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2011年8月

2011年8月31日 (水)

「マーキュリー通信」no.1439【創レポート8月号 新製品、新規事業開発の重要性】

先日、ドラッカー研修を受けました。

企業の目的は「顧客の創造」です。

その為に、ドラッカーは、長期的利益を追求することも、企業の継続的発展には必要不可欠と現代の経営「上」でも力説しています。

短期的利益のみに意識が集中すると、組織全体が萎縮していきます。そのことを今月の創レポートでは指摘しています。

詳細は創レポートをご覧下さい。「sr1108.pdf」をダウンロード

※今月の創レポートのテーマは・・・

   いつしか組織の血が淀んではいませんか?
    現状維持の脱却には「刺激」が不可欠!

■興味のありそうなご友人等おられましたら、是非転送してあげてください。

■今後このレポートの送付を望まれない場合は、
 お手数をお掛けしますが、このメールをそのまま返信して下さい。

○宜しくお願いいたします。

***********************************
   公認会計士・税理士  伊藤 隆
   【本   部】03-3556-3317
   【会計工場】059-352-0855
        http://www.cpa-itoh.com
   中小零細企業の存続と
             その未来のために・・・
***********************************

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2011年8月27日 (土)

「マーキュリー通信」no.1438【人生に勝利する方程式-51「自分の人生を俯瞰すると、人生に勝利するヒントが見てきます」】

人は、生まれる前に自分の人生計画を立てるといわれています。

その意味で、自分の半生を振り返り、概ね人生計画通り生きてきたのではないかと思っています。

そして、これまでの半生をどのような思いで生き、行動してきたかを振り返ることで、残りの半生をどのような人生を生きていくのかが見えてくると思います。

私のこれまでの人生は大きく分けて4期に分類できます。

◆第1期 0歳~7歳 波瀾万丈の時代 

裕福な家庭の長男として生まれたのですが、1歳の時、父親の家業(瀬戸物の卸商)倒産。貧乏のどん底に。

1歳の時、はしかにかかり、家が貧しく、お金がなく、助かる見込みがないと言われたのですが、祖父の経済的援助により、九死に一生を得る。

5歳の時、母が病死

小学校1年生の時、父が家出。1歳年下の妹と一緒に母の実家(家業は町の自転車店)に引き取られる。

小学校1年生までの私の人生を振り返るとまさに波瀾万丈の人生で、よくぞ好き好んでこういう人生を計画したのかと思います。私自身波瀾万丈を好む性格なのでしょうね。
この幼少期の体験が、私の性格と人生に大きな影響を与えています。

◆第2期 7歳~17歳 平穏無事の時代

母の実家で、祖母が母親代わりに育ててくれる。高校受験に失敗する以外は、ごく普通の少年時代を過ごす。

◆第3期 17歳~37歳 立身出世の時代

高校2年生の夏、家出した父親が戻り、10年ぶりに再会。父親は日に焼けた肉体労働者、殆ど所持金をもっていなかった。
祖母は父親と暮らすことに猛反対。しかし、父との暮らしを選ぶ。
 ここで実家の家業(自転車店)を継ぐことはなくなる。
 
父親を反面教師として、「自分は絶対父親のような人生は生きたくない。資源小国の日本は、貿易立国が重要な国是。将来世界を股に掛けるビジネスマンになる」ことを決意。その為、一橋大学商学部→総合商社のコースを進む決意。
 ここで人生の最初の大きな選択をしたことになります。

そして、その通り、現役で一橋大学商学部に合格し、三井物産に入社。入社後も会社のCDP(Career Development Program)に従い、順調にキャリアを形成。

◆第4期 37歳~61歳 再び波瀾万丈の時代

中曽根内閣の時、電電公社の民営化によりNTT誕生。三井物産でも情報産業部門新設。そちらに異動を希望し、望みが叶う。ここで人生の2度目のの大きな選択をしたことになります。

38歳の時にテレマーケティングの新会社もしもしホットラインをゼロから創業し、大成功。
 
その後、新規事業の責任者として、数多くの新規事業を手がけるが、失敗の連続。挫折を味わう。

48歳の時、25年間勤務した三井物産を退職。ここで人生の3度目の大きな選択をしたことになります。
 
52歳の時、(有)マーキュリー物産設立。ベンチャー起業家の道を歩み始める。ここでも成功と失敗を重ねる。

◆第5期 61歳(2011年3月11日~) 感謝と報恩の時代Dsc01379



 
 大震災の時は、無事でしたが、自分自身これまで人生で3度死に直面したので、残りの半生は、これまでの経験を活かし、世の中に恩返しをしたいという気持ちです。

その一環として、佐賀県の光触媒イリスの事業に全力投球中ですが、丁度24年前のもしもしホットラインの創業とダブります。

光触媒イリスの事業で稼いだお金は、世の為人の為になるようなことに使っていこうと考えています。

その夢は追って「マーキュリー通信」で発表したいと思います。

さて、自分の半生を振り返ると、平穏無事よりチャレンジングな波瀾万丈の人生を好むようです。

波瀾万丈の人生を歩んできたことで、自分の魂がかなり鍛えられたような気がします。それが今回の人生の目的かも知れません。

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さて本日のテーマは、「人生に勝利する方程式」です。「人生に勝利する方程式」は、各人全て異なります。その異なった方程式を、人生を生きながら各自が個別の問題として解いているわけです。

