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2007年3月

2007年3月30日 (金)

「マーキュリー通信」no.606【最近のキーワード「復活」】

 最近は、昭和が見直され、映画「Always夕陽丘の3丁目」が大ヒットしました。この映画は昭和33年の頃の日本を取り扱っています。
 この時私は小学校3年生。長嶋茂雄が巨人軍に入団した年で、それ以来のジャイアンツファンです。

 生活自体は現在の方が断然快適です。欲しいモノは全て手に入りました。しかし、人々の「心」という切り口で捉えた時には、映画「Always夕陽丘の3丁目」で描写したように当時に軍配が上がります。

 一方、最近時代劇のブームです。NHK大河ドラマは私の好きな番組ですが、昨年の「功名が辻」は毎週楽しみに見ていました。今年の「風林火山」も主役の山本勘助が苦節10数年、やっと武田晴信に仕官することとなり、今後の活躍が楽しみです。
 時代劇が面白いのは、そこには「武士道」をベースにした日本人の「心」「美学」が流れているからです。
 
 現代の日本は精神的荒廃が進み、目の覆いたくなる事件が日常茶飯事的に起こりますが、しかし、一方で「これではいかん!」と「心の復活」を訴える流れも出始めてきた。レトロはretroactiveの略で、遡るという意味ですが、日本人が忘れていた古き良き時代の「心の復活」の流れを是非企業、マスコミ、政治家、国民が中心に作り上げていって欲しいと思います。今年のキーワードは「復活」で行きたいですね。

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2007年3月29日 (木)

「マーキュリー通信」no.605【最勝の総合商社的経営論-33「大局観」を持つようにトレーニングをする」】

 「着眼大局、着手小局」という囲碁の格言があります。
 経営者としては、大局観を持ちながら、個々の戦局では一手一手着実に打っていくことが求められます。しかし、個々の戦局で破れることがあっても、大局観さえ持っていれば、社員は動揺しません。
 即ち、ある商売で損をしても、経営者が、「損して得取れ」、その事業全体で利益を出せば良いと考えていれば社員は動揺しません。
 しかし、「言うは易く行うは難し」、大局観は、日々鍛錬しながら磨いていくことが必要です。
 一方で、大局観は、20歳を過ぎる頃から徐々に出てきます。これは個人差があるようで、リーダーになるような人は、若い時からそのような資質が出てくるようです。

 私の場合、最初に大局観が持てたのは、丁度20歳の時でした。朝日洋上大学の学生として、さくら丸という貨客船で米国(ロスとシスコ)に上陸した時のことでした。
 当時は、1ドル360円の時代。"made in Japan"が土産物店に氾濫していました。しかし、当時は"made in Japan"は「安かろう、悪かろう」の時代でした。

 当時、私は日米格差を肌で感じました。
 一方、360円で物価を計算すると何でも高く感じました。感覚的には、その半分くらいでした。そこで、私は、近い将来このハンデを頂きながら、日本はいつか米国を追いつき追い越す時が来ると直感しました。
 そして、日本は高度成長時代へと突入していきました。「安かろう、悪かろう」の"made in Japan"はいつしか"made in China"にとって代わられていました。

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2007年3月28日 (水)

「マーキュリー通信」no.604【最勝の総合商社的経営論-32「勝負」という観点から成功と失敗を考える」】

「経営とは人、モノ、金の最適化」とよくいわれます。
「人、モノ、金」のマネジメントに関し、「勝負」という切り口で捉えると、感情的にならずに、理性的な判断することができます。
「勝負」に関しては、「何をもって勝ちとするか、何をもって負けとするか」という見方、基準を自分で作っておきます。
「現在敗色が濃い。失敗が続いている時に、何を押さえたら負けにならないか」ということを中心に考えてみます。こういう「守りの型の考え方」があります。
一方、「このポイントを押さえれば、勝ちと言える」という「積極的な考え方」もあります。
このように「守り」と「攻め」の両方で考えておくと、経営にメリハリができ、柔軟な対応ができるようになります。

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2007年3月27日 (火)

「マーキュリー通信」no.603【船井幸雄会長、川村賢司先生との鼎談】

  船井幸雄グループの通販誌「ほんものや」に「ペットのフンも同時に処理できる生ごみ処理機・環境生活館」を掲載する為に、本日「環境生活館」の開発者のお一人である医学博士川村賢司先生と船井幸雄会長、そして私との鼎談が実現しました。
 川村賢司先生は、健康関係で造詣が深く、著書に「血液を元気にする本」他多数出版されている方です。

 今回の話は、通販誌「ほんものや」発行元イリアール㈱乗附社長が、神奈川県大和市の主婦から「環境生活館」の素晴らしさを聴いたところから始まりました。

 通販誌「ほんもDsc_4718のや」のトップページには、毎号船井会長と商品販売業者が対談し、商品の開発ストーリー・こだわり等が詳しく3ページに亘り紹介されます。

 今回、「環境生活館」のプレゼンテーションはいつも通りコンビニで幕の内弁当を購入し、10数分で消えてしまうところを船井会長にお見せしました。Dsc_4650 

 その間、川村先生より、商品の開発コンセプトの説明がありました。「環境生活館」は、自然の摂理を取り入れています。つまり、山で動植物が死にますが、最後は土に還ります。この自然の摂理+科学の力を借りて、他のメーカーの機種と比べ圧倒的に分解力の高い完全消滅タイプの生ごみ処理機が実現しました。他社製品では、10数分で生ごみが消えることはあり得ません。又、ペットのフンを入れることもできません。
 Dsc_4745「環境生活館」は、「そんな離れ業をやってのけます」と説明すると、船井会長はかなり関心を示され、予定の1時間を超過し、本商品のプロモーションに関する具体的なアイデアも頂きました。

 船井会長、川村先生との鼎談内容は、通販誌「ほんものや」6月号(5月20日発刊)に掲載される予定です。

船井会長との面談内容が、「船井幸雄写真館」にも掲載されていますので、ご覧下さい。http://funaiyukio.com/shashin/index.asp?sno=200703006

