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2007年2月

2007年2月28日 (水)

「マーキュリー通信」no.584【「創レポート2月号」今求められる経営パワー、その最たるものはイメージ力】

 今月の「創レポート」は、「イメージ力」という切り口。これを現場レベルと経営レベルの両方で詳しく解説されています。
 「イメージ力」の源泉は結局は経験をどれだけ積み、それを現場に活かすかということに尽きると思います。
 しかし、言うは簡単で、実際に行うには大変です。
 「創レポート」では、現場においては、5段階の段取りチェックを勧めています。
第1段階:漠然とでも良いから成果を予測せよ
第2段階:すべき作業を全部リストアップせよ
第3段階:リストアップした作業に手順を付せよ
第4段階:成果を出す為の障害と対策を上げよ
第5段階:他者の協力や支援の可能性をあげよ

 一方、経営の5段階段取りチェックとは、
第1段階:成果目標設定
第2段階:諸課題の列挙
第3段階:取組手順設定
第4段階:障害対応考察
第5段階:外部支援導入

 上記段取り手順で、早速我が社への取り入れも検討してみたいと思います。
更に詳しくは「創レポート」をご覧下さい。

 今求められる“経営”パワー
     その最たるものは“イメージ”力?
      ☆☆☆“立ち止まらずに変化に乗る”マネジメント新視点 ☆☆☆

        ◆本レポートの内容◆

【1】求められる“能力”が従来とはかなり違う…? ……… 1㌻

【2】イメージ不足で成果が出せない“現場”事例 ………… 2㌻

【3】なぜ今“イメージ不足”問題が現れるのか…? ……… 3㌻

【4】転ばぬ先の“事前管理”~その基本視点とは? ……… 4㌻

 【5】イメージトレーニングが手間に見えても効率的! …… 5㌻

----- 中小零細企業の存続と
                     その未来のために -----
  【公認会計士・税理士 伊藤 隆】
  東京本部 03-3547-6049
  会計工場 059-352-0855
  URL http://www.cpa-itoh.com

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2007年2月27日 (火)

「マーキュリー通信」no.583【環境問題を考える-2「やればできる」】

 25年前、カナダに駐在の頃に、缶ジュースを飲んだ時に、飲み口の部分のフタが缶にくっついたままになっているので、不思議に思いカナダ人に聞きました。
 すると、「缶の飲み口の部分が取れてしまうと、周囲に散らかり、環境問題を引き起こす。その為に、飲み口の部分がフタにくっついて取れないようになっている。これをstay on tabというんだよ。一方、飲み口の部分が缶を開けた時に取れてしまうタイプをpull topといい、環境問題を引き起こすんだ。」とカナダ人からいわれたのを覚えています。

 当時、日本では、pull topしかなかったので、カナダ人の説明を聞いて、こんな細かいところにまで環境に気を遣っているのかと感心しました。

 今では、日本でもいつのまにかstay on tab方式の缶に切り替わっており、年配の方はいわれてみて、そういえば昔はそんな形状だったかもしれないと思い出すことでしょう。
 pull top方式と比べ、stay on tab方式は構造が複雑で、当然コストアップになります。そこには行政の規制があり、行政の規制の下、民間の協力の下にstay on tab方式に全面切り替えとなりました。その結果、今では、pull top方式の飲み口の部分が地面に散乱することはなくなりました。

 一方、当時私は三井物産の駐在員として、カナダ炭を日本に輸出する仕事をしていました。カナディアンロッキーは、大昔海底にあったのですが、造山活動により隆起し、カナディアンロッキーとなり、良質な石炭の宝庫です。
 カナディアンロッキーは、カナダの重要な観光資源ですが、同時に良質の炭鉱がたくさんあり、州政府の許認可の下に炭鉱を掘ることができます。

 炭鉱を掘る際には、河川の水質、大気汚染等厳しい環境チェックがあります。又、動植物の生態系に大きな影響を与える場合には、採炭計画の見直しを要求されます。
 石炭を掘った後は、埋め戻しをして、最後には植林をして、元の山にすることが義務づけられます。それはそれは厳しい行政指導が入ります。
 
 1970年代の日本では大気汚染と河川の汚染が深刻な問題となり、政府や自治体による厳しい規制が課された頃です。

 私がカナダに駐在したのは80年代だったので、環境先進国としてのカナダから多くのことを学びました。

 あれから四半世紀が過ぎ、現代の日本は、前回のboblog「マーキュリー通信」で触れたように、マクロでは大気汚染も、河川の汚染もかなり改善されています。そのことに対しては、素直に行政と企業と国民の努力に誇りを持ってよいと思います。だから、マクロの面では、決してジャーナリスティックな言葉に踊らされてはいけないわけです。

 しかし、ミクロ、個別の面ではまだまだ解決しなければいけない問題はたくさんあります。その中で最大の問題がゴミ問題です。私の子供の頃は、基本的にはゴミが出ない社会でした。又、トイレもくみ取り式ですから、水洗式のような大量の水を必要としませんでした。「ぼっちゃん世代」の我々には無かった問題なので、今後国民として、住民として真剣に取り組んでいかなければなりません。

 現在、「家庭用生ごみ処理機」の販売を通じ、ゴミ問題に関心を持つようになりましたが、家庭ゴミの有料化、分別処理等各自治体は問題解決の方向に向かって進んでいます。こちらも10~20年のスパンで見ると、大きな成果が得られるモノと期待しています。 ※「ぼっちゃん世代」:私の子供の頃は、トイレはくみ取り式で、自らの排泄物を落下させると「ぼっちゃーん」という音がしたので、私は「ぼっちゃん世代」と呼んでいます。

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2007年2月26日 (月)

「マーキュリー通信」no.582【環境問題を考える「環境ホルモンはどこへ行ったの?」】 

  一時大きな環境問題となった「環境ホルモン」という恐ろしい言葉が最近殆ど聞くことがなくなりました。

 昨年、「家庭用生ごみ処理機」のお客様(四日市大学環境情報学部教授)から、「「環境ホルモン」は実体のないもの、「ダイオキシン」の主犯がゴミ焼却場であることは間違いである旨聞きました。
 そして、環境学の第一人者中西準子氏(産業技術総合研究所化学物質リスク管理研究センター長、元東京大学環境安全研究センター教授)の力作「環境リスク学」(日本評論社刊)を読みました。更には関連書籍「環境ホルモン」「ダイオキシン」(何れも日本評論社刊)も読みました。

