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2006年9月27日 (水)

「マーキュリー通信」no.487【私の異見・ひと言申す-12「安倍新総理に期待する-1 戦後の自虐史観を捨て、新しい日本の国家像を示しながら平和外交政策を推進して欲しい」】

 期待の星、安部晋三氏が総理に選出されました。安倍氏の場合、政治的手腕としては北朝鮮拉致事件で骨のある政治家として頭角を現し、いつの間にか次期総理候補№1となりました。
 
 しかし、政治手腕としては未知数の部分が圧倒的に多いので、期待が大きい反面、不安も大きい政治家と思います。
 そこで、まだ若いのですから、「ワンフレーズの分かりやすいが、一体中味は何だったのだろう」と揶揄されている小泉政権から、真の意味での改革を成し遂げる首相になって欲しいと思います。
 但し、周りには足を引っ張り、次期政権を狙おうとする輩も当然いるので、その辺はベテラン議員もうまく活用しながら、政権の舵取りをして欲しいと思います。
 ここではマスコミが書かないことを中心に私の異見を述べたいと思います。

 まず第1は、中国を初めとしたアジア外交です。早速中国から靖国参拝をしないことを条件に日中首脳会談の打診がきています。

 戦後日本の歴史は、「太平洋戦争は悪だった」とする自虐史観が中心で、細川元首相、村山元首相が「太平洋戦争は侵略戦争だった」と認める発言をしてしまいました。一国のトップとして絶対言ってはいけないことを言ってしまったこの罪は重いです。

 今年に入り私は、「世界がさばく東京裁判」(佐藤和男監修 明成社1680円)を読み、戦後の歴史観ががらっと変わりました。以前から自虐史観はおかしいことは判っていましたが、同書を読むことで東條英機元首相に対するイメージも変わりました。

 教科書では、太平洋戦争という言葉が一般的ですが、この言葉は米国vs日本の戦争という意味で使っている用語です。
しかし、日本側から見るなら正しくは大東亜戦争です。この言葉は、これまでは侵略戦争的イメージがありました。しかし、大東亜戦争の目的は、アジアに共存共栄の地域を作る為でした。当時の日本も生産財の大半を輸入に頼っていたのですが、欧米列強からその調達路を絶たれ、アジアとの共存共栄を図っていたのですが、これが欧米列強の植民地政策とぶつかり、欧米列強は日本つぶしにかかったわけです。真珠湾攻撃も、日本が先制攻撃を仕掛けるざるを得ない状況を、米国ルーズベルト大統領が画策し、その思惑通り罠にはまりました。

 勝てば官軍、負ければ賊軍の言葉の通り、東京裁判は戦勝国の論理で全て展開し東條英機首相他戦争責任者をA級戦犯に祭り上げました。これは国際法上は無効で、戦後欧米の国際法学者や、かのマッカーサー元帥までもやり過ぎだったと反省しています。

 国際法上、戦争犯罪人とは、罪もない民間人を虐殺することです。その他、戦争のルールを破った場合、国際法上戦争犯罪となります。
 従って、日本国を無差別空襲した米軍、原爆投下した米軍、そして日ソ中立条約を破り、日本人を大量虐殺したソ連軍、そして当時の最高責任者だったルーズベルト大統領、スターリンが最大の戦争犯罪人ということになります。

 ところで、「世界がさばく東京裁判」だけ読んで、「戦後の歴史観が変わった」と主張するのも危険と思い、他の著書も読んでみました。渡部昇一著「東條英樹 歴史の証言」(詳伝社 2310円)は、東京裁判における東條英機の宣誓供述書を基にした解説本です。東條英機の宣誓供述書を掲載し、更に当時の状況等を基に、渡部昇一氏が突っ込んで解説しています。
 内容は、佐藤和男氏の「世界がさばく東京裁判」と同じです。本書を読むことで、東條英機に対するイメージが変わりました。東條英機は、最後の最後まで戦争を回避しようとした。しかし、彼一人の力ではどうすることもできず、結局「窮鼠猫を噛む」の諺の如く、真珠湾攻撃を回避することができませんでした。
 
 佐藤和男氏は、一橋大学の国際法学者ですし、渡部昇一氏は現代の一番信頼できる識者の一人といえます。正論をずばっと言う方で、信頼できる有識者の一人です。

 さて、間違っていても一旦進んでしまった歴史の針を正しい方向に戻すのは、非常に困難なことです。

 従って、安倍新総理としては、今更当時の米国、ソ連の極悪非道の戦争犯罪を非難しても、ことの解決はしないばかりか、外交上の危機に発展します。
 
 そこで、こじれた歴史の糸を、少しずつマスコミの力を借りながら徐々にほぐしていきながら、戦後の自虐史観を変えていく努力をすべきです。安倍新総理が直接マスコミ対策をするのではなく、官房長官又はその影武者当たりがマスコミ対策をしっかりとやり、マスコミから靖国問題、東京裁判、A級戦犯問題等徐々に絡まった糸をほぐすようにしていくべきです。

 一方で、靖国神社参拝をしないことを条件に日中首脳会談を実現すべきではありません。他国の宗教問題に他国政府が口を挟む悪しき前例を絶対作るべきではありません。
 私が首相なら、そもそも靖国神社参拝をしていないのだから、首相となっても参拝はしません。「中国から言われたから靖国参拝をしないのではない」ことを明確にしておきたいと思います。
 この時も、マスコミ対策をしっかりとしておくべきです。今や第4の権力となったマスコミ対策を重視した政策を実行していくべきです。
 今のマスコミはその権力に奢り、靖国問題を始め、国益を損なうことを頻繁に行っています。権力に迎合しないことがマスコミの使命と勘違いしているようです。
 権力、時の為政者が間違った方向に行かないように正論を主張することは、大事ですが、自らの不勉強を棚に上げ、国益を害するような視野狭窄の現状のマスコミは猛省すべきです。マスコミを正しい世論の方向に持って行くことも、安倍新内閣の重要責務と考えます。

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