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2007年3月26日 (月)

「マーキュリー通信」no.602【「創レポート」3月号「変化の波に乗る基本条件は」】

 今月の「創レポート」「sr0703.pdf」をダウンロード は、マイクロソフトの新しいOS VISTAを基に経営的視点で触れています。
 50代のA社の社長は、パソコンのマニュアルを、新しいOSが発売になる度毎に、いろいろと試し、理解に努めているそうです。
 理解することで、新たな視点が見えてきたり、応用動作が可能になるそうです。ちょっとした変更等にもついて行けるそうです。
 この「理解する」という視点を経営にも取り入れているそうです。「理解する」ことで、表面的なとらえ方しかできなかったモノが、底流で起きている変化等も見抜けることになるそうです。先見力も付いてきます。
 
 新しいマニュアルを使いこなして、新OSに対応していくことはなかなかできないことです。しかし、現場を理解することで、経営者としてマネジメントの問題、次の一手等見えてくることがあります。
 今回の「創レポート」はそのように理解させて頂きました。

  ◆本レポートの内容◆
【1】それでも新しくなるパソコンの基本ソフト! ………… 1㌻

【2】変化を敵にするか味方にするかを決める要素 ………… 2㌻

【3】理解するか覚えるか~その違いがキーになる ………… 3㌻

【4】利益を出すための“見極め”ポイントも同じ? ……… 4㌻

【5】変化に強い“利益感覚”形成法はかなり地道! ……… 5㌻

 ----- 中小零細企業の存続と
                     その未来のために -----
  【公認会計士・税理士 伊藤 隆】
  東京本部 03-3547-6049
  会計工場 059-352-0855
  URL http://www.cpa-itoh.com
※動く名刺です。見てください!
 http://www.nigaoe-club.com/mcard/mc.php?209fd0b966a4b7af47340cf

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2007年3月25日 (日)

「マーキュリー通信」no.601【能登半島で大地震発生!】

「マーキュリー通信」no.601【能登半島で大地震発生!】
本日25日能登半島で震度6強の大地震が発生、幸い死者は1名、負傷者189名と被害は軽微で済みました。

 能登半島は、大地震の発生はない地域と考えれていたので、今回の大地震で日本列島は改めて地震列島であることが再認識され、いつどこで日本の各地で起こってもおかしくないことが判りました。
 
 今回も倒壊家屋がテレビで映し出されましたが、国交省の調べでは、半分強の家屋は旧耐震基準(1981年5月以前)の時に建てられた建物なので、大地震が発生する度毎に同様の光景がマスコミを通じ映し出されることになります。

 一方で、最近の流れは、役所もやっと重い腰を上げ、耐震補強に関する助成措置を講じるようになりました。
 最近の国の考え方は、家屋はできるだけ耐震・リフォームを実施して、長く使おうという考え方です。建て替えるとと大量の廃材が出て、埋め立て処分場の問題と環境問題もあり、耐震・リフォームを勧めています。

 一方、大地震の際に、高齢者の中には、「死んだらそれまで、この年になってそれ以上長生きしたくない」という考え方も多数います。
 しかし、大地震の際に倒壊家屋が救急車、消防車の活動を妨げるので、そのような考え方は「自分勝手」と諫めています。
 又、大地震の際には、「即死」する人は殆どいません。今回の1名の死者も、庭の灯籠の下敷きになって死んだのですが、かなりの苦しみを味わって死亡したことと思います。
 さて、東京都では、2015年までに旧耐震基準の家屋の9割まで耐震化率を引き上げるべく助成措置を講じ始めました。
 固定資産税の3年間の軽減措置、耐震補強工事に対し所得税から控除、そして、各自治体に対し1戸当たり21万円の助成金を出しています。
 各自治体は、これにプラスαして独自の耐震補強策を講じています。まだ自治体により温度差があります。http://www.toshiseibi.metro.tokyo.jp/kenchiku/taisin/kn_t05.pdf

 一般論としては、耐震補強に関しては、耐震診断をまず自治体指定の業者に無料で実施させるようにしています。悪徳業者が跋扈しているので、自治体が無料の耐震診断を実施することで住民は安心できます。

 耐震診断の結果、耐震強度が国の基準に満たない家屋には助成金が自治体から出るようになりましたが、自治体によりまちまちです。

 但し、予算の関係上、旧耐震基準の建物に限定しています。又、建築基準法違反の建築物は原則不可の自治体が多いです。大地震が来たら、建築基準法違反の有無に関係なく倒壊の恐れがあるわけですが、違反建築まで予算が回らないようです。

 先週も、三井物産の社友宅2件を耐震診断で訪れたところ、偶然にも同一業者が耐震診断を実施していました。その結果、2件とも「大倒壊の恐れ有り」、そして、「耐震補強費用として300万円前後」の見積書が提出されていました。

 当社で再度耐震診断したところ、2件とも大倒壊の恐れがある家屋ではなく、ごく普通の旧耐震基準の木造家屋であり、耐震補強は必要ですが、耐震補強費用も100万円前後で済むことが判り、大変感謝されました。

 さて、能登半島の大地震に関しては、大多数の国民が映像を通じ被災現場を見ているはずですが、まだ対岸の火事と受け止めている人が多いようです。早く「明日は我が身」と感じ、耐震補強を実施する家庭が増えることを期待しています。

※東京都知事選の各候補者の大地震対策
 各候補者共大地震対策は最重点施策と位置づけています。昨今、東京都もやっと重い腰を上げ始め、具体的な耐震補強策を各区で打ち出しています。

<コーヒーブレイク>
 ポケベル事業が3月末で廃止になる旨NTTより発表がありました。これも時代の流れでしょうか。
 最近の子供はポケベルという言葉を知らないそうで、ポケベル聞くとポケモンのベルをイメージするそうです。

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2007年3月23日 (金)