 その結果、私が理解していた「環境ホルモン」「ダイオキシン」とは全く異なるものでした。

 環境ホルモンの名付け親は、横浜市立大学(現・岡崎国立共同研究機構)の井口泰泉氏が、NHKの科学番組「サイエンスアイ」に出演した際に、担当ディレクター村松秀氏と相談して創ったもので、98年の新語、流行語大賞に選ばれた。正式な学術名は、「外因性内分泌攪乱化学物質」という。

 環境ホルモンの出所は、米国で96年にベストセラーとなった科学探偵小説(20万部発売)であり、日本では「奪われし未来」として邦訳され3万部売れた。
 この科学探偵小説が余りにも現実的で説得力であり、きちんとした裏付け調査もせずにNHKが特別番組「生殖異変 しのびよる環境ホルモン汚染」(97年11月21日放映)で放映し、反響を呼んだ。
 そして、朝日新聞が「プラスチック容器から環境ホルモンが溶出するとわかった為、環境庁がポリカーボネート製リターナブル(繰り返し使用可能)ボトルのモデル事業を中止したという記事を掲載した(99年2月24日)。この記事は、後で誤報と判り、環境庁から訂正を求められたが、訂正記事は出されなかった。

 そして、これが引き金となり、環境ホルモン騒動となり、環境ホルモン関連の書籍がどっと洪水の如く書店にあふれ出た。多くの環境ホルモン関連書籍が、朝日新聞の誤報をそのまま鵜呑みにして、記事を引用した。
 
 何故このような間違いが起きたのか?
 それはマスコミの性とも本質ともいえるようだ。つまり、「危険だ!」と叫べば、人々は関心を持つ。「安全だ!」と言っても殆ど関心を持たれない。「危険だ!」と叫んで、後で安全と判れば、許される。しかし、その逆の場合、つまり「安全だ!」と言った後に、もし、「危険」と判れば、マスコミ批判は避けられない。

 又、環境ホルモンが「危険」だという裏付けを調べるのには、1時間程度の手間暇で済む。しかし、環境ホルモンが「危険」でないという裏付けを調べるのには、膨大な時間とコストがかかる。つまり、人々の関心を引かないことに膨大な金をかけることは企業の採算面からもできない。

 環境ホルモン騒動の結果、環境庁では100億円の調査費が充てられた。その後も、毎年70~80億円の調査費が予算計上されているそうだ。
 こうなると単に国民を脅かしただけでなく、税金の無駄遣いにも繋がっている。役人の性は、一旦予算化が決まると、よほどのことがない限り、その予算は削られない。
 先日、フジテレビの人気番組「発掘あるある大事典」がデータ捏造問題の責任をとり放映中止となった。
 しかし、環境ホルモン騒動は、「発掘あるある大事典」以上に、マスコミの罪は重いといえる。

 一方、ダイオキシンに関しては、主犯格はゴミ焼却場とされている。しかし、これは事実と違う。実際の主犯は60~70年代に使用されていた農薬(PCP,CNP)だった。しかし、この農薬は現在では禁止されている。
 又、ダイオキシンの猛毒性は、サリンの2倍、青酸カリの1000倍と言われている。これは事実です。しかし、実際に大気中に存在するダイオキシンの量はピコグラムの単位で、人体には影響が及ぶ量にまで達していない。ダイオキシンが人類に影響が及ぶ確率は、隕石が地球に当たる確率程度だそうだ。因みに、1ピコグラムは1兆分の1gで、最近になりやっと計測できるようになった極々微量の単位。

 それよりも喫煙による被害の方がもっと大きいのだが、既に喫煙の害は殆どの人は知っており、今更喫煙の害を訴えてもニュースとしてのインパクトにならない。
 これも環境ホルモンのケースと似ている。マスコミは、何か新しい危険分子を持ってこないと、人々の関心とならないことを知っている。

 さて、環境問題に関しては、70年代が一番深刻で、光化学スモッグ、河川の汚染等環境汚染が深刻化した。
 しかし、その後行政、企業、国民が努力した結果、自然環境は日本も含め先進国では良くなっている。マスコミが徒に環境悪化を喧伝することは国民をミスリードしてしまう。
 マクロの面では、地球環境は良くなっている。しかし、ミクロの面、個別ではまだまだ解決していかなければならない問題は多数ある。その手綱を緩めてはいけないけれど、人類の叡智、努力も捨てがたい。このまま行ったら地球は滅びてしまうのではないかという恐れを抱く人も多いと思います。しかし、私たち人類も多少はほめてあげても良いのではないかと思います

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2007年2月24日 (土)

「マーキュリー通信」no.581【歯のありがたみを知る】

  先日、銀の詰め歯が取れたので、歯医者に治療に行きました。新しい銀の詰め歯を入れるまで、取り敢えず応急処置で簡単な詰め物が入れてあります。

 すると微妙に歯の噛み合わせに影響が出て、多少ろれつが回らなくなり、若干話をするのに影響が出ています。
 若い頃はそんなことはなかったはずなのに、こんなちょっとしたことで話すことに影響を与えるわけだから、もし歯を抜いたり、入れ歯になったりしたら、もっと話しづらくなるのではないかと、改めて歯並びの重要性に気付かされました。

 厚労省は、8020運動を推進しています。80歳で自分の歯が20本残るようにとキャンペーンを張っていますが、国民の間には余り浸透していないようです。そして、実際には、80歳で自分の歯は僅か5本程度だそうです。

 中高年の9割は歯周病と聞いて、私は、10年ほど前から半年に1度歯医者に通っています。歯医者で歯石と歯垢、歯周ポケット、そして虫歯のチェックをしてもらっています。歯周ポケットが3mm以上あると赤信号で、放っておくと歯茎が腐り、歯槽膿漏になり、歯の土台である歯茎が駄目になり、総入れ歯になってしまいます。総入れ歯になったら、固いものを食べることはできなくなり、味覚も落ち、しゃべるのも辛くなります。
 お陰様で現在の所、虫歯もなく、歯周ポケットも全て2mm以下で、歯周病の心配はないそうです。半年に一度通うのは面倒です。しかし、もし歯周病、更には歯槽膿漏でどうしようもない状態でいくのはもっといやなので、多少の面倒は仕方ないと思っています。
 歯医者に聞くと、定期的に歯をチェックする人はあまりいないそうです。
 