従って、私が考える「人生に勝利する」とは、自分の「人生に勝利する方程式」を解き、満足する回答を得た時と思っています。

◆◆◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆◆◆◆

民主党の代表選が始まりました。候補者の意見を聞いていると、全く国民の思いを無視しています。

こういうのを「人生に敗北する方程式」といいます。たとえ、総理になったとしても、決して「人生に勝利する方程式」を解いたとは言えません。

国民を幸福にしてこそ、人生に勝利することになります。その意味で、菅総理も、もちろん人生の最大の敗北者と言えます。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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2011年8月23日 (火)

「マーキュリー通信」no.1437【奇人変人の異見-157「民主党代表選「国民の思いは反菅反民」】

先週企業の経営者に河北新報が「次の政権はどういう枠組みを期待するか」とのアンケートをとったところ、民主党単独政権はゼロでした。

一番多い希望が政界再編成でした。

民主党は絶対嫌だけれど、さりとて自民党も不人気というのが多くの国民の声でしょう。

さて、民主党代表選に前原誠司氏が立候補表明し、一気に最有力候補に浮上してきました。

しかし、前原誠司氏は、鳩山内閣が掲げた「コンクリートから人へ」のスローガンで、当時の国交相として八ッ場ダムを中止に追い込んだ張本人です。この1点からも見識のなさを問われます。又、外国人献金問題という火種を抱えています。

一方、ライバルの野田財務相は、財務相の利益代弁者で、野田氏が首相になったら、消費税増税の可能性が高まり、更に不況に追い打ちを掛けます。

さて、本日のテーマは「国民の思いは反菅反民」です。

反菅とは、菅首相の政策の真逆をやって欲しいという国民の切なる願いです。

現実から遊離した薄っぺらな左翼の市民運動家の理想、理念を現実に推し進めていくと、国家がおかしくなっていくことを過去2年間の民主党政権下で国民は思い知らされました。
菅首相の下で、国家社会主義は確実に進展し、民主党タイタニック号は、床上浸水の状態で、今や一気に転覆寸前の状態です。

反民とは、民主党のマニフェストの真逆をやって欲しいということです。これも反菅とかなりかぶります。
まずはばらまき廃止による財政悪化への歯止めをかける。

そして、景気を回復し、雇用を増やし、税収を増やし、1日も早くデフレから脱却して欲しいと願っています。

これに対し、民主党の政策は、反原発によるエネルギー危機、増税、円高推進、CO2対策によるコスト増、果ては大企業の海外追放作戦、雇用削減、景気悪化と、過去2年間の政策は国民の思いとは真逆の政策を推進してきました。

そして中国共産党の支配による傀儡政権化。中国側から見たら民主党政権は、最も歓迎すべき最高の親中政権です。

よって、国民のもう1つの思いは国防強化です。

さて、前原首相になった場合、民主党は、最後の切り札を出したわけですから、衆議院の解散は年内に起こるかも知れません。

前原氏で失敗したら、後のコマは将棋で言うなら全て歩兵や香車で戦いになりません。

3度目の正直で前原首相による支持率アップ、前原氏のぼろが出ないうちに総選挙に打って出る。
争点は、東日本大震災を利用しながら「反原発」1本に絞る。

結局、「国民の思いは反菅反民」は置き去りにされ、党利党略に走りながら、どんなに国民から「反感」を買っても、醜い政権抗争、政治抗争は続けられるのでしょうね。

今度の総選挙は、国民は眠っててはいけません。半分の有権者が投票に行かない「半眠」状態です。

今度こそ国民の思いである、保守回帰による政界再編成、即ちまともな政治家による普通の政治を行って欲しいものです。Dsc01378

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2011年8月20日 (土)

「マーキュリー通信」no.1436【大塚の阿波踊り】

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大塚に引っ越して16年になりますが、本日妻が盆踊りを見に行こうと言い出したので、初めて見ました。

盆踊りは、地元大塚の商店街始め、他の自治体、そして本場阿波からも応援に駆けつけて、多種多様な踊りを2時間に亘ってエンジョイできました。

来年はビデオカメラを持参してみようと思います。




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地元にこんな素晴らしい行事があることを知りませんでした。

帰りは縁日に露店が出ており、牛肉の串刺しや、チキンの照り焼きを食べました。こういう雰囲気で食べるのも楽しいものです。
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2011年8月18日 (木)

「マーキュリー通信」no.1435【頑張れニッポン!被災地を訪ねて-「絆」】

13日から4泊5日、被災地訪問と観光を兼ねて東北地方を訪ねました。

私は政府やマスコミの情報を全面的に信用しませんので、被災地の情報をこの目で確かめに行きました。

地元の人の苦難困難をこの五感で体験し、何かお役に立てないかという思いで現地を訪ねました。Dsc01282

被災地は、松島、気仙沼、石巻、女川漁港を訪ねました。

松島は、多数の島が自然の防潮堤の役割をしていた為、比較的津波の被害は小さいようでした。

一方、気仙沼、石巻、女川漁港の各漁港は壊滅的打撃を受け、廃墟と化していました。
最早地元の力だけでは立ち上がることはできない状態です。

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ここは、復旧でなく、明確な青写真を基にした復興です。民間の叡知を集め、官民協力体制の下による復興計画です。