「マーキュリー通信」no.600【VAVクラブで日本初フリーペーパーの会社を興した倉橋社長の講演を聴いて】

倉橋泰社長は荏原の技術者として83年、30歳の時に2年間渡米。その時、職場のエリートビジネスマンが、新聞購読をしていないのにびっくりした。大半のビジネスマンは、週2回新聞にクーポン券がつく水曜日と土曜日を楽しみにし、その日だけ新聞を購入する習慣があった。日本のビジネスマンには考えられないビジネスマンの行動に倉橋氏はカルチャーショックを受けた。
 一方、当時米国では民放のニュース番組が花盛りだった。そこから倉橋氏は、「いずれ日本でもテレビのニュース番組が人気となる。その影響を受けて、新聞を見る必然性は薄れ、購読率は下がる。よって、チラシ効果も下がる。それに代わるフリーペーパー事業が今後伸びゆく産業だ。米国で流行ったものは日本でも流行る」と思い、日本でフリーペーパーの会社を設立しようと思った。
 しかし、技術の荏原にしてみれば、フリーペーパー事業は相乗効果を期待することは全くなく、社内で猛反対にあった。
 しかし、幸か不幸か当時は円高不況で荏原は余剰人員をたくさん抱え、倉橋氏は社長、副社長を説得し、何とか荏原が中心となり、取引先にも出資してもらい、87年10月1日フリーペーパーの新会社「㈱ぱど」を立ち上げることができた。

 スタートして数年間「㈱ぱど」は赤字続きで、累積赤字が膨らんだ。その後経営陣が総入れ替えとなり、リストラが行われた。即ち、集中と選択の経営戦略の下、本業と関係のない「ぱど」の売却指示が下された。しかし、累積赤字に苦しむ「ぱど」を買おうとする企業は現れなかった。
 そこで、倉橋氏は、本社に赤字補填をしてもらい、MBOで自らがサラリーマン社長からオーナー社長となった。

 その後のメディアの興亡は倉橋社長が予想した通りとなった。
 2000年から2006年にかけて総広告費は6兆1102億円から5兆9954億円と1.88%の微減となった。
 これを、メディア別に見ると、新聞が1兆2474億円から約20%の大幅減の9986億円となったのに比べ、2000年には僅か590億円だったインターネット広告費が+515%の3630億円へと急上昇した。この傾向が続くと、いずれ広告費の王座は新聞からインターネットに代わられる日が早晩やってくる。
 因みに折り込み広告費は、4546億円から4809億円と6%弱の増加となった。

 事業戦略としては、フリーペーパーの最大手リクルートが、住宅情報、就職情報等ターゲット毎のフリーペーパーを発行しているのに対し、「ぱど」は潜在ニーズの掘り起こしを狙ったフリーペーパーを発行し、パドンナと呼ぶ主婦を活用し、戸別にポスティングしている。フリーペーパーの発行場所、ターゲットも含め、この分野でのリクルートとの競合を避けている。

 さて、倉橋社長の経営戦略と事業戦略が成功し、㈱ぱどは総発行部数1260万部と日本最大のフリーペーパーの会社となり、ヘラクレスにも上場した。今期の売上は100億円強の売上となり、20年間で売上が200倍に急成長した。
 
 倉橋社長の講演を聴き、大きな感動を覚えました。
 実は、私も倉橋社長と同じ頃北米(私の場合はカナダ)に駐在し、倉橋社長と同じように北米で流行ったものは何れ時間差をおいて日本で流行ると思っていました。コンビニ、ビデオレンタル、FC等まさに私の予想した通りとなりました。

 その中で、私はテレマーケティングの会社㈱もしもしホットラインを倉橋社長と同じ20年前の87年6月23日に設立しました。そして、当時テレマーケティングの会社設立に当たり三井物産社内で猛反対に遭いました。「物産がテレクラ事業に参入するのはけしからん」との叱責を頂戴したこともあります。

 テレマーケティング事業は、商社では三井物産が先鞭を付けました。そして、私の予想通りテレマーケティングは大きく成長しました。
 倉橋社長のフリーペーパー事業は、まさに私のテレマーケティング事業と時代も考えも同じ時代であり、私のベンチャースピリットの血が大いに騒ぎました。

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2007年3月21日 (水)

「マーキュリー通信」no.599【最勝の総合商社的経営論-31「中小企業では社員の能力、性格に合わせマネージしていく」】

 前号で「有用な人材」の話をしました。
 一方で、当社のような中小企業に来る人材の能力は一律ではありません。私のように大企業で教育を受け、経理、管理部門、営業、システム、経営等広範な経験を持っている人はまずいません。
 
 従って、当社にとり「有用な人材」と判断して採用した場合、その担当者に不足している経験、能力を補完する必要があります。又、性格も考慮した対応をする必要があります。
 大企業の管理職の場合、人材育成をしながら求められる社員像に育て上げていきます。しかし、中小企業の場合、人材育成の段階まで行きません。
 その人の能力をいかに引き出し、サポートし、会社の業績に繋げていくか、この辺が経営者としての腕の見せ所です。

 従って、経営者自らが社員の能力、適正、性格等に合わせながら仕事を進めていくことも求められます。決して社員に迎合するわけではないのですが、この辺のツボを体得することも中小企業の経営者に求められる資質ではないかと思います。

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2007年3月20日 (火)

「マーキュリー通信」no.598【最勝の総合商社的経営論-30「中小企業に必要な人材は有用な人材」】

 当社のような中小企業には「有能な人材」より「有用な人材」を必要としています。
 
 昨年、Bフレッツ営業でNTTのBフレッツ各種問い合わせ窓口をしているS氏が、プラスαの収入を取りたいのでハローワーク経由当社に来ました。

 S氏の場合、Bフレッツに精通しています。理論的には誰よりもよく知っています。しかし、当社の求める人材は営業です。いかにお客様が必要としている情報を的確に説明して理解して頂き、Bフレッツの申込をして頂くのが基本です。
 S氏は、お客様に自分の知っている知識をとうとうと語り始めます。相手が知識不足だと、見下し始めます。
 S氏は、確かにBフレッツの知識に関しては「有能な人材」でしょうが、当社が求めるBフレッツ営業では「有用な人材」とはいえません。S氏は加入実績も上がらず、結果が出ないことに対する理由をいろいろと並べ立てます。

