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2009年4月19日 (日)

boblog「マーキュリー通信」no.1091

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私の幼少期の頃は、波瀾万丈の人生でした。

 母親が悪性貧血の為、私が5歳の時に他界しました。
 父は母の死にショックを受け、その翌年、私が小学校1年生の時に、1つ年下の妹と私を置いて、ある日突然家出をしてしまいました。
 危うくホームレス小学生になるところでしたが、幸い母の実家に祖母と伯父夫婦がいたので、そちらで引き取られました。
 伯父夫婦には子供がいなかったので、子供のようにして育てられました。但し、商売(自転車業)を営んでいたので、祖母が母親代わりに育ててくれました。

 父は、10年後に戻ってくるのですが、その間の10年間は私にとって、人生で一番平穏無事な時代でした。伯父夫婦がいなければ、孤児院に預けられていたので、伯父夫婦と祖母に対する感謝の念は生涯忘れません。
 
 10年後、私が高校2年生の時に戻ってきた父は、日焼けした労務者の恰好で多少酒気を帯びていました。
 羽振りの良い姿で帰れたら良かったのですが、日雇い労働者で、所持金も殆ど無く、肩身が狭かったのでしょう。我が子には会いたいけれど、まともに顔を見ることができないので、酒の強くない父が、敢えて酒を飲んでいたのだと思います。当時の光景を今でもはっきり覚えています。

 10年間、子供を捨てた父を恨んだことはありませんが、その時私は、「父親のような人間には絶対なりたくない」と強く思いました。
 そして、一生懸命勉強して、将来立派な人間になるのだと心に誓いました。その頃、丁度、「資源の乏しい日本は貿易立国が必須。だから自分は世界を股にかける国際ビジネスマンとして、日本の為に役に立とう。その為に貿易商社に入ろう」と決めていました。そして、一橋大学商学部を受験しようと決めたのもこの頃でした。
 
 父の家出は、私自身に大きな影響を与えました。幼少期に両親を失った私は、幼少期から、人に頼らず、独立心旺盛な子供に自然と育っていました。

 小学生の頃から、お世話になっている実家の為に、風呂を沸かす仕事を始め家事を手伝いました。当時は石炭風呂で、風呂を沸かす為に、木をのこぎりで切り、斧となたで薪を作りました。

 中学1年生からは日本通運のアルバイトを始めました。大学を卒業するまでの10年間で、日通の仕事は宅配便を始め、倉庫の仕事、引っ越しの手伝い、他には米屋の餅つき、家庭教師、市場調査等かなり多くのアルバイトをやり、お金を稼ぎました。
 そのお陰で、子供の頃から自分で金を稼ぐという金銭感覚と自立心が自然と養われました。

 ◇◆◇◆編集後記◇◆◇◆
 チーターの狩りはメスの仕事だそうです。メスは、子供の為に必死に獲物を探しに行くので、メスの狩りの能力は抜群だそうです。
 一方、オスは、メスが捕ってきた獲物の残りを子供の頃は食べているので、狩りに余り熱心ではありません。
 メス親から独立すると、オスは複数(3匹前後)で行動し、兄弟が力を合わせて、食べ物を探しに行きます。狩りに行くというより、小動物を探しに行くといった感じです。

 チーターの世界でもそうなんですから、人間にも同じ事が言えます。つまり、子供の頃から甘やかされて育てられると、自立心、独立心がなかなか育たず、依存心が強いまま成長していきます。

 その意味で、独立心の極めて強い私は、今では父親に感謝しています。

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