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2007年2月22日 (木)

「マーキュリー通信」no.580【縦の平等】

 堺屋太一氏の名著、「団塊の世代黄金の10年が始まる」(文藝春秋刊、1680円)の中で、堺屋太一氏が「縦の平等」という面白い表現をしている。

 もともと「自由と平等」の概念の中の自由とは責任の伴う自由であり、平等とは機会の平等を意味する。しかし、これが社会主義、共産主義の場合、結果としての平等に論理がすり替えられてしまっている。
 現代の日本でもこの悪しき平等が存在し、是正すべきところなのだが、その途中で最近格差是正問題、論議が出現し、政争の具と化し、時代が後戻りしている感がします。

 さて、堺屋太一氏の説く、「縦の平等」とは日本古来の概念だそうです。江戸時代「士農工商」という身分制度がありました。固定された身分の中で、武士の子として生まれたら、一生涯武士と生きる。農民として生まれたら一生涯農民の子として生きる。こういう平等感を堺屋太一氏は「縦の平等」と定義している。

 戦後の日本でも、東大を卒業して高級官僚になる。終身雇用の世界も、一種の縦の平等といえる。
 終身雇用制度が崩れ、日本独特の「縦の平等」が崩れつつある。
 一頃成果主義が流行ったが、その弊害が現れ、再び終身雇用制度の良さが見直されつつある。トヨタなどは終身雇用制度を堅持し、大成功している企業です。

 「縦の平等」という終身雇用制度のメリットとして、会社に対する忠誠心、雇用の安定、これが技術やのれんの継承に繋がる。成果主義の下では、長期的な人材育成に支障を来す企業も出てきた。

 20世紀は米国一辺倒の世紀でした。しかし、21世紀は米国の良さは継承しつつも、日本古来の良さを見直し、日本独自の文化文明歴史を創っていくことも重要といえる。その中で「縦の平等」という概念は面白い。人生50年以上生きてきて、私もこの「縦の平等」になるほどと頷く年代となってきたのかもしれません。
<コーヒーブレイク>
 昨夜、いい話を聞きました。タクシーに乗車の際、メーターが変わる直前にメーターの色が黄色になり、それから赤色に変わるそうです。この仕組みを知っていると、タクシー料金の節約になりそうですね。今年はタクシー料金の値上げが予定されているので、消費者の防衛策として使ってみたいですね。

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2007年2月21日 (水)

「マーキュリー通信」no.579【団塊の世代「黄金の10年が始まる」】

 堺屋太一氏の力作「団塊の世代黄金の10年が始まる」(文藝春秋刊、1680円)を読みました。
 今年はいわゆる2007年問題で、マスコミが団塊の世代が大量に定年退職し、政治経済社会的に大きな影響を与えると喧伝しています。

 しかし、これはいつもながらマスコミの不見識さを露呈しており、実際には今後は団塊の世代にとって黄金の10年になるだろうと堺屋太一氏は力説する。
 2007年問題をうがった見方をするなら、官僚が消費税アップのシナリオの1つと堺屋太一氏は説く。団塊の世代が大量に定年退職することで、年金が大幅に不足する、その財源を確保する為に、消費税の大幅アップは必要不可欠といういわゆる「団塊の世代お荷物論」のシナリオです。

 さて、団塊の世代がそれぞれ勤務していた企業を定年退職するが、それは終身雇用社会からの決別であり、職縁社会からの決別でもある。
 何よりも重要なのは、「60歳からの人生のテーマを持つこと」。自分の人生テーマを持つことで、70歳までの10年間を充実したものとなる。人生を春夏秋冬に例えるなら、60代の10年間は実りの秋である。決して、冬の時代ではない。

 団塊の世代は、会社勤めの中では、いろいろなしがらみがあって、自分の思うような人生を生ききることができなかった。だから定年退職後の人生、いかに自分にあった仕事を見つけることが重要なのです。
 従って、定年退職後の仕事は、生計を立てる為の仕事ではなく、これまでの人生経験を活かした適職を見つけることです。

 堺屋太一氏は、明治以降世代の把握と特徴を本書の中で的確に表現している。団塊の世代は、初めて大きな価値観の変化を体験していない世代と捉える。
 団塊の世代の兄貴分である、戦中派、堺屋太一氏もそうですが、戦前と戦後で価値観が180度変わった。団塊の世代の両親の世代である大正世代も当然戦争体験者であり、大きな価値観の変化に遭遇している。
 明治以来、日清日露戦争、第1次、第2次世界大戦を経験し、その度毎に大きな価値観の変化があった。

 団塊の世代の中には、熾烈な競争社会を生き抜いてきて、心身共に消耗し、「俺の人生は一体何だったんだろう?」と自信を無くしている仲間に大いなる福音の書となります。もちろん団塊の世代より上の年代層、弟分の年代にも勇気を与えてくれる書物です。
<コーヒーブレイク>
 本日学んだことです。粉飾決算そのものは罪にならないそうです。粉飾決算を悪用して、融資を受けたり、上場企業の場合には、その事実が投資家に間違った判断をさせることが罪なのだそうです。
 しかし、実際には、未上場の企業がわざわざ粉飾決算して、税金をたくさん払うことはしないので、何か悪企みがあって初めて粉飾決算という行為があるわけですよね。

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2007年2月18日 (日)

「マーキュリー通信」no.578【ON球界復帰】

 王監督が、ソフトバンクの監督として現場復帰しました。一方、長嶋巨人軍終身名誉監督も宮崎の巨人軍キャンプ地を訪れ、巨人軍選手を激励していました。
 
 私にとって、プロ野球といえばONが断然一番ですが、2人の現場復帰を見て、嬉しいのとはらはらの両方を感じました。

 王監督の場合、胃ガン手術後で、元気と言っても、病み上がりの状態であることは誰が見ても判ります。このまま監督の激務をシーズンを通じこなすことができるのか心配です。

 一方、長嶋終身名誉監督は、未だリハビリ中で、元気になったとはいえ、昔年の面影は殆ど無く、今や年より老けて見え、言葉も身体もままならない昔のスーパースターを見て、見るのが忍びない感じがするのは私だけでしょうか。