 中高年になると、どうしても頭の切替が利かない人が多いです。当人に何を求められているのかを理解しようとしないことが多く、これまでの経験の延長線上で物事を考えがちです。

 適材適所とはよくいったものです。当社が必要とする業務をきちんと理解し、その通り実行してくれる人が当社のような中小企業が求める人材といえます。

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2007年3月19日 (月)

「マーキュリー通信」no.597【私のコミュニケーション論-27「コミュニケーションの発展5段階」】

 最近コミュニケーションにもその人の成長度合いに応じ発展段階があるのではないかと感じています。
 
 第1段階のコミュニケーションは、自分の身の回りの人とのコミュニケーションです。家族、親戚、学生仲間、職場なら仕事仲間、取引先等です。つまり自分から求めなくても、その与えられた環境の中で必然的に必要となってくるコミュニケーションです。
 第1段階のコミュニケーションにおいては、好むと好まざるを得ず、必要最低限のコミュニケーションをとることを求められます。

 第2段階のコミュニケーションは、自分から新しい人脈を求めて得た仲間、人たちとのコミュニケーションです。
 趣味の仲間がそうです。又、私の場合で言えば、23年前にカナダから帰国した時に、異業種交流会に参加して、社外の人脈を作ろうと思い、各種異業種交流会に参加しました。
 第2段階のコミュニケーションにおいては、自分がコミュニケーションを望まなければ、そのグループから離脱することができます。
 よって、第2段階までのコミュニケーションは、どちらかというと自分中心のコミュニケーションで済む段階といえます。

 さて、第3段階のコミュニケーションでは、自分を取り巻く環境やヒューマンネットワークにおいて、自分一人では世の中生きていけないことに気付かされます。その時点で他人対する感謝の気持ちが湧いてきます。相手から与えられている愛に気付き、その人に対する恩義を感じ、自分も相手の為に何かしてあげたいという気持ちが湧いてきます。
 親から受けた愛情を大人になって気付くのはその類です。又、仕事やプライベートでも、それに気付くことで、利他の精神が芽生え、自己成長に繋がっていきます。

 第4段階のコミュニケーションでは、長い人生、時間軸の中で縁を感じ始めます。この縁では、良きに付け悪しきに付け縁を感じ始めます。
 私の場合、三井物産で10箇所の異なる職場を経験させて頂きました。その時々に私の上司や関係者がいたわけで、そのお陰で私が理想的な人事異動の恩恵に預かることができたわけです。こういう時代環境、そして上司との縁を考えると、本当に感謝の思いでいっぱいになります。
 一方、情報通信の分野で新規事業の仕事をしていた時に、管理部門の担当者にことごとく私の新規事業に反対されました。まるで天敵のように感じました。
 私は新規事業で数多く失敗を重ねました。それが今となっては、自分の大きな肥やしとなっていますが、その時反対した管理部門の担当者に対しては、彼等は、私の事業に対する甘い部分を盛んに指摘してくれていたのだと、今では感謝の念が湧いてきます。時間の流れの中でこういう縁の感じ方もあります。

 そして最後第5段階のコミュニケーションになるともっと長く人生全体といったスパンでの見方になってきます。人の縁が重々無尽の世界となってきます。人という文字を繋げると網となります。私はこの網は投網をイメージしています。
 第4段階のコミュニケーションで縁を感じると言いましたが、この縁の部分は網の結び目の部分です。この網の結び目が多数繋がって投網はできています。
 それでは投網の基の部分は何でしょう。それは大いなる世界に繋がり、私は最後は神仏に繋がるのではないかと思っています。

 私は、その時西遊記の寓話を思い出します。孫悟空が、お釈迦様に対し「自分はきんとん雲に乗って空の果てまで簡単に行くことができる」と豪語して飛んでいった。けれどそこはお釈迦様の手のひらの中だったことに孫悟空は気付かされます。
 大天才であっても、どんな偉業を遂げた歴史上の偉人であろうとも、神仏の前では大宇宙の中の塵にも匹敵しない小さな存在に気付かされます。その時、人間は謙虚となり、神仏に対する感謝の思いが湧いてきます。
 そして、永遠の向上目指して、私たち人類を永遠の旅へと誘ってくれます。神仏の目から見たら、人生の様々な局面局面で、様々な人との出会いがあり、そこに様々なコミュニケーションが生じる。その中で都度多くの学びを得ていきます。そして、神仏の目から見たら、自分も他人もなく、それこそ自他一体の世界なのではないのかと最近感じ始めてきています。つまり人は、自分自身を切磋琢磨努力することで、自分自身を磨く、その為に他人の存在がある。しかし、他人と思った存在が、実は鏡に映った自分のようで、自他一体と気付かされていく。
 
 私自身まだコミュニケーションの第5段階の入り口を垣間見た程度ですが、第5段階のコミュニケーションのレベルに達した時には、本当の自分に出会い、自分の人生計画と実績に満足し、自分の人生に満足できる段階になるでしょう。

 人類が皆第5段階のコミュニケーションに達したなら、そこには争い事はなくなり、平和な世界が実現していることでしょう。

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2007年3月18日 (日)

「マーキュリー通信」no.596【 賃貸住宅時代の幕開け】

 事務所の目の前に38階建ての高層賃貸マンション ヴァンガードタワー(UR都市機構)が完成しました。池袋駅東口徒歩10分強、サンシャインシティ付近の好立地の場所です。http://www.ur-v.com/
 モデルルームを見学に行きましたが、全体的に高級感溢れ、最新鋭の設備も装備した、新時代のハイテク高級マンションです。
 その割に家賃は低めに設定してあります。
例えば、一番多い間取りの2LDK76㎡で家賃が22万円前後です。共益費も8400円と割安に抑えています。
 因みにこの広さのマンションを購入した場合、7000~8000万円はするでしょうから、金利を考慮に入れないで30年分の家賃に相当します。こうなると俄然賃貸マンションの方が得になります。

