12月14日 (水)

「マーキュリー通信」no.257【本日は赤穂浪士の討ち入りの日】

 本日は赤穂浪士の討ち入りの日。今から303年前、1702年元禄時代徳川綱吉の治世の頃でした。
 子供の頃憧れ、その後社会に出てからその認識ががらっと変わったものに赤穂浪士と新撰組があります。

 私にとって、赤穂浪士とは、なぜ浅野内匠頭という馬鹿殿様のために死を捧げねばならなかったのか理解できないところがあります。本日NHK「その時歴史は動いた」で特集があったので、理解に努めました。
 私の認識違いに、お家断絶となった赤穂藩の大半が赤穂浪士かと思ったのですが、実は308名中討ち入りに参加したのは、僅か47名で、主君のために忠義を尽くしたのは少数派だったことでした。他の261名は、忠義より家族を守ることを選びました。そして、農民になったり、他藩に士官したりしました。
 当時元禄時代には、お家取りつぶしが頻繁に行われていました。従って、浅野内匠頭が殿中で刀を抜けば、切腹、お家取りつぶしは必定の掟でした。 そういう時代背景の中、日頃余り仲の良くなかった吉良上野介に馬鹿にされたと言って、殿中で刀を抜けば、どうなるかくらいは理解できていたはずです。自分の短慮から、一族郎党が失業することを考えれば、殿中で刀を抜く愚行はとどまったはずです。それをできなかったのは、やはり暗君、馬鹿殿様としか言いようがありません。事実、広島の浅野総本家からは、浅野家の恥辱と赤穂家再興を断られました。
 もし、浅野内匠頭が名君で、赤穂家のお家取りつぶしが理不尽なら、私も主君のために、家族をとるか、その二者択一にさんざん頭を悩ましたはずです。しかし、こんな馬鹿殿様のために、一家と自分の命を投げ出すなど、他の多数の家臣同様まっぴらごめんです。

 一方、吉良上野介は、昔他の番組で名君の誉れ高かったと報じられていました。それ以来は、私は吉良上野介支持派です。赤穂浪士討ち入りの後、討ち入りに参加した赤穂浪士全員切腹を命じられました。そして、吉良家もお家取りつぶしとなり、庶民の喝采を浴びました。
 しかし、恨み心で相手を罰し、それで主君の恨みを晴らしても、問題は解決しません。お家取りつぶしとなった吉良家の家臣及びその家族が今度は路頭に彷徨い、赤穂浪士に対する恨み心が生じてきます。番組ではそういう場面にも踏み込んで放映してほしかったです。

 さて、NHKでは赤穂浪士の正義を論じていましたが、吉良家討ち入りに忠義はあっても、正義などありません。「けんか両成敗」のルールを破ったのは、吉良家ではなく、徳川幕府です。本来その鬱憤を幕府に向けるところを、吉良家に向けるなど筋違です。それをできないやるせさなさを吉良家を向けたと推察しますが、テレビでは報じていませんでした。
 又、庶民の幕府に対する不満、ガス抜きをするために、赤穂浪士をヒーロー扱いしたのかと推測したのですが、その点も報じられなかったのが残念でした。

 今回、NHKが視聴者の意見を聞きました。番組では、赤穂浪士の生き方に賛否両論を展開しました。驚いたことに、赤穂浪士の生き方に否定的な見方も提示したにもかかわらず、6割以上の人が、赤穂浪士を支持しています。主君に忠実な、赤穂浪士をたたえています。私のような考えはどうも少数派のようです。皆さんのご意見はいかがですか。

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