 マスコミは、「お元気な姿」と外交辞令ではやし立てていますが、何か客寄せパンダに祭り上げられているようで、辛い気持ちがします。
 
 お二人とも、とうに現場を離れる年齢であり、精々休場に足を運び、選手を激励する程度で良いのではないかと思うのですが。
 
 それともプロ野球人気にかげりが出て、特に巨人軍の人気低迷打破の為に、やはり球界のスーパースターを活用せざるを得ない、そんな球界事情があるのでしょうか。

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2007年2月16日 (金)

「マーキュリー通信」no.577【お客様は正直】

 事務所の近くにシャマーというインドカレーの店があります(東池袋2-50-1加藤第7ビル1階)。ここはナンがおいしいので、私がよく行くお気に入りの店です。

 本日、割引クーポン券が事務所のポストに入っていたので行きました。チキンカレー+ナン、野菜サラダ、ラッシーのセットが、これまで千円だったのが730円でした。

 お店はお客様でごった返していました。相席の隣の女性2人は、ナンがおいしいので週1回食べに来るファンです。直ぐ近くに似たようなインドカレーの店があるのですが、彼女たちはこちらのナンの方が断然おいしいので、そちらのインドカレー店を飛び越してこちらの店に来るそうです。

 値段を安くするとお客様がたくさん来る。当たり前のことですが、お客様は正直です。

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2007年2月14日 (水)

「マーキュリー通信」no.576【私のコミュニケーション論-25「ありがとう」と「ごめんなさい」】

 人間は歳をとるにつれ、人に頭を下げるのが億劫になってきます。しかし、この「ありがとう」と「ごめんなさい」という言葉は人間関係の潤滑油となる便利な言葉です。「ありがとう」と「ごめんなさい」を言っても一円もかかりません。ただで、相手との人間関係が良くなるわけです。
  
 私の知っている人で、この人の辞書には「ありがとう」と「ごめんなさい」という言葉が載っていないのかと思うほど「ありがとう」と「ごめんなさい」を言いません。言うと損すると思っているのでしょうか。「ありがとう」と「ごめんなさい」を言えば、対人関係が好転するのに、頭が良い人だけに惜しいです。

 ただ、物事には限度があり、余り「ありがとう」と「ごめんなさい」を頻発すると、その人の言う「ありがとう」と「ごめんなさい」に、重みがなくなり、軽く見られてしまうので、言うタイミングと頻度は大事かもしれません。

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2007年2月13日 (火)

「マーキュリー通信」no.575【職業の道楽化】

 3回シリーズで発信した本多静六博士からは学ぶことが多かったのですが、本多博士の人生の神髄は「人生即努力」「努力即幸福」であり、これを徹底してやることで、その延長線上に「職業の道楽化」があると博士は85年の生涯から力説された。

 11日(日)日テレの番組「波瀾万丈」(朝9:55~10:50)で元オリンピック選手で現在政治家の橋本聖子氏の人生を拝見しました。

 橋本聖子氏は東京オリンピックの開会の日に生まれ、聖子と名付けられた。父親と二人三脚でスピードスケートの五輪選手目指し頑張った。しかし、途中で腎臓病に倒れたが、不屈の闘志で史上初の五輪6回連続出場を果たした。

 橋本聖子氏は、辛い練習をしている時が幸福だったと回顧していた。腎臓病で再起不能といわれ練習ができなかった分、自分を冷静に見つめることができ、練習できる喜びと幸せを感じることができたそうです。ここまで来ると本当に「職業の道楽化」です。

 さて、私自身を振り返ってみた時に、まだまだ「職業の道楽化」といえるレベルまで到底来ていません。
 しかし、現在マーキュリー物産という小さな会社を経営していて、社長業の大変なことを身をもって経験しています。事務所を構えて3年になりますが、この3年間は5年から10年くらいの経験をしたような感じです。厳しい修行をしており、自分の弱いところを徹底的に鍛えられている感じです。
 高校1年生の時に、200メートルの短距離走の練習を何回も何回もトライし、苦しく辛かったけれど、目標のタイムをクリアした時の喜びといった感じです。

 もちろんこの間楽しいこともありました。しかし、楽しかったことよりも、厳しく鍛えられ、魂の足腰が強くなった自分を発見することの方が幸福感はずっと上です。

 自分の人生を振り返った時もそうです。カナディアンロッキーの雄姿には何度も感動しました。パープルカラーに包まれた朝靄のグランドキャニオンの断崖絶壁を見た時の感激は今でも忘れません。お年玉年賀ハガキで一等賞(20万円の旅行券)をとった時も嬉しかったです。

 しかし、何が一番幸福感を得ているかといえば、私自身も本多博士と同様「人生即努力」「努力即幸福」の人生を生き抜いてきて、それが無駄にならず、全て自分の血となり肉となっていることです。
 
 私より勝れた人は無数にいます。しかし、他人は他人の人生を生きている。いかに自分の計画した人生を、自分らしく生き抜いているか、自分に恥じない人生を生きているか。「職業の道楽化」はその延長線上の境地にあるのではないかと考えています。

 今の社長業を投げ出して、もっと楽な道を生きる道もあります。そうすると前回のboblog「マーキュリー通信」で語ったように、「心と身体と脳」が退化していきます。人間、イージーな方向に一旦向かい出すと、坂を転げ落ち、もう厳しい人生に戻ることは困難となります。
 「善意で舗装された道の先には地獄が待っており、イバラの道の先には天国が待っている」という諺があります。私は、今それを実感しているところです。

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2007年2月 9日 (金)

「マーキュリー通信」no.574【私の健康法-32「心と身体と脳の健康」】

 本多博士の力作3部作を読んだことを、boblog「マーキュリー通信」(2月3~5日)で紹介しました。はっとさせられた1つに、「人間は耄碌(もうろく)するから働けないのではなく、働かないから耄碌するのだ」がありました。本多博士のこの一転語から、「脳の健康」に気付かされました。
 