しかし、政府は政権抗争に明け暮れ、殆ど何も進んでいないのが実情であり、地元民の不満と苛立ちは極限状態に達しています。

但し、自衛隊と全国から馳せ参じたボランティアの人たちには、地元民は心から感謝しているようでした。
私が被災地を訪れた時、道路から瓦礫は撤去されていました。後は、この瓦礫をアスベストのような危険物資とそうでない瓦礫等に分別して移動する作業が残っています。

一方で、福島県会津若松市では、政府やマスコミが無責任に垂れ流す風評被害に苦しんDsc01277_2


でいます。フクシマと聞いただけで放射能汚染をイメージするため、観光客がぱたっと減少しています。

さて、地元が求めているモノ、それは「絆」です。

どうか同じ日本人として、東北人との絆を求めて、この夏は東北を訪ねてみませんか。

普段、東北に行かない人が、東北に行くだけで、東北人の力となります。東北を訪ね、宿泊し、消費するだけで良いのです。その時、東北人との接点ができます。これだけでも十分だと思います。

JRが、北海道、東北7日間乗り放題1万円の切符を発行しています。9月末までのキャンペーンです。

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これを利用すれば、交通費が抑えられます。又、私が宿泊した仙台国際ホテルは1泊朝食付きで8500円です。仙台駅から徒歩5分で交通至便の場所です。
1泊1万5千円の価値はあるホテルでお薦めです。ここを拠点に被災地を回れば楽です。

服装は、被災地でTシャツを購入し、もっぱらTシャツで過ごしました。貴重品は小物入れを身につけると便利です。

靴はウォーキングシューズを履いていたので、足が疲れませんでした。

東北への旅は、boblog「マーキュリー通信」をご参照願います。

◆◆◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆◆◆◆

東北人の素晴らしさが世界中に伝わっていましたが、実際には、現地で窃盗、盗難、強盗、詐欺が横行し、現地では疑心暗鬼に一時期陥ったそうです。ATMを壊して、現金を持ち逃げする輩もいたそうです。

ただ、全員がパニック現象に陥ったわけでなく、一部の不逞の輩が存在したようです。Dsc01276






津波で大破した車からガソリンを抜き取る人間が横行したそうです。人間、極限状態に置かれると、理性が失われるのはやむを得ないかも知れませんね。

◆◆◆最近のboblog「マーキュリー通信」◆◆◆◆

8月13日 被災地を訪ねて(松島)
8月14日 被災地を訪ねて(気仙沼、石巻)
8月15日 東北の旅(平泉中尊寺)
8月16日 会津若松昭和30年村を訪ねて
8月17日 会津若松 大内宿を訪ねて

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2011年8月17日 (水)

「マーキュリー通信」no.1434【会津若松 大内宿(オオウチジュク)を訪ねて】

会津若松昭和30年代村の川又社長に会津若松市の名物、大内宿に連れて行って戴きました。Dsc01361

会津若松の大内宿は昔は宿場町だったそうです。民家は茅葺き屋根でした。

住民の1人が、茅葺き屋根の貴重性に気付き、町興しを始めました。とたん屋根に変えた民家も茅葺きに戻しました。

又、会津若松市の補助金も得て、コンクリートの道路を土の道に戻し、昔ながらの宿場町に復元したそうです。
ここで民家もお土産物屋に改装し、町ぐるみで町興しを始めました。

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その結果、昨年1年間で何と250万人の観光客が大内宿を訪れたそうです。

しかし、震災以降客足はぱたっと止まったそうです。

最大の原因は、政府やマスコミが垂れ流す風評被害です。フクシマと聞いただけで放射能汚染をイメージするため、県外の人が避けるようになりました。

もちろんこの辺りの放射能汚染はありません。寧ろ喫煙の害の方がずっと大きいのに、地元の住民は風評被害に苦しんでいます。

どうかこの「マーキュリー通信」をご覧になった方は、大内宿に応援に駆けつけませんか。

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2011年8月16日 (火)

「マーキュリー通信」no.1433【会津若松昭和30年村を訪ねて】

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会津若松昭和30年村は、ウィークリーマンションで一世を風靡した現在の川又さち彦社長の夢の実現です。

日銀総裁三重野氏の総量規制という非常最悪の引き締め政策の影響をもろに受け、含み資産2500億円を誇ったウィークリーマンションは黒字倒産してしまいました。

川又社長は、会社と個人両方のそれぞれ800億円前後の負債を抱え、破産宣告をしました。

その後、2度の脳梗塞から奇跡の復帰を果たし、昨年は自ら運転するブルドーザーが崖かDsc01332


ら転落し、あわや失明の危機にも遭いました。

それらの挫折、逆境をはねのけ、2年前から会津若松市の猪苗代湖の西側にある別荘地(80万坪)で会津若松昭和30年村を建設中です。ここには8万坪の陣馬湖もあり、風光明媚な場所です。

