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2006年6月11日 (日)

「マーキュリー通信」no.398【日本人の精神的荒廃を考える-11「仏教と資本主義」】

 宗教と資本主義の関係に関しては、20世紀の偉大な思想家マックス・ヴェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」が有名です。

 先日の「マーキュリー通信」でご紹介したとおり、初期の資本主義はプロテスタントの倫理が反映され、職業はcallingとして天職を全うすべく神から与えられた才能(gift)を発揮することがそもそもの基本でした。
 ルターと並んで有名な16世紀のフランスの宗教革命家カルヴァンは、「神のために人間が存在するのであって、人間のために神があるのではない」という人間中心の世界観から神中心の世界観へとコペルニクス的転回を果たしました。 経済は神の宇宙計画実現のための手段であり、資本主義を通じ得られた利潤は神の宇宙計画実現に奉仕するものだと主張しました。

 さて、資本主義というと日本では明治維新以降と一般的には考えられています。しかし、日本にも奈良時代に既に資本主義の精神が源流が流れていたと「仏教と資本主義」(新潮新書714円)の著書長部日出雄氏は語っています。

 奈良の大仏は聖武天皇が建立したことで有名です。しかし、その陰で奈良の高僧行基菩薩の協力無くして奈良の大仏はできなかったといわれています。 長部氏は、最澄や空海を押しのけて、行基菩薩は我が国の仏教史上最初で最大の巨人であると力説しています。
 行基菩薩に関しては、先日のNHK「その時歴史が動いた」で、奈良の大仏建立の陰の立て役者として賞賛していました。 大仏建立に際し、当初は聖武天皇もこれまでの通例に習い、民衆から税の取り立てと役務の提供を課しました。 しかし、度重なる飢饉で民衆の生活は疲弊し、一家離散の民衆も多数いました。聖武天皇からの詔勅に民衆は反発し、大仏建立は思うに任せませんでした。
 
そこで、仏教の民間普及伝道をしていた行基菩薩に白羽の矢が立ちました。 行基菩薩は、宗教の指導者としてのカリスマ性だけでなく、合理的な技術者、経営者、政治家としての天分も豊かに備わっていました。 行基菩薩は、道路や橋の建設、田畑の開墾等に民衆の力を借りました。彼に従う民衆は、菩薩になるための行と信じてよく働くので、池溝の掘削も、道路の建設も、橋の架設も 見る者が驚くほどの早さで進みました。 当時、社会主義的な土地制度の下で、農民の労農意欲が低下していましたが、「資本主義の精神」と民間活力が導入されたことで、農地は著しく拡大されていった。

 そこで、聖武天皇は行基菩薩に習い、大仏建立に際しては、税金として役務を課すのでなく、民衆の役務の提供に対し、政府は対価を支払いました。又、行基菩薩のお陰で仏に対する民衆の信仰が根付き、尊いものに対し自分の力を喜んでお布施させて頂くという民衆の気持ちが力となって、大仏建立は予想以上の早さで完成しました。 ここに資本主義の原型が見られます。日本の資本主義の原型も、欧州と同じで、仏のお役に立つという資本主義でした。

 当時の政府は、行基菩薩のやり方を否定しており、当初は行基菩薩を罪人扱いしていました。しかし、民衆の信仰心を活力とし、インフラ整備、そして仏教を布教していくという行基菩薩のやり方とその力に脱帽せざるを得ませんでした。 そして、聖武天皇をして、「ここに天平15年、菩薩の大願を発して、紗那物の廬舎那仏(るしゃなぶつ)の金剛像一体をお造りすることにする。国中の銅を尽くして像を鋳造し、山を削って仏堂を構築し、仏法を全宇宙に広めて、これを朕の智識(仏への帰依の証明)としよう。そして最後には朕も衆生も等しく仏の功徳を蒙って、共に仏道の悟りを開く境地に至ろう。以下省略。」ということを言わしめました。 上記の詔勅の中で、「最後には“朕も衆生も等しく”仏の功徳を蒙って、共に仏道の悟りを開く境地に至ろう。」という下りは、圧巻です。当時の社会で、天皇と民衆が仏の基では等しいという詔勅を発した聖武天皇の人間性にはただただ敬服するだけです。

 民間の僧侶が時の天皇を動かした行基菩薩の凄さと、NHKで「その時歴史が動いた」で取り上げるくらい画期的な出来事といえます。NHKでは資本主義の精神がそこに流れているとは触れていませんでしたが、まさに仏に対する信仰をベースとした日本型資本主義の原型ができたことは、日本におけるコペルニクス的転回といえるかもしれません。

 私が、シリーズで「日本人の精神的荒廃を考える」を取り上げてきましたが、21世紀の「あるべき日本」を考える際の貴重な歴史的出来事といえます。
 今週、村上ファンドの村上氏が逮捕されましたが、ホリエモン同様日本型資本主義精神の原型の爪の垢でも煎じて飲ませてあげたいです。

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