 人間の体は、大きく分けて「心と身体と脳」の3つに分類されます。そして、この3つは使わないとどんどん退化していきます。
 又、良い習慣はなかなかつきにくいのですが、悪い習慣は簡単に付いてしまうのです。この基本を押さえておくと、人生を生きていく上での大きなヒントになります。
 
 「身体」に関しては、加齢と共に衰えていきます。しかし、別の側面で捉えるなら、加齢と共に身体を動かすことが億劫になり、退化に拍車をかけます。年をとっても運動をしている高齢者は、そうでない人と比べ衰え方は遅く、元気です。
 「脳」に関してもそうです。男性の場合、定年退職後、考えることを余りしなくなるから、脳の退化が始まり、その結果認知症が起こりやすくなります。

 最後に一番重要な「心」の健康です。「心」の健康が「身体と脳」の健康に影響を及ぼします。何の為に生きているのかという「生き甲斐」を失った時に、「心の健康」は損なわれ、これが「身体と脳の健康」にも影響していきます。

 幸か不幸か、医学の発達により、人生100年時代に突入しています。しかし、「心と身体と脳」の健康を意識しながら生きていくことにより、単に寝たきり痴呆老人の長生者でなく、人生100年時代を長寿者として、より充実した人生を生きていくことが可能です。

 2005/12/5発信のboblog「マーキュリー通信」で、「朝の黄金の3時間」をご紹介しました。私にとって6時に起床してから9時までの3時間は、いかに1日を充実していきていく為の極めて貴重な3時間で、「朝の黄金の3時間」と読んでいます。この中に「心と身体と脳の健康」が全て凝縮されています。
 「身体の健康」は、みんなの体操、ブルワーカーによる筋トレ、真っ向法、階段を登ったりして、身体を鍛えています。
 「脳の健康」は新聞、雑誌(日経ビジネス等)、書籍の読書に当てています。
 そして、一番重要な部分に、「心の健康」があります。
 身体のウォーミングアップをした後、朝の祈りに入ります。祈りの内容は、「活私豊幸」=「自分を活かしながら人生の途上で出会った人々をいかに豊かに幸福にできる人間でありたい」 といった内容を30分程度かけて祈ります。
 これで心身共に充実してきます。

 私は、命より大切なものに「心」と考えています。「心」は永久不滅です。これは本多静六博士も述べていました。「心」を大切にすることで、「命」も大切にするようになります。そして、悔いのない充実した人生を送ることができます。

 加齢と共に、「心」を鍛え、「心と身体と脳」の健康を図ることができます。これが「人生100年時代を勝ち抜く為の最強戦略」ではないかと、本多博士の不朽の名作を読むことで再認識することができました。

<コーヒーブレイク>
 1月30日のboblog「マーキュリー通信」で都心のオアシス池袋サンシャインシティ前の「Times Spa」の話をしました。この話が口コミで伝わっているようです。
 昨夜も、「Times Spa」でノア・コミュニケーションの山本社長、兼次さんとばったり出会いました。ガラス越しに滝の見える静かなラウンジでくつろぎながら話が弾みました。昨夜は、1500円のお得デー。これで1500円はお得です。
 次回のお得デーは22日です。週末は時間制限で大混雑しますが、平日はまだがらがらです。ゆったりとくつろぐなら今の内かもしれませんよ。

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2007年2月 8日 (木)

「マーキュリー通信」no.573【何かおかしいぞ?補助金行政】

 地元池袋の行政書士から東京都から1000万円の補助金がもらえる旨のファックスが入り、「そんなおいしい話があるのか?」という半信半疑の気持ちで行政書士と会いました。
 中小企業に対する補助金は、バブル崩壊後に不良債権で苦しむ都市銀行に血税を投入した時に、都銀ばかり優遇するのかという批判に応える形で発足したそうです。

 補助金にも各種有り、今回当社が対象となりそうなのは、新規事業でした。しかし、申請の為に、500ページもの分厚い書類を提出しなければならないとのこと。
 その為に、行政書士を必要とするようで、行政書士に支払う手数料は、1ページ3500円。500ページなら175万円の手数料の支払いとなります。

 しかしよくよく考えてみると、弁護士等の専門知識を必要とする場合には、弁護士に支払うフィーは納得するけれど、東京都から1000万円の補助金(2年分で2000万円)をもらう為に、行政書士に175万円の高額の手数料を支払うのは何かおかしい気がします。
 補助金の承認が取れたら、その使い道はそれほどうるさく追求されないそうで、いかに補助金獲得の為のテクニックが重要のようです。

 もちろん、中には新規事業立ち上げの為に、補助金を真に必要とする場合もあるでしょう。それなら手続きをもっと簡素にし、補助金受取後の使途をきちんと報告し、余り悪質な場合には、返還請求も有りとするような運営に変えるべきと思います。ここでも役所の安易な血税の使い方が見え隠れします。そして、補助金行政に関連する士業の手助けをしている印象はぬぐえないようです。

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2007年2月 7日 (水)

「マーキュリー通信」no.572【私の健康法-31「レーザーカミソリの使用」】

電気カミソリからの電磁波が皮膚癌の発生原因になるとの本を読み、それ以来私はレーザーカミソリにしています。
 
 これまで使っていた2枚刃の交換用刃が店頭からなくなり、最近、シックの4枚刃をマツキヨで購入しました。スペア刃3枚ついていて1050円でした。
 2枚刃と比べ、そり味抜群、しかも刃の寿命が1ヶ月ほど使え、1回当たり10円と経済的です。
 電気カミソリと比べ、もみあげもきれいに剃り上がり、私は現在ではレーザーカミソリ派です。

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2007年2月 6日 (火)

「マーキュリー通信」no.571【私の異見・ひと言申す-25「少子化の切り札は女性の価値観を変えること」】

  柳沢厚労相の「女性は子どもを産む機械」が発言が物議を醸しています。この表現方法は、ちょっとこの大臣の教養レベル、文化レベルがかなりお粗末すぎますが、マスコミも徒に同発言だけを問題として取り上げるのではなく、もっと本質問題を議論すべきと思います。
 