昭和30年村は、大好評だった映画『ALWAYS 三丁目の夕日』を再現しようとするものです。

昭和30年代は、巨人軍のON全盛時代、大相撲の栃若時代、プロレスの力道山全盛時代でした。3種の神器(TV,冷蔵庫、洗濯機)が普及し始めた頃です。
モノには恵まれていない時代でしたが、人々の心の触れ合いがあった時代でした。

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私は当時小学生でしたが、モノが溢れる現在と比べどちらが良いかと聞かれたら、迷わず昭和30年代と応えます。

川又社長は、会社と個人両方の破産宣告を受けた為に、文字通り一人で孤軍奮闘、2年間でようやく形が見え始め、来年春には仮オープンの段階までこぎ着けました。

会津若松昭和30年村は、別荘地として開発されたところでしたが、バブルが弾け、荒れ放題に放置され、別荘地の権利関係は非常に複雑になっていました。

その複雑に絡み合う権利関係を、不動産業界プロの川又社長が一つずつ丁寧に解きほぐし、現在の状況までもってきたそうです。

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又、川又社長は、重機類の運転免許も自ら所有し、自ら別荘地の開墾もやってきたそうです。
前述のブルによる事故も、その一環だったそうです。

夢に向かってまっしぐらに突き進む少年のような川又社長、そして飾らず淡々と夢を熱く語る川又社長の思いに引き寄せられ、ただただ脱帽し、敬服するだけです。

◆◆◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆◆◆◆

今回、川又社長が借りている会津若松のアパートに同宿することになり、深夜まで語りあDsc01345


いました。

川又社長は、飾らない性格で、案内してくれた車も軽自動車でした。これは破産宣告前からそうしているそうです。

同じ団塊の世代、2年先輩の川又社長から多くのことを教えて戴きました。

そんな川又社長に感謝の気持ちでいっぱいです。そして、いずれは何らかの形で恩返しできないかと思っています。

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2011年8月15日 (月)

「マーキュリー通信」no.1432【東北の旅(平泉中尊寺)】

平泉中尊寺が世界遺産に登録されたと聞いたので、平泉の中尊寺、毛越寺まで足を伸ばしました。

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中尊寺は、奥州藤原氏3代で築き上げた壮大な仏教建築と庭園で有名です。境内には樹齢300~400年の杉がそびえ立ち、荘厳さをもった癒やしのスポットです。

奥州藤原氏3代は仏教を篤く信仰し、武装中立を保っていました。3台目の秀衡が義経をこよなく愛したので有名です。

しかし、その秀衡が他界し、4台目の泰衡の代になり、頼朝に義経討伐の命令が出て、それに従い、やむなく義経を殺害しました。

しかし、その後泰衡は頼朝に亡ぼされ、奥州藤原氏の栄華は断たれました。

「夏草や強者たちの夢の後」とその時松尾芭蕉が詠んだことで有名です。

◆◆◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆◆◆◆

ローカル線の旅だったので、電車の中で本を10冊も読みました。東京を出る時に持参した本は全て読んだ為、中尊寺で司馬遼太郎著「義経上下巻」を買って読みました。

司馬遼太郎の義経観は「直情径行」のひと言です。Dsc01323



これに対し、頼朝は公家政治の終焉と新たな武家政治の確立という青写真持ち、戦を戦略的に行っています。

時代の流れから見ると、義経の役割は、日本初の武家政治確立の為の脇役に過ぎなかったと言えます。しかし、最強の脇役であり、義経なかりせば、平家を亡ぼすことは適わなかったかも知れません。

私自身も人間的には義経の方が好きです。

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2011年8月14日 (日)

「マーキュリー通信」no.1431【被災地を訪ねて(気仙沼、石巻)】

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松島と違い、気仙沼、石巻は最悪の状態でした。気仙沼駅、石巻駅共に高台にあった為、津波の被害は免れたそうです。

しかし、港は壊滅的状態でした。港町はゴーストタウンとなっていました。

震災後5ヶ月が経過したので、その間自衛隊と全国各地からやってきたボランティアのお陰で、道路に散乱していた瓦礫は撤去され、道路網はほぼ復帰した模様です。但し、湾に沿って走る仙石線の一部等鉄道が寸断され、復旧作業中とのことです。

自衛隊や全国各地から集まったボランティアの方々に対しては、地元は大変感謝しているようです。

しかし、政府に対する苛立ちは非常に強いモノがあります。「政権抗争などやっている場合か!」というのが本音のようです。

気仙沼や石巻、女川港の復興は地元の力ではどうにもなりません。やはり政府が復興の青写真を描き、行っていくしかありません。しかし、震災以降5ヶ月以上も経つのに、殆ど復興の青写真が見えてきません。
宮城県選出の民主党渥美代議士も、地元の為にやる気がないと批判的でした。

