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2011年5月27日 (金)

「マーキュリー通信」no.1696【幕末維新で活躍した佐賀県の要、佐賀城址を訪ねて】

幕末維新で活躍した藩のことをよく薩長土肥といいますが、最後の肥前国は余り知られていません。

当時の佐賀藩は、膨大な借金の為、藩の財政は危機的状況でしたが、藩の財政を見事再 建したのが、肥前国10代佐賀藩主鍋島直正でした。

鍋島直正は、
1.大規模な藩の行財政改革、

2.教育の重要性を重んじ、藩校教育の推進を実行。このため、大隈重信、江藤新平、副Dsc01035 島種臣他優秀な人材を多数輩出した。

3.異国の脅威を感じ、大砲や蒸気船の製造

4.殖産興業:鉄の溶鉱炉建設

5.西洋医学の研究

上記のような改革が、明治新政府にも継承される。その最重要人物が大隈重信でした。

今の菅内閣には、本当に鍋島直正の改革の爪の垢でも煎じて飲んでほしいものです。
賢者は歴史に学び、愚者は自分の経験に囚われるとはよく言ったものです。

尚、佐賀城は、何度も焼失しましたが、現在の佐賀城本丸は、鍋島直正藩主の頃、幕末に再建され、国の重要文化財に指定されている。

Dsc01037 ◆◆◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆◆◆◆

佐賀県は、生まれて初めて訪れる藩です。

実は、25歳の時に、鍋島藩のお嬢様に一目惚れされ、彼女は佐賀から2度も上京してきて、デートもしました。

当時結婚する気はなかったので、歴史にもしがあれば、私の人生も又大きく変わっていたことでしょうね。

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