 私の若い頃は、25歳過ぎの女性は社会的、世間的プレッシャーを受けて、好むと好まざるとに結婚を余儀なくされたものです。30歳を過ぎて独身でいたら「行かず後家」、つまりよほど男に持てないので、独身のまま生涯を終わるのだと揶揄されたものです。

 こういう過去の風潮が決して良いとは私は思いまHasunohana せん。しかし、「女性の最重要の仕事は何か?」と問われたら、一部の例外の女性を除いてそれは出産、育児をおいて他にありません。これは男性には絶対にできないことですから。
 そして、女性は、出産、育児、教育を通じ、様々な苦労をしながら人間性を磨き、大人として成長していきます。
 一方、男性は、社会に出て、もまれ、仕事を通じ成長を遂げていきます。

 先日、トイレ掃除の達人、鍵山秀三郎氏の講演会の際に、鍵山氏は、「子供の定義を、他人依存、甘え、わがまま、自己中心、自惚れ、背伸び、自己顕示欲が強いとするなら、現代人は、殆ど子供ばかりだ。」と述べられた。人生であらゆる苦難、困難、辛酸を経験されてきた方の言葉だけ有り、実に説得力がありました。
 
 男女ともに独身の場合、やはり一家を守っていくという責任感がない為、どうしてもその辺の甘さが出てきます。鍵山氏の苦言もかなり当たっています。
 子供のいない私なども、子育ての大変さを経験していないので、その点では半人前と感じています。
 女性の場合、まず最重要の仕事である出産、育児をこなし、その後その女性の能力に応じ、様々な職業に就くのが本来あるべき姿です。もちろん例外的に、独身女性で、女性の感性を活かしながら、男性以上、若しくは男性ではできないような仕事をする人もいます。それは否定しません。しかし、ここでは一般論を述べています。

 そして、この本質に立ち帰り、政府、地方自治体は、女性の子育ての為の様々な助成策や制度、仕組みを構築していくべきです。

 先日の日経に、夫婦別姓に対し「子供に悪影響」ということで反対派が増加していると報じていましたが、最近少し揺り戻し現象が起きているのでしょうか。こういう現象を見ると少しほっとします。それでも容認派が37%もいるのには驚かされます。
 
 夫婦別姓が法的にも容認されたら、夫婦が更にお互いに権利を主張し合い、更に離婚が増加していきます。米国の悪しき社会的風潮を更に引き継いでいく形となります。私も夫婦別姓に絶対反対ではなく、夫婦同姓だと様々な障害が起こる場合にのみ、法的に認める制度を作るのが本来のあるべき姿だと思います。

 家庭の原点は、夫婦が互いに自分の意見を主張し合う米国型ではなく、夫婦が愛和し、協力して、その家庭独自の家風を創っていくべきで、それが子供に好影響を与えます。それが家庭のユートピアに繋がります。そしてその家庭独自の創造が喜びに繋がっていきます。男としては、愛する妻と可愛い子供がいる家庭に帰りたいという帰巣本能があります。
 経済的物質的要求がほぼ満たされた20世紀の時代は終わり、経済的、物質以外の所に真の幸福の種子があることに気付く21世紀になっていって欲しいと思います。

 3回シリーズで本多静六博士の名著をご紹介しましたが、本多博士も、「真の幸福は、家庭と仕事の中にある」と力説されていました。

 マスコミも、もっとこの本質部分、本来あるべき姿、何が人生、人間にとって大切なのか、その部分に突っ込んで論議を展開して欲しいと思います。現代のマスコミの風潮は余りにも皮相的すぎます。

 そして、政府の役割は、女性が安心して子供を産める環境、即ち経済的、社会的、法的、職場等あらゆる面での支援を講じていくべきです。

 その1つとして、日本の住宅コストは海外の常識からかけ離れて高いです。今後は、若い夫婦が、東京都で最低でも70㎡程度の借家に10万円程度で住めるような住環境を提供できるようにあらゆる手段を講じていくべきです。

 高齢社会で、今後土地は更に余っていきます。余剰土地を活用して、良質の借家を提供していくのです。そして、ライフスタイルに合わせ、借家を住み替えていくのです。

 今後、住宅は所有するのではなく、ライフスタイルに合わせ、借り換えていくのだという社会常識に戻していくべきです。

 このような施策により、社会の一番の基本ユニットである家庭の幸福化が図られ、社会は健全な発展をしていくことになります。そして、その先には少子化問題に歯止めがかかることになります。
 今年は、これまで標準世帯といわれた「夫婦+子供」の世帯数1449万世帯を単身世帯が抜く年といわれています。

 鍵山秀三郎氏曰く「大人になれない子供世帯」が今後益々増加することは、単に人口減少社会を経済面で憂えるだけでなく、精神面でも憂える状況となっています。そうなると古代ローマ帝国以来精神的荒廃を来した国は滅びていくという歴史的事実を深く認識し、日本が破滅の方向に行かないようにする為の抜本策を為政者に期待したいと思います。
 

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2007年2月 5日 (月)

「マーキュリー通信」no.570【本多静六博士の不朽の名著3部作第3弾「私の人生計画」を読んで】

 本書の一転語「職業の精進によって初めて本当の人格は磨かれ、広範的確な生きた知識を獲得することになるのである」「honda_zaisannkokuhaku_twain_06.ffb」をダウンロード
 本多博士は、「人生計画の基本は、自己の実力と才能と、そして健康と境遇とを参酌して、時世に最も適した人生計画を立てていかねばならない。p65」と説く。
 この中で、境遇とは、各人は、予め自分自身どのような人生を生きていくのかを生まれてくる前に計画を立てる。その為に、どのような両親の下に産まれ、どのような環境の下に育っていくのかを選ぶ。これが境遇の部分で、生まれてからは変えることはできません。
 一方、自己の実力と才能は、努力次第で大きく変わっていく。しかし、本来備わっている能力、才能部分は、変えることができないことも多い。例えば、私がいくら努力してもイチローや松井のようなプロ野球のスーパースターにはなれないわけです。
 そして、健康部分は、車で例えるなら、いかに手入れを良くするかで、その寿命も多少変わってくる。