タクシーで女川漁港まで行き、往復のタクシー代1万円かかりました。釣り銭はそのまま運転手に渡したら涙ぐんで喜んでいました。
タクシーの水揚げはがたっと減り、1万円の客は上客なので、大変ありがたかったようでした。

自分自身特に地元に貢献できないけれど、このような気遣いがDsc01283


地元の人を元気づけることだと実感しました。

昨日、今日とTシャツを地元で2枚買いましたが、こういう些細な消費行動の1つ1つが地元支援になるようでした。

そして、その時に地元の人たちとの会話や本音が聞けます。

◆◆◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆◆◆◆

震災とは別に中高生のお行儀の悪さには閉口します。集団で乗車して、大声で携帯で話したり、友達とふざけ回る。土足で座席に座る等基本的なしつけがなっていません。これも教育と家庭のしつけが悪いせいといえます。

気仙沼市役所前に、「世界平和、核廃絶、そして、男女共同参画宣言」がプレートに刻まれていました。

豊島区役所と同じでした。豊島区役所が言っていたとおり、全国的に左翼勢力が地方自治体を支配している実態が実感できます。

日教組支配の影響が子供たちにしつけにも影響しているようですし、自治体財政の疲弊も、左翼勢力の影響と言えます。

これに関しては、別の「マーキュリー通信」をご覧下さい。

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2011年8月13日 (土)

「マーキュリー通信」no.1430【被災地を訪ねて(松島)】

現在の日本は、政府やマスコミ情報に振り回されて過ぎています。官僚も含め政府のスタンスは野菜の放射能汚染問題も含め事なかれ主義です。そしてそれに乗っかるマスコミ。マスコミの本質は、マッチポンプです。つまり、視聴率アップ、売上部数を伸ばす為に、センセーショナルな情報を流すことです。

私自身、政府やマスコミ情報この目で被災地を見て、そして何かお役に立てればという思いで、久しぶりに東北を訪れました。

今回は、交通費や宿泊費に余り金を掛けず、その分被災地でモノを買って、被災地の売上に貢献するスタンスで出かけました。

JR東日本が、北海道、東北7日間1万円乗り放題キャンペーンを9月末まで実施しているので、それを利用しました。但し、特急利用の場合、特急券と乗車券が別途必要となります。

池袋発午前6時58分の電車に乗り、仙台に着いたのが13時26分でした。その間、何と6回も乗り継ぎました。但し、乗り継ぎ時間が5~10分程度だったので、特に不便は感じませんでした。

仙台からそのまま仙石線に乗車して松島に行きました。
松島では、多数の島が存在する為、それが自然の防潮堤となり、津波の被害は比較的軽微だったそうです。

ただ、震災以降客足は戻らず地元商店街は四苦八苦しているそうです。
5時半頃地元の寿司屋に入りましたが、客は私だけでした。
この店も床上浸水となり、店内は全面改装したそうですが、客が入らなくては、経営が厳しいようでした。

気になるのは、伊達政宗記念館やお寺の閉館時間が5時と早いことです。又、遊覧船の最終便は4時でした。
せっかく観光客が来ているのだから、もっと時間延長して、収入を上げれば良いと思いました。

これは作並の温泉街も同様でした。顧客送迎という基本的なサービスができていないので、せっかくの客を逃がしていると言えます。

そういう意味では、ちょっと元気がない感じがしました。

◆◆◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆◆◆◆

松島訪問後、作並温泉を訪ねた為、この日は、何と10回もJRを乗り継ぎました。私にとっては、1日の乗り継ぎ回数としては、最高記録で、永久不滅の記録でしょう。

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2011年8月12日 (金)

「マーキュリー通信」no.1429【ワンポイントアップの営業力-22「ビジネスで活かす電通鬼十則に学ぶ」】

元電通マン柴田明彦氏が「ビジネスで活かす電通鬼十則」(朝日新書、735円)の活用、効用を同書で力説しています。

同書の内容は、業界こそ違え、三井物産で私自身が鍛えられてきたことと似ています。

鬼十則第一条 仕事は自ら「創る」べきで与えられるべきでない。
鬼十則第二条 仕事とは、先手先手と働きかけていくことで、受け身でやるものでない。

三井物産の社是社訓の1つに「挑戦と創造」がありますが、第一条、第二条などはまさしくその通りで、私自身も物産マンをそのように生きてきました。

社会人となって四十年目、私の人生は「挑戦と創造」の連続でした。だから面白い人生だったと言えます。

「自分のビジネスマン人生をどのように生きていくか」によって、年月をとるに従い、自分自身のビジネスマンスタイルが決まってきます。

第三条以降も大いに学ぶべきことがあります。その内容は、追って「マーキュリー通信」でご紹介したいと思います。

◆◆◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆◆◆◆

明日から1週間東北に出かけます。
被災地の状況を自分の目で見て、今後何かのお役に立てたらと思っています。

その答は自分で見つけ、自分で実践していこうと思っています。
後半は建設中の会津若松昭和30年代村で頑張る川又さち彦社長を応援しに行きます。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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2011年8月 7日 (日)