 社会人となってから35年が経ちますが、その間私の場合、賃貸住宅は三井物産の独身寮、一戸建ての賃貸住宅が2度、賃貸マンションが2回です。そして、マンションを3回購入しました。
 最初の2回は高度成長時代の右肩上がりの中での買い換え、最後の北大塚のマンションはバブルが弾けマンション価格は約半額に暴落しました。

 今後は高齢社会の不透明な時代、格差社会の到来でマンション価格も都内の好立地のマンション価格は下げ止まり若しくは上昇が予想されます。しかし、これも自分の住居をどのように捉えるかで状況は変わってきます。

 従って、今後政府はマイホーム一辺倒の政策は止めて、良質の賃貸住宅を大量に供給できるような選択の時代にしていくべきと考えます。
 後は、個人の価値観、ライフスタイルで選択すればよいでしょう。

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2007年3月17日 (土)

「マーキュリー通信」no.595【相田みつを美術館を訪ねて】

 先日相田館長から招待券を頂き、有楽町の東京国際フォーラム(元東京都庁跡地)地下1階にある相田みつを美術館を訪ねました。http://www.mitsuo.co.jp/museum/info/index.html
 同美術館は、都心の超一等地にある美術館ですが、700坪のゆったりとしたスペースに和風の喫茶コーナーもあり、落ち着いて相田みつをの遺作を楽しむことができます。

 相田みつをの作品の特徴は、ホット肩の力が抜ける安らぎを与えてくれることです。
「つまづいたっていいじゃないか にんげんだもの」という作品に代表されるように、普段全力投球で頑張っている人間でも、彼の作品に触れると、何故か安堵感を感じます。

 我が家のトイレには、相田みつをのトイレ用日めくり暦がかけてあります。トイレで彼の作品を毎日見ています。
 その中で、私が一番好きな作品は、「損か得 人間の物差し、ウソかまこと 仏の物差し」が一番気に入っています。この作品を毎月見るたびに、自分を見つめ直し、少しでも仏に近づける自分でありたいと思いを新たにしています。

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2007年3月16日 (金)

「マーキュリー通信」no.594【その時人生が動いた-10 「三井物産入社内定」】

 1971年3月16日は私が三井物産㈱に内定した日です。当時は高度成長の時代で、我々団塊の世代の大量就職の受け皿が企業側にありました。当時は新卒の青田買いを通り越し、もみ買いと言われた時代でした。
 就職活動は、3年生の12月から始まり、金融機関、商社、メーカーの順で新卒の採用が行われていました。

 私は、高校2年の時に、「日本は資源小国の為、貿易を通じ国の発展に貢献していきたい」と思い、就職先は総合商社を希望していました。

 しかし、就職活動を決め打ちするのはいかがなモノと思い、就職活動になれることも含め、取り敢えず銀行回りを始めることにしました。
 当時の一橋大学は、就職貴族といわれるほど、企業側の採用意欲が高く、銀行を訪問すると大学の先輩が出てきて昼飯をご馳走してくれて、その場で就職の内定が決まっていました。
 ところが、三菱銀行の人事部長と面接の際に、「君のような性格は、銀行より商社かメーカーの企画、マーケティング部門の方が向いている」とアドバイスされました。

 私はそこで目が覚めた思いで、内定が決まっていた銀行に内定取り消しの連絡をして、直ちに総合商社の就職活動を開始しました。

 総合商社はどこにするか?
 私は「組織の三菱」より「人の三井」といわれた三井物産を受けることにしました。
 下位の総合商社は、人事部に面接に行くとその場で採用が内定しました。しかし、当時三菱商事と三井物産が一番人気でしたので、一橋大学から三井物産を受ける学生は4倍と高倍率でした。

 三井物産の就職試験は、商社マンとして向くかどうかの性格テストがありました。そして、人事部面接の後、役員面接へと進みました。10名近い役員面接との面接でしたが、面接時間は僅か5分で終わりました。
 面接時間が余りにも短かったので、帰り際に三井物産受験の理由をひと言言わせて欲しいと頼み、「貿易立国日本のお役に立ちたい」旨、役員の前でとうとうと語りました。
 帰り際、三井物産の役員の方々で苦笑いをする人もいたのを今でも覚えています。

 就職内定通知まで1週間ほどかかりました。当時、学生運動の盛んな頃だったので、私の身辺調査がありました。
 そして、晴れて1971年3月16日に内定通知が届きました。
 初志貫徹、「世界に股をかけるビジネスマンとして活躍したい」という思いが叶った日でした。
 当時の三井物産の初任給は47千円と世間並の待遇でした。又、「商社マンは残業が多く、厳しいよ」という情報も耳にしました。しかし、「給与、待遇より仕事を選ぶ」という私の夢を優先させました。

 一橋大学商学部合格、三井物産に就職内定という人生のレールが敷かれ、私の人生は大きく動いた瞬間でした。

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2007年3月14日 (水)

「マーキュリー通信」no.593【第57回新しい時代を創る経営者の会「コアラプラン」 】

 今月の「新しい時代を創る経営者の会」は、大橋社長に「豪州長期滞在のコアラプラン」をプレゼンテーションして頂きました。「koala_plan_rejume.doc」をダウンロード

 本年から団塊の世代の大量定年退職が始まります。
 大橋社長の「コアラプラン」は時代の流れにマッチした日本人の生き方を提案したプランです。
 日本人は農耕民族で定住社会を希望します。いくら豪州が、物価が安く、治安もよく、気候も温暖で住みやすいところでも、永住となると躊躇する日本人は多いと思います。