 そして、本多博士は、「生命の永久不滅」を信じ、「世の為、人の為に働き、その精神性を伝えていく」ことを絶えず思っているので、いつ死んでもいいような心の準備ができている。そして、85歳の長寿を全うしている。

 ホリエモン、村上ファンド等の拝金主義が最近は少し影を潜めたが、本多博士の不朽の名著3部作を読むことで、何か心が洗われ、勇気と力が湧いてきたような気がします。Shokenndai2

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2007年2月 4日 (日)

「マーキュリー通信」no.569【本多静六博士の不朽の名著3部作第2弾「私の生活流儀」を読んで】

 巻頭の、「人間は耄碌(もうろく)するから働けないのではなく、働かないから耄碌するのだ」という名言は、高齢者社会に対する一転語です。「honda_seikaturyugitwain_06.ffb」をダウンロード

 さて、前回に倣い、「私の生活流儀」からの一転語を下記致します。
p98「住居に対する考え方」
 『住居はできるだけ小さく、便利に工夫するに限る。年に一度か二度、時としては数年に一度という招待客の為に、多数の座布団他を用意しているのは愚の骨頂だ』
→我が家でいうなら、和室の押入の中はまさにそれに当たる。来客用の布団、座布団が押入に詰め込まれている。又、タンスの肥やしになっている衣類も多数ある。
 これまで自分の間取りの基本的な考え方は、夫婦2人で3LDKでした。

 しかし、本多博士のこのひと言で、私の考え方は2LDKに変わりました。1部屋少なくすることで、もっとシンプルな生活にできる。私自身、そんなにおしゃれに凝る方でもなく、ブランド志向でもないし、着るものももっとスリム化を図っていこうと思いました。三井物産の独身寮の6畳一間にいた時には、洋ダンスと整理ダンスというシンプルな生活だったので、そちらへの回帰が始まりました。
 私の残りの人生を考えた時に、後1回は転居が必要になると思うので、その時は、2LDKの間取りでライフスタイルを考えていこうと思っています。

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2007年2月 3日 (土)

「マーキュリー通信」no.568【明治、大正、昭和を駆け抜けた東大の林学博士で実学者、本多静六博士の不朽の名著3部作「私の財産告白」を読んで】

 本多静六博士をご存じない方も多いと思います。しかし、元中央大学総長(昭和27年当時)林頼三郎法学博士が、「本多博士の前に本多博士なく、本多博士の後に本多博士なし」との名言を吐かせたほど、明治、大正、昭和を生き抜いた人生の達人、偉人といえます。本多博士は、渋澤栄一翁や北里柴三郎博士とも親交があり、親友の中に元東京市長後藤新平氏もいます。その交友の範囲は、政財官学界の大物に及びます。
 日比谷公園を設計したのは本多博士であり、親友の東京市長後藤新平氏から頼まれて、関東大震災後の東京復興の青写真も描きました。

 「honda_jinseikeikakutwain_06.ffb」をダウンロード 昨年、本多博士のご生誕140年を記念して、多数の著書が復刊しました。その中で、不朽の名著3部作と言われるのが、「私の財産告白」、「私の生活流儀」、「私の人生計画」です。

 本多博士は、「人生即努力、努力即幸福」を唱え、自ら実践した人です。
 貧乏暮らしの中からお金の尊さを知り、収入の4分の1を貯金し、これをどんなに苦しくても実行に移した人です。本多の山陽道100次といわれたくらい徹底的に節倹に励んだ方です。衣類は徹底的につぎはぎし、東海道53次になぞらえ、つぎはぎの数が53次を遙かに超え、山陽道にまで及んだのでそう言われたそうです。
 そして、最後は巨万の富を築いたのですが、「子孫に美田を残す」と子孫を駄目にするので、大半を寄付、しかも世間に知られぬように匿名で寄付したそうです。

 さて、本多博士の「私の財産告白」では、誰でもできる蓄財を語っています。ビル・ゲイツのような天才が巨万の富を得る方法は一般的ではありません。
 しかし、現実には山陽道100次くらいまで徹底できるかということです。それと何の為に蓄財するのかということです。これが明確でないと徹底的な蓄財は難しいです。

 本多博士から学ぶ点は、「職業の道楽化」です。どんな仕事でも徹底的に研究し、仕事一途にその道を極めれば、自ずと「職業の道楽化」に繋がっていく。その道の達人になれば、収入も自ずとついて来るという考え方です。
 本多博士の場合、林業の道を究め、「職業の道楽化」に繋げていきました。当時でも、林業は花形の学問でも産業でもありませんでした。
 しかし、本多博士は、花形分野だから研究するのではなく、自分がやりたいからやるのであるという方針を貫き通しました。その精神的遺産が、現代の日比谷公園であり、東京都です。関東大震災で壊滅打撃を受けた東京市の復興の青写真として道幅60メートル道路を設計しましたが、大風呂敷過ぎて採用されませんでした。しかし、もし本多博士の設計通り東京都が設計されていたなら、現代の東京都の交通事情もかなり変わっていたことと思います。

 詳しくは、実業之出版社から出版されています。各部1050円と手ごろな価格ですから、是非お読み下さい。

 さて、昨年のboblog「マーキュリー通信」で、「私の読書法」を紹介しました。年間目標100冊の書物を読むことにしています。昨年は120冊ほど読みました。今年も今日現在13冊読んでいます。
 しかし、多読の傾向の為、一部の本を除き、中味を良く覚えていないことを反省しました。そこで、今年は読んだ書物の中から、何を学んだかをカードに書き出し、そのカードを保存しておくことにしました。カードの枚数は、原則裏表に書くこととしました。
 余り量が多いと長続きしないので、その程度にとどめました。又、最近キーボードばかりで文字を書くことが極端に少ないので、文字を書く練習にも良いです。
 今回の、「私の財産告白」を読んで思わずはっとしたことを書き留めました。その一例を書きます。
p82「偏狭を戒める」
 『初めの間は手堅く勤倹生活を続けていて、急に途中からぐれ出す人がいる。その理由は、己の器量以上に大きな仕事や、不慣れな事業に手を染めたり、とにかく徒に成功を焦ったり、堅実を欠くに至った人たちが失敗に帰している。』
 →これまでの自分の失敗の多くはここに起因している。まさに、私にとっての「金言」であり、「一転語」です。
 