「マーキュリー通信」no.1428【間違いに気付いたら直ぐに直す】

本日、豊島区議堀宏道(こうどう)氏(自民党)と食事をする機会がありましたので、私が普段疑問に思っている事をいろいろと質問してみました。

1.区庁舎の建設
区の財政難の折、反対の意見を述べました。
(堀宏道区議の回答)
税収には手をつけず、プロジェクト・ファイナンス的手法で資金調達し、建設するとのことです。

★それなら、区の景気にもプラストなり、賛成することにしました。

2.LRT(21世紀の都電)建設の促進には賛成
(堀宏道区議の回答)
開業区間は池袋駅からわずか1kmしかない。赤字の場合、豊島区の財政負担となる。都が都政全体の交通政策の一環として、現在の都電とのネットワークも考えながらやるなら賛成。

★わずか1kmなら池袋の活性化にも繋がらず、単に利権の問題にしか過ぎないので、これなら反対ですね。

3.男女共同参画問題
(堀宏道区議の回答)
堀区議が議員になる前の平成17年にどういうわけか自民党も賛成し、全会一致で可決されたそうです。
堀区議ももちろん家庭崩壊に繋がるので、大反対。

今後我々良識ある区民が立ち上がって、家庭崩壊に繋がる男女共同参画問題を撤回させる方向で動いていこうということになりました。

現在区議会は定員36議席の内、自民党10議席、公明党8議席で、左翼陣営と勢力が拮抗しています。
但し、外国人参政権に関しては、公明党が池田大作名誉会長の祖先が朝鮮人なので、賛成の立場をとっており、自民党の勢力が弱すぎ、この危険な法案が通りかねない。

従って、このまま放置しておくと少数の左翼勢力により、家庭崩壊、学校教育崩壊(既に日教組の活躍によりこの目的は達成しています)、地方自治に外国人が口を挟むことになってきます。

左翼勢力は、日本国家を解体し、共産主義革命を起こしていくのが基本方針です。

我々良識ある区民が、このまま何ももの申さずに静かにしていると、これら少数の左翼勢力に区政も牛耳られ、地方自治から共産主義革命を起こされて行ってしまう現実の怖さを本日の堀区議との食事で実感しました。

◆◆◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆◆◆◆

久しぶりに実直な政治家に出会いました。自分の損得でなく、区民をいかに幸せにするかを考えている政治家だということを1時間の会話の中で実感しました。こういう政治家こそ、もっと出てきて欲しいと思います。

社民党福島瑞穂党首の秘書をしていた石川大我氏も議員当選したそうです。彼はゲイだそうですが、今後ゲイを守る法律がでてきそうです。

我々区民はこんな区議のおかしな提案にゲイ迎合してはいけませんね。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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2011年8月 6日 (土)

「マーキュリー通信」no.1427【奇人変人の異見-156「市民運動家の政府が長く続くと国家は破滅します」】

本日は広島に原爆投下から66回目の記念日です。被爆者の方々のご冥福を心からお祈り申し上げます。

本日の平和記念式典でも広島市長が世界平和の為に核廃絶を訴えました。

私自身ももちろん核廃絶による世界平和を心情的には支持します。

しかし、北朝鮮、中国といった一党独裁の民主主義でない国家が核兵器を保有し、核の脅威が日増しに増しています。
又、米国の経済的衰退が現実のものとなり、我が国も米国頼みの国防から脱却せざるを得ない時代となりつつあります。

そのような時代背景、趨勢の中、日本もそろそろ「唯一の被爆国だからこそ核の脅威から守る為に核兵器の保有を検討する」という発想転換する時期に来たのではないかと思っています。
最近、日本も核兵器を保有すべしと主張する有識者が増えてきているので、マスコミももっと取り上げ、真剣に議論すべきと考えます。

世界平和、核廃絶、非武装中立、沖縄から米軍基地撤退、安保条約破棄、反原発、福祉大国、格差社会是正、男女共同参画等、これらは市民運動家のスローガンです。
一見耳障りが良く、だれでも一応賛成するような内容です。

70年安保世代の私にとって、当時これらのスローガンに共鳴しました。
しかし、社会に出て、世の中のことをよく知るにつれ、これらのスローガンは理念、理想であり、現実には難しいと知りました。

否、むしろこれらを実践していったら国家が破滅の道に進むということを知るに至りました。

民主党政権が誕生して約2年が経ちます。

鳩山首相の時に、沖縄米軍基地の県外移転をマニフェストとして掲げ、日米同盟に深い亀裂と不信感を植え付けました。
安保条約が破棄されたら、一番喜ぶのは中国、北朝鮮で、直ちに中朝軍隊が日本侵略を開始します。

昨年9月の中国漁船による尖閣諸島問題は、現行憲法の欠陥を露呈しました。

最近、菅内閣により反原発の動きを鮮明にしました。

反原発により大企業を中心として、海外移転の動きが活発となり、日本経済の空洞化が促進されます。

日本企業は、6重苦に苦しんでいます。
即ち、現在CO2削減による環境コスト増、円高、人材派遣規制強化による人材流動化への障害、反原発のよる電力料金の値上げ、世界最高水準の法人税、TPP参加の遅れでう。この6重苦により、企業の国際競争力がどんどん低下していっています。

