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2010年8月 1日 (日)

「マーキュリー通信」no.1455【人生の新発見-16「本当の自分」という切り口で自分の人生を俯瞰してみると】

004 毎日多忙なビジネス活動を送っていると、時々心の充電を欲します。日々の生活を充実させるための、新たな活力源、エネルギー源が必要となってきます。

多忙な毎日を送っていると、自分自身の人生軌道がずれてくることもあります。新たな生きる力を得て、世の中により積極的に貢献していくことのできる自分であり続けるために、私自身時々瞑想して、霊的パワーの充電を心がけています。

7月30日~8月1日2泊3日で幸福の科学日光精舎で、八正道+三正道の研修を受けてきました。

今回は「本当の自分」という切り口で自分の人生を俯瞰してみました。

社会人としていろいろな経験を積む中に、本来自分の持っている良い部分を見失いがちになります。肩書き、名誉、収入等この世的なものに振り回されている中に、だんだんと偽物の自分が仮面を覆うようになって来ます。

「本当の自分」とは、そのような偽物の自分から決別し、本来持っている自分の良さ、真実の自己のことを指します。
「本当の自分」を知ることで、人生の「心の主役」となることができます。

014 私の場合、「本当の自分」を以前の八正道研修で発見することができました。それは魂の根っこの部分の「純粋性」ということです。

「魂の純粋性」から、屈託なく明るい性格も見えてきます。しかし、これが行き過ぎると、鈍感、更には人の気持ちが良く理解できない事にもなります。

又、正義感も強く、これが行き過ぎると、協調性に欠けてきます。

本当の自分を知りながら、人生という道程を、うまくハンドルさばきをしながら進んでいくと、「心の主役」となりながら、人生を送ることができます。

自分の人生で、様々な事件や事故、出来事に遭遇してきましたが、その都度、「本当の自分」がどのような反応を示したかを俯瞰するのも興味深いです。俯瞰するとは、丁度山のてっぺんから自分の人生を眺める感じです。この「魂の純粋性」の切り口で、自分の生涯を俯瞰してみると、新たな発見がありました。

人は生まれる前に、自分の人生計画を立てると言われます。私の場合、他人と比べずいぶんと変わった人生計画です。
多分それは私の性格、他人と同じ事をするのを好まない性格から来ているものと思います。

私が5歳の時に母親は病死し、父はそのショックで私が1年生の時に家出をします。1歳下の妹と私は母の実家に引き取られ、祖母が母親代わりに育てることになります。

母の死は、私に大きな影響を与えます。母親の愛情を余り受けなかったため、母親が理想の女性像となります。

私の育った環境からして、不良になっても良かったのですが、不良にならなかったのは、祖母の教育、そして、周りの友人から親がいないことを理由にいじめられなかったことが挙げられます。その意味では、祖母や友人には感謝しています。

少年時代の私は、本当の自分の通り、明るくのびのびと屈託なく過ごしました。

008 中学生(調布中学)になると個性が出てきます。誰とでもつきあう性格、面倒見の良い性格が出てきます。
そのせいか、中学3年の時は、ほぼ全員からの投票で学級委員長に選ばれました。
しかし、高校受験に失敗します。初めての挫折を味わいます。

この挫折をバネに、大学受験は高校2年(都立神代高校)から全力投球します。
志望校は一橋大学商学部です。将来「世界を股にかけるビジネスマンになりたい」と思ったからです。

丁度その頃、高校2年生の時に、父親が家出から戻ります。その時の父親は、着の身着のままの格好で、ブルーカラーで日焼けしていました。所持金も殆どありませんでした。

そこから妹と親子3人の貧乏暮らしが始まりました。大学受験は浪人する余裕がなかったので背水の陣で臨みました。
幸い第1志望の一橋大学商学部に現役で合格できました。

この時、目標を設定し、その目標に向かい努力精進すれば成功できるという人生哲学が確立し、現在まで続いています。

そして、高校2年生の時に抱いた希望通り三井物産に就職できました。

三井物産就職後も、「世界を股にかけるビジネスマンになりたい」との思いが強かったので、語学の勉強に力を入れ、社内の英語のグレードを取得しました。
そして、31歳の時に、望みが叶い、石炭部北米研修員、続いてカナダ三井物産と転勤しました。
ここで、自分の夢である「世界を股にかけるビジネスマンになりたい」という希望は叶いました。

しかし、石炭部を始め鉄鋼の商売は接待が多く、ここで「本当の自分である魂の純粋性」との葛藤に悩み、三井物産を辞めるかどうか悩んでいました。

そんな時、中曽根内閣の時代に、電電公社が民営化し、NTTとなりました。三井物産でもこの流れを受け、1984年4月に情報産業部門を設立しました。
そこで私は当時のカナダ三井物産社長に情報産業部門への異動を直訴しました。
もし、ダメなら三井物産を辞める覚悟でいましたが、承認され、晴れて情報産業部門に1986年11月末に異動することができました。

情報産業部門異動後初の大仕事が、テレマーケティングの新会社もしもしホットラインの創業でした。

この時私の才能が一気に開花した時期でした。

もしもしホットラインで成功を買われ、その後情報通信事業部の新規事業の責任者に抜擢されたのですが、ここでは失敗の連続でした。

この時の私は人生で一番嫌いな自分でした。失敗したから嫌いなのではなく、この時期、もしもしホットラインの成功で、自信過剰になっていました。

005 八正道の2番目の反省項目に正思があります。正思では、心の3毒である貪瞋癡をみていきます。貪(とん)とは貪りの心、瞋(じん)とは怒り、癡(ち)とは愚かな心ですが、この頃の私は愚かな自分そのものでした。だから人生で一番嫌いな自分で、失敗するのも当然でした。

その後、「魂の純粋性」との葛藤が始まります。当時の上司の考え方について行けず、その結果97年に三井物産を退職することになります。
もちろん三井物産退職の理由は、それ以外にもたくさんありますが、この「魂の純粋性」が影響していたことも事実です。

三井物産を退職して13年経ちますが、「魂の自由」を獲得した自分は、「本当の自分」をコントロールしながら人生を生きてきましたが、その間成功も失敗もたくさん経験してきました。

失敗が多いのは多数チャレンジするからですが、その都度大きな学びを得ました。失敗の原因の大半は、先ほどの貪瞋癡の癡、愚かな心の部分です。

つまり、私自身いつも他人の為にお役に立とういう気持ちを持っているのですが、その部分を結果として悪用されてしまうことになるわけです。相手の我を増長させてしまう、脇が甘かったということになります。

このように自分の人生を、「本当の自分」という切り口から俯瞰してみることで、又新たな発見をすることができました。

八正道研修が終わった後は、身も心もさっぱりとして、エネルギーを充電できた感じです。

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