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2007年5月 1日 (火)

「マーキュリー通信」no.630【その時人生が動いた-12「カナダから帰国」】

三井物産に25年間勤務しましたが、私自身の人事異動は、世界と日本の政治経済社会情勢に大きく影響されてきました。

 私がカナダ三井物産から帰任したのが84年5月1日でした。当時、中曽根内閣の頃で、電電公社の民営化によりNTTが発足しました。

三井物産でもこの流れに合わせ、情報産業部門を創ろうということになり84年4月1日情報産業開発部が新たに創設されました。

私はカナダ三井物産では石炭部員として駐在していたのですが、この情報をキャッチし、当時のカナダ三井物産池田社長に情報産業開発部への異動を直訴しました。
私の訴えに池田社長は、「了解した。その代わり、鉄鋼総括部のシステム統括グループが新日鐵他大手鉄鋼会社と商社間のオンラインシステム構築で超多忙なのでそこを2~3年手伝ってから行きなさい。」と快く受けてくれました。
私の入社時の履歴書に、コンピュータを使って卒論を書いていたのが目に止まったようでした。ここで私の人生が大きく動きました。商社は、商品部門ごとに独立会社のような組織形態をとっているので、鉄鋼部門から情報産業部門に異動するということは社内転職を意味していました。

池田社長のコミット通り私は鉄鋼総括部システム統括グループに2年半在籍後に情報産業開発部に異動しました。鉄鋼総括部システム統括グループにおける2年半のコンピュータと通信の実務経験が情報産業開発部で活かされました。
鉄鋼部門と情報産業部門とでは別会社の如く、ものの考え方も仕事の進め方も全く異なり、自分にとっては本当によい経験となりました。

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