そして消費税増税による国内需要の低下と、これでもかこれでもかと一見市民に優しく大企業に厳しい政策を次々と打ち出しています。

更には、今後国防力が経済力と並んで重要な国家発展の原動力となりますが、市民運動家にはこれがわかりません。

つまり、市民運動家レベルの目線に立つと、大企業や金持ちを敵対視し、前述の政策や市民運動キャンペーンを展開していくことが市民を守る正当な権利と考えています。
しかし、それらのことが実現していったら、気がついた時は、大企業が日本からいなくなり、その結果雇用はなくなり、不況は更に深刻化し、国力は坂を転げ落ちていきますます。

更には、国防力の低下は、周辺国からの侵略を助長し、日本はいずれ中国の1つの省又は自治区になっている恐れがあるわけです。

これは決して絵空事ではなく、2050年の中国の国家ビジョンに明確に描かれていることなのです。

一昨年9月民主党政権が誕生した時、私は日本人は民主党というタイタニック号に乗船したと述べました。

東日本大震災は、タイタニック号でいえば床上浸水の状態です。船長である菅首相は、船の操舵の仕方も分からずに、思いつきで舵を切る為、座礁を何度も繰り返し、タイタニック号はいよいよ沈没寸前のところまで来ました。

太平洋戦争の末期、3月10日東京大空襲が実施され、東京は焦土と化しました。3.11は丁度それと重なり合います。

東京大空襲の後、日本は直ちに敗北宣言をすべきでしたが、ずるずると延ばし、2つの原爆を落とされました。

日本も、現在2つの原爆を落とされる直前状態です。それは東京直下型地震なのかどうかは私には分かりません。

いずれにしろ、市民運動家で左翼学生運動家上がりの菅首相は、日本及び日本人を奈落の底に突き落とす最大の役割を演じて幕引き役となるのではないかと見ています。

そして、鳩山首相と共に、我が国憲政史上最低、最悪の首相として、後生に長く記憶と記録に名を残す首相になると思っています。

どうも日本人は奈落の底に突き落とされると、そこから不死鳥の如く蘇る性格のようです。

私はそれに期待しています。

◆◆◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆◆◆◆

豊島区役所から、「核兵器廃絶宣言」と「豊島区男女共同参画都市宣言」の垂れ幕が下がっているので、区役所がイデオロギー闘争に加担すべきでない旨豊島区にメールしました。

豊島区から公式の返事が来ました。

豊島区は、区民からの請願を受け、区議会が全会一致で採択し、昭和57年7月2日に「非核都市宣言」を行いました。現在、全国の自治体の85パーセントが非核都市宣言を行っており、各自治体の積極的な活動が期待されております。

東京都では平成12年に東京都男女平等参画基本条例を施行し、それに基づき「豊島区男女共同参画都市宣言」を平成14年豊島区議会第1回定例会にて全会一致で採択しており、「21世紀の我が国社会を決定する最重要課題」との位置付けと回答がありました。

この回答を見ると、市民運動家の力により、核兵器廃絶宣言と男女共同参画は全国的に推進されているようです。

現在、地方分権が推進されていますが、国防だけは国家レベルで意思決定していかないと、日本は取り返しのつかないことになっていきそうです。このことは沖縄に基地県外移転闘争を見ればよく分かります。

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2011年8月 4日 (木)

「マーキュリー通信」no.1426【私のコミュニケーション論-100「コミュニケーションの極意『か・き・く・け・こ』」】

私のシリーズものは全部で30以上ありますが、「奇人変人の異見(計155回)に次いで、私のコミュニケーション論も本日で100回となりました。

日常、ちょっとした連絡ミス、コミュニケーション・ロスにより各種問題が発生します。

コミュニケーションは、人生を生きていく上で公私ともに非常に重要な潤滑油の役割を果たします。

今回は、100回目なのでこれまでを総括して「コミュニケーションの極意『か・き・く・け・こ』」を読者の皆様にお送りしたいと思います。

『か・き・く・け・こ』とは、コミュニケーションする際にいつも私が心がけていることの頭文字をとったものです。

即ち、
か:感謝
き:気遣い
く:苦情、苦言は宝
け:謙虚
こ:言葉遣い
です。

か:感謝
人生1人で生きていくことはできません。現在の自分があるのは、過去現在、そして未来における自分と関係する様々な方々のお陰で生きているわけです。
だから、いつも「感謝」の気持ちで生きていることが大事と考えています。

