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2009年6月18日 (木)

boblog「マーキュリー通信」no.1125【人生の折り返し地点、60年を振り返って-11「永遠の今を生きる」】

シリーズ「人生の折り返し地点、60年を振り返って」を10回に亘って書いてきましたが、書いている内に「永遠」というものを感じました。

 人生とは、菅谷信雄という1P1010041_2 つの個性を持った魂を磨く為にあるのだということを感じます。その為に、生まれる前に人生計画を立て、今世は、まずどのような両親を選ぶかを決めました。母が5歳で病死し、父が小学校1年生の時に家出をするという随分過酷な環境を選びました。
 少年時代に過酷な環境を生きてきた為に、雑草のような強靱な精神力を鍛えることができました。
 しかし、このような環境に遭遇したら、ぐれたりつぶされたりする人も中にはいることでしょう。私自身は、めげたり、くじけたり、屈折することなく、明るく屈託なく天衣無縫な性格で伸び伸びと育ってきました。

 P1010048 このような性格形成は、決して今世だけのモノでなく、過去に無数の転生輪廻を繰り返す中で築き上げてきたモノだということに気付きました。その時、「永遠の生命」を感じ、「永遠の今を生きている」ことを感じました。

 又、自分自身の性格の中で、誰から教わったわけでもないのに、備わっている性格があります。
 例えば、私は「長幼の序」を重んじます。「長幼の序」の大切さは、学問で学んだことはありますが、それとは関係なく私に備わっている考えです。これは多分過去世で中国に住んでいたことがあるか、もしくは江戸時代に生まれ、孔子の教えを学んだのかも知れません。

 一方、カナダに駐在した時も、カナダに懐かしさを覚えました。カナダ人とごく自然に付き合っていました。
 私自身の考え方の中に、欧米の合理的な考え方が入っています。これも誰から教えられたわけはありません。これも過去世で欧米に生まれていたのかも知れません。

 さて、人生の途上で、1万人以上の人と会っています。大変お世話になった方もいれば、騙されたり、ひどい目に遭わされた人もいます。
 これらの人は、私の魂を磨く為の貴重な存在だったということが60年という時の経過の中で理解できます。私のことを騙した人でさえ、それは私の甘さを矯正してくれた観世音菩薩の役割をしてくれたのだと感じることができます。そう思うと、その人達にさえ感謝の念が湧いてきます。

 60年という私の半生を振り返る時、過去から現在、そして未来へと永遠と続く菅谷信雄という魂、別の言い方をすれば、60年は菅谷信雄というエネルギー体の一こまなのだと気付きます。そして、その時、「永遠の今を生きている」ことを感じ、永遠の人生の中の一こまを垣間見ていることに気づかされます。

◆◆◆編集後記◆◆◆

 私自身若い頃は宗教をバカにし、無神論者を装っていました。しかし、年を経るにつれ、その愚かさに気付いてきます。
 今では、宗教は大事なモノと感じ、神仏に向かって自然と手を合わせるようになり、信仰心の大切さを感じながら日々生活しています。
 この辺が人間的なゆとり、寛大さに繋がってくるのだと思います。

 私の名前、「信雄」という文字から、若い頃は「信頼関係」を重視してきましたが、歳をとるにつれ、「信仰心」の重要性にも気付かされています。

◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆

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