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2006年5月 3日 (水)

「マーキュリー通信」no.373【私を育ててくれた元上司達-9「三井物産専務米倉国輔氏」】

三井物産専務米倉国輔氏は、私が開発会計から鉄鋼の国内営業(鉄鋼建材部)に異動した時の部長でした。米倉さんは、バンクーバー支店長から帰任して、鉄鋼第4部長(その後鉄鋼建材部から機構改組により部名変更)に着任しました。 英語好きの米倉さんは、部員の英語力アップのために、月1回の営業会議を英語でやることになりました。 国内の営業マンは英語が苦手の人が多いのです。その為、営業会議の前日に、上司から営業会議で話す内容を英語に翻訳して欲しい旨依頼がありました。直属の上司だけでなく、他の人からも、「菅谷は英語ができる」という触れ込みが伝わり、私のところに英訳が殺到してきました。 その内、営業会議で話す内容を考えるのが面倒なので、話す内容も私が考えるように指示されました。お陰で、営業会議の前日は本業の仕事以外でてんてこ舞いとなりました。 ところで、米倉さんの英語のできばえは、いわゆるジャパニーズイングリッシュで、発音も?で、本場の英語とはかけ離れていました。それでも出世するのだと意を強くしました。

 さて、鉄鋼建材部に在籍3年したところで、石炭部から英語ができる若手の募集がありました。当時石炭部は、第2次オイルショックの影響で、石炭ブームが起きて、活況を呈していました。そこで、国内営業経験者で英語ができる若手を募集していました。 当時の鉄鋼建材部で、英語の社内グレードであるILC5の資格を有している者は私しかいませんでした。 三井物産では、毎年年末に人事調査表があり、次の異動希望先を記入する欄がありました。そこで私は次の異動希望先として、原料関係の異動希望を書いておきました。原料関係を希望したのは、長期的視野で事業を見るには原料関係を経験することが重要でした。 そこで私が異動対象となりました。しかし、現場は猛反対。特に直属上司の土井さんは、右も左も判らない営業経験ゼロの私を独り立ちできるところまで手塩にかけて育ててくれたこともあり絶対反対でした。

 そこで当時部長だった米倉さんが私の石炭部異動の決断を下しました。米倉さんは一橋大学の先輩であったことも私の異動に幸いしたかもしれません。又、米倉さんのバンクーバー支店長の後任は、次期石炭部長の清水英邦氏でした。そんな関係もあり、私の異動は1年早く石炭部に異動となりました。尚、清水英邦氏は私の仲人になった方でした。石炭部異動後は、私の三井物産でのキャリア形成はとんとん拍子に進み、その後2年半後にはカナダ三井物産(カルガリー出張所)に転勤となりました。

 そんな私のキャリア形成に弾みを付けてくれた方が米倉さんでした。米倉さんは、4月14日に他界されました。享年80歳。私より2周り上の丑年でした。ご冥福をお祈りします。

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