「マーキュリー通信」no.872【人生に勝利する方程式-33「過去は変えられる?」】
本日は母の53回目の命日です。母は30歳の誕生日の直後に白血病で亡くなりました。私が5歳の時でした。因みに2月15日は釈尊の入滅の日でもあります。
さて、本日のテーマは「過去は変えられる?」です。「過去の事実」は変える事はできませんが、過去は本人がその事実をどう捉え、どのように思うかで変わってきます。
(母と一緒に撮った写真はわずかこれ1枚だけです。私が満2歳の時です。母は美人で優しく、強かった。私の理想の女性像です。)
母が死んでから父はショックで、それから1年と少し経ってから、私と1歳年下の妹を置き去りして家出してしまいました。私が小学校1年生の時でした。
先週、調布中学の時の友人と会った際に、「そのような不幸のどん底に突き落とされて、よくぐれなかったね」と言われました。私は、そのような境遇に落ちても決して自分を不幸だと思ったことはなかったし、父を恨んだことは一度もありませんでした。
私と妹は、母方の祖母に引き取られ、祖母が母親代わりで育ててくれました。従って、子供の頃、特に経済的に困ることはありませんでした。祖母や、実家の伯父さん、伯母さんには今でも感謝の気持ちは持ち続けていますが、自分の境遇を不幸と思い、非行に走ったことは一度はありませんでした。
その代わり、私は父親を尊敬できませんでした。父は私にとっての反面教師でした。私の人生は、「父親のような人間には決してなりたくない」という思いでずっと生きてきました。その為に、「自立し、努力精進し、自力で生きていくんだ」という気持ちで生きてきました。それが現在まで続いています。
父は、私が高校2年生、17歳の時に突然現れました。家出してから丁度10年後のことでした。父は、2人の子供の一番大事な時の養育を放棄してしまった罪意識から、「おまえの世話にはならない」と言い、現在再婚して、八王子のマンションで2人で暮らしています。
現在、親が介護や寝たきりで大変な思いをしている我々団塊の同世代の仲間が多数います。その意味では、父は、「おまえの世話にはならない」と言ったとおり、夫婦2人で子供に迷惑を掛けずに元気で暮らしています。その意味では、父に感謝しています。
皆さんの中で、自分の過去の辛い出来事、失敗、挫折に対し、もし恨み心や、自分は不幸だ思っている人がいたら、自分の思い次第で「過去は変えられる」と思い、暗くて辛い人生も、明るく積極的な人生に変えられるんだということを理解して下さい。
因みに、私自身目黒区祐天寺で生まれ、その時は裕福な家庭に生まれました。しかし、その直後、父が株で騙され、一家は貧乏のどん底に突き落とされました。もし、私が裕福な家庭のまま育っていたら、今の私は無いかもしれません。又違った人生を歩んでいたかもしれません。
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