 又、これまで会社の為に滅私奉公で働いてきた多数の日本人にとり、定年退職後の余暇をフルにエンジョイするノウハウを持っていない。
 そういう人の為に、「コアラプラン」は恰好の商品です。
「コアラプラン」には、大橋社長の夢と経験が詰め込まれています。大橋社長は、三井物産㈱勤務時代、10年以上豪州に住んでいました。最後には、300坪の邸宅を購入するほど豪州に熱の入れようです。

 日本人に人気の海外の1つである豪州でいかに楽しく長期間エンジョイしたらよいか。
 「コアラプラン」には、1週間のお試しプランから、6ヶ月の長期滞在まで用意されています。添付案内状に案内が書かれていますので、ご希望の方は、大橋社長までお問い合わせ下さい。「koala_plan.doc」をダウンロード ohashi yoji <yjohashi@yj8.so-net.ne.jp>

 一方、当会らしく、今回新たに乗馬クラブユニゾンファーム菅社長とのコラボレーションが実現しました。現地で乗馬をエンジョイしようという試みです。

 6月7~13日豪州で一番人気のあるリゾート地ゴールドコーストで乗馬体験ができます。詳しくは、ユニゾンファームまでお問い合せ下さい。
菅代表 <suga@unisonfarm.com>, 高見秘書"takami@unisonfarm.com"

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2007年3月12日 (月)

「マーキュリー通信」no.592【政治とは難しいもの】

 従軍慰安婦問題で安倍首相は思いの外ピンチに立たされ、結局93年当時の河野洋平談話で「従軍慰安婦問題は当時の軍が関与し慰安婦を強制連行させた」ことを追認し、政府として正式の謝罪に追い込まれた形となった。

 従軍慰安婦問題に関しては、血気盛んな若者ばかりの軍隊の息抜きの場所として商売としての売春宿ができるは当然なのに、それを「強制連行して慰安を強要した」と正式に政府が認めるという愚行を犯してしまった。こんなこと戦後の在日米軍を見れば明らかであり、必要悪として在日米軍の周りにも当然従軍慰安婦としての商売が成立している。

 一度政府の正式見解として認めてしまうと後で覆すのがいかに困難であるかを、今回の国際的な空気で政府は身をもって知ったようです。一番頼りになるはずの米国マスコミも安倍首相の非難に周り、安倍首相としては想定外でした。

 重要な点は、従軍慰安婦問題は、国際外交の駆け引きに使われ、最早従軍慰安婦問題の可否を問う段階ではなくなってしまったことです。
 歴史上の出来事は、結局は戦勝国の都合の良いように解釈され、そういうレールが敷かれ、そのように展開している。
 そのような論理の展開の中で、日本の戦後政治は必要以上に自虐的歴史観を展開し、これがいかに国益を害してきたかを今回の従軍慰安婦問題で思い知りました。

 自虐的歴史観は、国益の為にも徐々に変えていかなければならいのに、野党もマスコミも相も変わらず政争の具にしています。

 しかし、従軍慰安婦問題で、今回日経が桜井よしこ氏に私と同様の論陣を張り、安倍首相を擁護していたのでマスコミの論調も少し変わってきたようです。

 一方、自虐的歴史観の最たるものに、村山富市元首相が、太平洋戦争を「侵略」と認め、謝罪してしまったことです。これは最悪の歴史認識であり、村山発言がいかに国益を害しているかを当人は気付いていません。首相の器でない人が首相になるとこのような重大な外交上のミスを犯してしまいます。

 太平洋戦争、これは米国の言い方であり、日本では正しくは大東亜戦争ですが、当時、ABCD(米国、英国、中国、オランダ)包囲網により資源供給を絶たれた時の政府が国際法に則って開戦した戦争であり、「侵略」では絶対ありません。

 このように戦後の自虐的歴史観を好む政治家が多く、このことは今後中国、韓国、北朝鮮等を相手に国際外交を展開していく上での大きなハンデを背負ってしまい、いかに国益を害しているかを与野党とももっと認識すべきです。

 それにしても国際政治では、正しいことを正しいと言えないもどかしさ、そして、一旦政府が公式に認めてしまった事項は容易には覆らない恐ろしさを痛感しました。

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2007年3月11日 (日)

「マーキュリー通信」no.591【健康の落とし穴「自分だけは」】

毎週見ているTV番組にNHK「ためしてガッテン」(毎週水曜日20時~)があります。録画して適宜見ています。

 先週の「ためしてガッテン」は「健康診断は役に立たないのか」が特集でした。レントゲン写真では、身体の現状を把握するには余り役に立たないそうです。その代わり、CTスキャンや最近脚光を浴びているのPETなら癌にかかっているかどうかを全体的に捉えることができるそうです。又、人間ドックの際にとる眼底写真の網膜から動脈硬化をチェックすることができるそうです。

 さて、健康診断のデータは役に立つのか?結論から言えば、自分の健康データを継続的に把握する意味では必要といえます。
 その際に、「要注意」と出てきて、大半の人が「自分だけは大丈夫だろう」と思い込み、そのまま放置しておくことが多い。
 「血糖値」「コレステロール値」「血圧」等自分では自覚症状がないので、要注意が出ても放置しておく人が圧倒的に多い。これが健康の落とし穴であり、中高年以上の人は、「要注意」と診断されたら、そのまま放置せず、医者に再検査に行くことが大病を予防する特効薬といえそうです。

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2007年3月10日 (土)

「マーキュリー通信」no.590【私のコミュニケーション論-26「叱られるのは財産」

 日曜日午前9時55分から「波瀾万丈伝」(日本テレビ)を放映していますが、多少オーバーなところはありますが、毎週録画して関心のある登場人物がいたら見ています。

 先週の俳優の高橋英樹の「波瀾万丈伝」の中で、高橋英樹が「叱られるのは財産」といった言葉が印象に残っています。彼の父親は非常に厳しく、しょっちゅう叱られていたそうです。
 大スターの高橋英樹のことを叱る人は今では殆どいないでしょう。父親から叱られたことが非常に大きな財産になっていると亡き父親に感謝していました。