 こんなふうに自分の読んだ書物から何を学んだことをカードに書き留めておくことで、後日読んだ時にその時のことが思い浮かんでくる。感想文では面白くないので、「はっと気付かされたこと」を中心に書き留めておくことにしています。
 本多博士の写真をboblog「マーキュリー通信」に掲載しましたのでご覧になって下さい。
<私の書見台>Shokendai1_1 大学1年生の時、大学生協で購入しました。1968年ですから、既に40年近くになります。この書見台は、一生涯私の書見の友として働いてくれることでしょう。

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2007年2月 2日 (金)

「マーキュリー通信」no.567【私の異見・ひと言申す-24「省庁再々編成問題は道州制、東京都23区再編問題と絡めて考えるべし」

 安倍内閣で省庁再々編成問題が浮上しています。前回は、官僚の抵抗で、数併せ的な色彩が強く、国土交通省という超巨大官庁が出現し、汚職、利権の温床となり、最近も知事の全国的な談合事件に発展しています。

 さて、今回の省庁再編では、又官僚の意見が強く反映されそうですが、今度こそは産業界に向いていた官僚の顔を、国民、生活者の為の省庁を作って欲しいと思います。
 その名も「国民生活省」として、国民、生活者の為に徹底的に奉仕して欲しいと思います。仕事の内容は、教育、国民の健康、環境、科学、高齢者対策、弱者の救済等福祉等です。
 その中の、最重要事項が、「精神的荒廃」への歯止めです。具体的には、古き良き時代の日本人の精神の復活、つまり和の精神、思いやり・助け合いの精神、義理人情、礼節を重んじ、先祖を敬い、高齢者、先輩を敬う謙譲の精神等武士道の精神の復活、仏教教育の徹底等心の教育を徹底的にやり、明日の日本を担う日本人を創っていって欲しいと思います。

 さて、省庁再編と並行して論じなければならないのは、道州制の導入です。道州制の基本は、各道州の産業育成、振興が中心です。いかに経済的に豊かな道州を創っていくかが基本です。その為、国の干渉をだんだんと減らし、自立性を高めていきます。
 具体的には、北海道ならロシア、九州なら韓国、沖縄なら台湾との交易を深め、それぞれの道州の経済的自立と経済振興をしていきます。

 この時に税体系で重要な点は、消費税は基本的には道州に移行すべきです。そして、税率は各道州に任せるのです。各道州は行政サービスの向上と税率を少なくする方向で競いあいます。国民は行政サービスと税率の安いところを模索しながら、移動していきます。
 私は25年前カナダに住んでいましたが、消費税に当たる州税は各州が決めていました。私の住んでいたアルバータ州は、天然資源に恵まれた豊かな州の為、州税はゼロでした。経済基盤が弱い内陸の州では2桁の州税の州もありました。
 又、驚いたことに、私が住んでいたカルガリー市では、不況で税収が減ると、市職員の3分の1をレイオフしました。そして、市のサービスを徹底的にスリム化しました。
 私の住む豊島区では、税収不足だと訴えながら、年間9億円も負担する図書館を最近オープンするという脇甘ぶりを露呈するのとは雲泥の差です。

 一方、最近東京都23区の再編問題が浮上しています。23区も含めた各市町村の役割の基本は住民サービスです。各自治体の住民が自治体の住民サービスと税金を評価して、各自治体の無駄遣いを監視する外部の仕組みを作らないと、自治体の赤字は肥大化する一方です。
 私は豊島区に12年住んでいますが、豊島区民という意識があまりありません。最寄り駅は池袋と大塚駅の2つですが、都会の便利な生活を満喫しています。
 従って、隣の文京区と仮に合併しても、住民サービスが変わらず、行政の効率化で区税が減るなら全く構いません。区の再編問題を議論する際に、そのような住民の意見もしっかりと汲んで見たら良いと思います。
 
 21世紀になって既に早7年目になったのだから、省庁再編、道州制の導入、各自治体のサービスも含め、マクロの視点とミクロの視点の両方から考えてみるべきです。
 そうでないと又官僚のご都合主義に合わせた面白みのない省庁再編に終わってしまうことでしょう。

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2007年2月 1日 (木)

「マーキュリー通信」no.566【私の好きなTV番組「エラいところに嫁いでしまった」】

 NHK大河ドラマ「功名が辻」で一挙にトップ女優になった仲間由紀恵が新妻君子の主役を演じるコメディです。(東京TV毎週木曜9時)

 新妻君子はフリーのライターで、夫磯次郎(谷原章介)は旧家のおぼっちゃまで自分一人では何もできない優柔不断な人の良い青年。
 実家の磯次郎の母親を松坂慶子が演じ、旧家のしきたりを重んじ、思いこみの激しいお母さん役。こういうミスマッチングな設定がドラマを面白くしています。

 毎回、旧家のしきたりに巻き込まれ、トラブル続きの新妻君子。トラブルを夫に訴えると味方する夫磯次郎。しかし、母親から言われると、直ぐに君子との約束を翻し、母親のいいなりになってしまう。

 余りにものばかばかしさと、つっこみ役の君子に、ぼけ役の母親、そして優柔不断な愛妻家磯次郎の絶妙な掛け合いに毎回抱腹絶倒します。

 しかし、締めるところはきちんと締め、最後は家族や親子の愛情、人間味溢れる部分で、視聴者をしんみりとさせる。

 こういうドラマ仕立ては、初めてなのでとても新鮮で、仕事から疲れて帰ってきた自分脳をもみほぐし、良い息抜き、気分転換になっています。

 何回続けるかは視聴率次第なのでしょうか、よくもこのような馬鹿げた演出をできるか毎回感心しています。
<コーヒーブレイク>
 今日、池袋駅西口前で若い男が女の子の客引きをやっていました。金髪の派手な衣装の女の子に、その若い男はキャバクラ嬢の採用で声をかけていました。女の子は、男の誘いを断っていました。
 しかし、最近キャバクラ嬢かと思われるような出で立ちの女の子が多いですよね。

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