き:気遣い
人の言動はそれぞれの立場や状況から出ています。従って、絶えず相手の状況

がどうなっているかを把握しながら、対応することが重要と言えます。

く:苦情、苦言は宝
私くらいの年代になると、普段接する人の大半は年下の人です。又、目上の人

であっても、親しくならない限りなかなか本音を言ってくれないものです。

人から苦情、苦言があった時、私はその人に対し、「よく言って頂いた」と心

の中で感謝します。その時、もし、私が反論や言い訳をしたら、その人は二度

と苦情、苦言を言ってくれなくなるかも知れません。
従って、他人からの「苦情、苦言は宝」、自分を見つめ直し、反省する良い機

会と思っています。

け:謙虚
人間が謙虚さを失った時、人からの各種アドバイスや意見等が入ってこなくな

ります。究極、裸の王様になります。そして、転落が始まります。過去にその

ような人をたくさん見てきました。
成功の時、人は謙虚さを失いがちです。成功の時こそ、自ら「謙虚」であるか

どうかを己に問うて見るべきです。

こ:言葉遣い
その人の態度、思いが言葉の使い方に現れてきます。人を評価する時、その大

半はその人の言葉遣いによります。そして、その人の人格や人間性が定義づけ

られます。だから言葉遣いは重要です。

私は、相手に合わせ、「私」「僕」「俺」という3種類を使い分けています。
それから相手の呼び方は基本的には「さん」づけです。
現在会う人の殆どは年下の人です。どのような相手にも「さん」で呼ぶことは、相手と対等の立場を意味しています。

もちろん昔の仲間と会った時などは、「俺、おまえ」、そして、呼び捨てかニックネーム等で呼びます。

英語の一人称は"I"しかないのに、日本語は状況に応じ使い分けないといけないので、非常に難しいです。言葉遣い一つで相手の心証を害する事にもなりかねないので、この点の気遣いは大変です。

一方、ビジネス等初対面の人に対しては、原則「さん」づけですが、相手と自分との立場の違いや、状況、雰囲気等により役職で呼んだ方が良い場合には、役職で呼びます。

言葉遣い一つで、その場の雰囲気ががらっと変わります。この雰囲気の作り方、場の空気の作り方はかなり高度のコミュニケーションスキルを要するので又別の機会にお話ししたいと思います。

「コミュニケーションの極意『か・き・く・け・こ』で人生を生きていった時、コミュニケーションは円滑となり、良い人生を送ることができます。

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2011年8月 2日 (火)

「マーキュリー通信」no.1425【奇人変人の異見-155「再び空気に支配され始めた日本」】

2年前に「政権交代」という空気が日本国中を支配し、民主党政権が誕生しました。その空気を作ったのは他ならぬマスコミでした。

今再び「反原発」という空気が日本を覆っています。「政権交代」という空気を作ったマスコミはその反省もせず、「反原発」という空気を日本に流しています。

「政権交代」の時もそうでしたが、今回の「反原発」もなぜその先のことを考えないのでしょうか。

今、全ての原発が日本から消える可能性が出てきました。

福島原発の時は、計画停電を始め、節電を強いられました。これは一面やむを得ないところがありました。

今日本国中で、節電ムードのオンパレードです。
しかし、これっておかしくありませんか?

特に企業の場合、工場の操業に大きな影響を与えるので、電力供給に不安定な日本を嫌い始めています。政府は、企業に「海外に工場を移転せよ」と言っているような感じです。今後、火力発電中心になれば、電気料金が上がり、企業の海外移転に拍車を掛けます。

今後、中国が台湾や沖縄を占拠、もしくは占領する可能性が充分にあります。
その時、日本の海上輸送の要となる南シナ海のシーレーン等制海権を中国に抑えられることになります。その時、原油の輸送に大きな影響を与え、原油価格は高騰します。

少しでも中国の気に入らないことをした場合、直ぐにシーレーンを抑え、海上輸送に障害を来してきます。

例えば、「靖国参拝をするな」と脅しにかかることは目に見えています。嫌なら、シーレーンを抑えてしまいます。

更に、原発廃止は、日本の国防に大きな影響を与えます。原発操業は、中国、北朝鮮に対する核抑止力にもなります。原発操業は、いつでも核兵器を使えるのだという暗黙の核抑止力です。

もし、原発を全面的に廃止したら、日本の核開発技術は止まり、国防にも大きな影響を与え、そこから日本の衰退が加速化していきます。

第二次世界大戦後、航空機産業は、国防力にも大きな影響を与えるので、米国は日本の航空機産業を禁止しました。その為日本の航空機産業の立ち後れが顕著です。

今後、米国の国力の衰退は更に加速化していきます。
米国に日本の国防を全て依存する時代は終わりつつあります。

だからこそ、日本の将来を見据え、どのような国家ビジョンにすべきなのかを、政治、経済、国防も含めて考えるべき時期なのです。

しかし、政権交代同様、またまた「反原発」という空気が日本国中を覆い、民主党タイタニック号は一気に沈み始めてきています。

今、一部の富裕層はそんな日本を嫌い、海外へと逃避を始めているそうです。

◆◆◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆◆◆◆

ワールドビジネスサテライトで、菅内閣の支持率がとうとう20%を切ったと報じました。
しかし、まだ5人に1人が支持していることになります。

考えて見れば、ばらまき4Kの恩恵者はその位の数字になるでしょう。ばらまき4Kは、庶民を中心とした新しい利権構造といえます。

官僚や大企業が利権構造の下に、いい思いをしているだから、庶民感情からすると、「俺たちにも分け前をよこせ」という考えを持ってもおかしくないですね。

しかし、多くの国民がこういう考え方を持った時、国家は確実に破綻することになります。

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