 翻って私の場合も、年齢的なことと社長の立場上、現在私のことを叱ってくれる人は殆どいません。

 先日、三井物産元副会長「故堀野和夫氏を偲ぶ会」が大手町のパレスホテルで開かれ、参列しました。そこで昔の上司とも多数会いました。
 特にその中で私を一番叱ってくれた梁瀬健二郎氏(当時鉄鋼建材部第一課長)と星崎治男氏(当時㈱もしもしホットライン社長、三井物産㈱取締役情報通信事業部長)のお二人にお会いしました。

 梁瀬健二郎氏は私が20代後半の頃に仕えた上司です。毎日のように箸の上げ下ろしまで厳しく注意されました。
 又、当時の鉄鋼建材部第一課の業績は毎月黒字と赤字かどうかのぎりぎりで推移していました。その為、梁瀬氏の厳しいチェックが絶えず入っていました。当時は、又レポートを提出させられるのかとうんざりしていましたが、それが今となっては役立っています。私自身現在マーキュリー物産の業績を毎月厳しくチェックする習慣が付いており、短期的な視野と中長期的な視野の両方で見る癖がついており、これは梁瀬氏の厳しい指導の賜と感謝しています。

 一方、星崎治男氏の場合は視点が全然違います。仕事の詰め方、手順、進め方等私の甘いところを動物的勘でびしばし指摘され、毎日怒鳴られていました。私の場合、叱りやすいのでしょうか、「カラスの鳴かない日はあっても、菅谷が叱られない日はない」くらい叱られていました。
 星崎氏には直属の上司として30代後半から40代前半まで7年間仕え、一番多くのことを学びました。その中でも、「事業、ビジネスの実際の収入の入りと出の部分」の把握の仕方を具体的に学びました。紙に書いてあることは、とかく修飾していることが多く、どうしたら実態を把握するかを星崎氏の下で体得しました。これも今日の私にとり大きな財産です。

 高橋英樹の語った「叱られるのは財産」、コミュニケーションの神髄をついた名言として受け止めました。

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2007年3月 9日 (金)

「マーキュリー通信」no.589【本日はありがとうの日】

 本日は3月9日にかけて、サンキュー、「ありがとうの日」です。グーグルで「ありがとうの日」を検索すると47,000件も出てきました。
 しかし、まだ官民上げて「ありがとうの日」は国民の間に広まっていないようです。
 日本人はお礼の言葉として「すみません」と言ってしまいがちです。しかし、「ありがとう」の方がより積極的で気分がよいですね(^y^)
 「ありがとう」を言っても一円もかかりません。皆で「ありがとう」を積極的に使えば、世の中は明るくなっていきます。
 
 一方、「ありがとう」を別の言葉で言えば「感謝」です。私たちは一人で生きていくことはできません。そのことに気付いた時に、感謝の気持ちが湧いてきます。

 本日は、当社の事務の女性が風邪で休みました。来客用のコーヒーを私が作ったのですが、慣れない為、薄いコーヒーとなってしまい、いつものコーヒーより味がイマイチでした。
 今まで当たり前に飲んでいたコーヒーでさえ、彼女がいないことでありがたさを感じ、そこから感謝の気持ちが湧いてきます。
 3月9日「ありがとうの日」を機に、是非国民皆が「ありがとう」と気持ちよくいい、明るい社会にしていきたいですね(^y^)

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2007年3月 8日 (木)

「マーキュリー通信」no.587【その時人生が動いた-9 「一橋大学商学部合格の日」】

 私の人生で一番感激、喜びが大きかった瞬間が1968年3月8日「一橋大学商学部合格の日」です。

 合格発表の当日受験番号を見に国立の一橋大学に行ったのですが、怖くていきなり自分の受験番号を見ることができませんでした。一番端から徐々に番号を目で追い、自分の番号が近づくと胸が高鳴り、そして私の受験番号359番に怖々と視線を移すと359番が目に飛び込んできました。その時の感動は今でも忘れません。そして生涯最高の感動でした。

 私は、高校受験に失敗したのですが、その理由は、当時三多摩地区で最難関といわれた立川高校合格間違いなしとのお墨付きを頂き、自分自身に油断がありました。

 その点を深く反省し、大学受験は全力投球で臨みました。但し、3年間受験勉強には集中できないと判断し、高校1年生は羽を伸ばし、2年生から2年間受験勉強1本に集中しました。

 高校2年生の時に、「将来は世界に股をかけるビジネスマンを目指そう。就職先は大手総合商社」と決め、進路を一橋大学商学部一本に絞りました。当時家が貧乏で、浪人する経済的余裕が無く、背水の陣で臨みました。
 当時の我が家は、ぼろ屋で冬はすきま風が入り、特に寒かったのですが、自分の部屋に石油ストーブを置く余裕など無く、厚着をしながら受験勉強に集中しました。その為、手足の全てと、鼻、耳全てにしもやけができました。指はグローブのように腫れ上がり、縫い針を火で殺菌して指に刺して、どす黒くなった血を糸で絞り出していました。

 前年の一橋大学商学部の倍率が4.3倍を基に私の一橋大学商学部合格の可能性は7割でした。しかし、団塊の世代の私の時の競争倍率は更にアップし、何と倍率が7.6倍にアップしました。内半分以上は浪人生です。一日中予備校で勉強している予備校生と比べ、現役の私は明らかに勉強時間でハンデでした。
 しかし、数学と英語が得意だった私は、英数の採点比率の高い一橋大学で有利に働き、この得意科目を徹底的に集中して勉強しました。

 そしてその努力が実り、一橋大学商学部を現役で受かることができました。
 この時私は初めて自分自身にやればできるという自信がつき、「目標を決め、それに向かって努力する」という現在のスタイル「hitotubashi_gokaku2.jpg」をダウンロード ができあがりました。それ以来人生即努力、努力即幸福」という私の人生哲学ができあがり、現在に至っています。
 仮に一億円の宝くじが当たっても、この時の喜び、感激には敵いません。それは努力が大きければ多いほどそれが実現した時の喜びは比例することを身をもって体験したからです。
 
