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2007年9月11日 (火)

「マーキュリー通信」no.716【私を育ててくれた元上司達-14「一橋大学田内幸一教授」】

200798000002    田内幸一先生は、一橋大学マーケティングゼミの先生で3~4年生の時にお世話になりました。マーケティング学会では、学習院田島義博教授、慶応村田昭治教授と並び、学会御三家といわれた学会の重鎮で、大店法制定にも大きな貢献をした方です。
 
 田内先生の講義はユーモアを交え受講生には人気の講座でした。その中で今でも記憶に残っている言葉として「認知的不協和」があります。
 「認知的不協和」とは、消費者は購買金額が大きければ大きいほど、商品購入後に不安に陥ってくる。消費者の商品購入後の行動として、自分の意思決定に間違いがなかったかを確かめたくなり、その行動を起こす。
 例えば、マイホームを購入後、同様のマンション、一戸建てのチラシを見て、自分の判断は間違っていないかを確認したがる。従って、販売側は、その不安をぬぐう努力が重要という理論です。
 この理論は今でも通用するマーケティング理論です。100円ショップで購入した商品には認知的不協和は起こらないけれど、高額商品を購入すると自分の判断が正しかったか消費者は確かめたくなります。

 田内ゼミでは、私は、「消費者行動の分析及びそのコンピューターシミュレーション」という卒論を書きました。"Consumers behavior and its computer simulation"という洋書を基に、消費者の行動を衝動買いも含めコンピューターシミュレーションを行いました。毎日電算室に入り浸り、富士通Facom 23025という汎用コンピュータを独り占めしていました。プログラム言語はFortranでした。

 卒業に際し、田内先生から、「これからは人の時代、機械は廃棄処分しない限り変われない。しかし、人はいつでも変わることができる。だからこれからは人を中心とした企業に勤めると良い」というアドバイスを戴きました。
 もともと総合商社希望だった私は、この一言がだめ押しとなり、三井物産が第一志望となりました。

 あれから40年近く経ち、現代はまさに知の時代、田内先生のアドバイスは当たっています。しかし、人間は歳を取ると頑固になり、変わることができなくなります。機械は不要となれば除却処分できるけれど、人間は使い物にならなくても廃棄処分できません。

 さて、田内先生とのお付き合いは、一橋大学を卒業してからの方が多くなりました。私が23年前にカナダから帰国した際に、田内ゼミのOBで勉強会を開こうと提案しました。 以来毎月1回「田内ゼミ情報交遊会」の名称で私が世話役となり10年100回以上に亘り続きました。先生も毎月生徒からレクチャーを聴くのが楽しみでほぼ毎月参加されていました。
 時々先生を囲んで旅行にも出かけました。100回目の時は、韓国に記念旅行に出かけました。しかし、その後、田内先生は、終戦直後の衛生状態が悪いときのC型肝炎のウィルスが潜伏して、それが素で他界されました。
 最後、病院に電話をしたときに、先生は、「菅谷君、苦しいよ」とひと言かすれた声を発せられたのが最期でした。

 田内先生は、マーケティングゼミの後継者として私に継いでもらいたいような話を他のゼミテンから聞いたことがあります。学生時代の私はまじめで学究肌タイプの学生でした。もし、先生が強く薦めていたら、ひょっとしたら私は一橋大学のマーケティングの教授に今頃はなっていたかもしれません。

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