 受験戦争は我々団塊の世代が一番厳しく、偏差値重視、学歴偏重とかいった批判が出ました。しかし、そのまっただ中にいた私にとっては、このような厳しい受験戦争があり、これを不断の努力で勝ち抜いてきたその結果が自信となり、現在の自分に繋がっています。もし、受験戦争もなく、簡単に大学に入れ、勉強もしなかったら、人間努力することを忘れてしまい、それが一番怖いです。
 「若い時の苦労は買ってでもしろ」とよく言われます。私自身の経験からまさにその通りだと思います。

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「マーキュリー通信」no.588【社長会に参加】

 社長会とは、三井物産の同期入社の内、入社時に経理財務部門に配属された昭和47年入社の同期35名の会で、「将来は社長になろう」との意気込みで「社長会」と命名し、入社以来この集まりは続いています。
 本日は、同期の粟田敏雄君と溝之上純一君の常務昇格内定を祝い16名が集まりました。
 当時の三井物産の定年は57歳で、我々同期生は全員その年齢に達しました。我々が生まれた頃、平均余命は57歳とのことで、その意味で我々は当時の予測からすると自分の人生を全うしたことになり、後はおつりの人生といえます。

 さて、全員旧定年の57歳以上となった同期生は、役員昇格者、退職者、子会社出向・転籍も含め様々な人生を歩んでいます。見た目も、黒髪から白髪、頭の薄くなった同期、メタボ症候群と様々で、傍から見ると同期生とは見えないかもしれません。
 しかし、お互いどんな状況にあろうとも、同期の仲間の良いところは、未だに「俺、おまえ」の中で呼び合うことができるのが良いところです。お互いに利害が絡まず、こういう仲間は生涯大事にしていきたいと思います。本日も、2時間の予定が話が弾み、3時間に及びました。

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2007年3月 6日 (火)

「マーキュリー通信」no.586【平成電電社長、詐欺で逮捕】

 平成電電社長が詐欺罪で逮捕された。しかし、これはある程度予測されていたことでした。
 ベンチャー企業の新電電が銀行借入による資金調達ができない場合、個人から投資ファンドやネットワークビジネス的な資金集めをすることがよくあります。

 過去に、私にも同様の話が何回か来たし、友人知人から相談も受けました。しかし、私はきっぱりと断っています。

 通信事業は、インフラ投資に莫大な先行投資がかかります。従って、このような莫大な先行投資を必要とする通信事業にベンチャー企業が本来出資すべきではないのです。
 銀行借入ができないのは、その事業に信頼性がおけないからです。従って、事業性を見抜くことができない個人を甘いエサで釣ることになるわけです。
 新聞には騙された投資家の憤りの声が掲載されていますが、こんな甘い話に乗る方が悪いわけで、冷たいようですが欲の皮を突っ張った本人の自己責任で、自業自得としかいいようがありません。

 平成電電の事業失敗の本質はまずそこにあったわけですが、更に派手なテレビCMをやったことです。テレビCMは、資金力が豊富な大手企業のやることで、資金力の乏しいベンチャー企業がとるべきプロモーション戦略ではありません。

 昨年初めに当社では日本テレコムのおとくラインの代理店業務をやりましたが、NTTから日本テレコムへの局舎切替工事が極端に遅く、これでは商売にならず早々に撤退しました。業界最下位の平成電電にとって、局舎切替工事が極端に遅いということは致命傷です。つまり、平成電電の局舎に切り替わらなければ収入にならないわけで、平成電電の事業破綻は時間の問題と読んでいました。

 今回、平成電電の事業破綻は詐欺事件にまで発展していたことが記事を読んで判りました。

 平成電電の事業破綻は、我々経営者にも企業な教訓を与えてくれました。
 つまり、身の丈にあった経営をしないと、会社というものは資金繰りに窮し、簡単に破綻してしまうということ。
 更に平成電電の場合、事業戦略の失敗が上げられたわけですが、外部から岡目八目的に見ている者にとっては、極めて単純明快な論理なのですが、当事者には見えないのでしょうね。そして、中小ベンチャー企業の経営者は、とかくワンマン経営者が多く、アドバイスをする人もなく、仮にいたとしても、耳を貸さなかったのでしょうね。

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2007年3月 2日 (金)

「マーキュリー通信」no.585【最勝の総合商社的経営論-29「岡目八目」】

  私自身経営コンサルタント業もしているので自然と自社を第3者的に見ることができます。中小企業の経営者の場合、どうしても目の前のことに全力投球する余り、大局的な見地から時として見ることができなくなります。

 自社を、経営コンサルタントの立場で見た場合、岡目八目的に見ることができます。そして、冷静に自社の問題点を分析できます。
 もちろん私自身も、自社をチェックする場合、経営コンサルタントの立場で見るのとは多少違います。
 経営コンサルタントの場合、より冷静に会社の経営状態を見ることができます。しかし、所詮アドバイザーなので、その会社をどうこうする権限はありません。

 一方、自社を経営コンサルタントの立場で見る場合、他社ほど冷静に見ることができるか定かでありません。しかし、自社の場合、権限は自分にあるので、これはまずいと思った意志決定はその場で下すことができます。

 私は、この岡目八目的に自社を見る為に、週報と月報を自分宛に書いています。
 週報は、その週で起きた出来事を中心に書いています。そして、plan→do→checkをかけながら、軌道修正をかけていきます。

 一方、月報は月次決算ベースで数字を中心に書いています。数字で前月を把握し、どこが問題かを把握します。月報にも当然plan→do→checkはあります。しかし、月報はもう少しマクロ的な視点ともう少し長いスパンで捉え、軌道修正をかけていきます。

 経営を、岡目八目的に見る習慣を付けることで、経営がダッチロールしないように都度チェックを入れています。

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