« 「マーキュリー通信」no.1754【私のコミュニケーション論-104「ちょっとした気遣いで信頼関係は高まります」】 | トップページ | 「マーキュリー通信」no.1756【創レポート9月号 企業成長をもたらす真のWin-Winとは?】 »

2011年9月27日 (火)

「マーキュリー通信」no.1755【満州の近代史と一橋】

一橋大学のOB会の組織如水会では、毎年母校教師とOBのアカデミックな集いの場、一橋フォーラム(10回シリーズ)を開催しています。
本日は、一橋大学経済学研究科江夏由樹教授が、「満州の近代史と一橋」というテーマで語りました。

江夏由樹教授は、僅か数十万人の少数民族である満州族(現在は満族)が250年以上も中国全土を支配してきたのかに関心を持ち、清朝時代の中国を長年研究してきました。

研究をしていく内に、一橋大学の卒業生が深く中国の経済にも深く関与していることが分かり、今回はそこに絞り講演しました。

その一人に一橋大学の前身商法講習所の初代校長矢野二郎が深く関わっていたことが分かりました。

一橋大学は、近代日本経済の父、渋沢栄一が創立しましたが、初代校長に誰を推薦すべきかを渋沢栄一は益田孝に相談したところ、矢野二郎を推挙しました。渋沢栄一は、論語とそろばんを説いた実業家ですが、矢野二郎校長も、倫理の重要性を学生達に説いていたそうです。

益田孝は、三井物産初代社長で、矢野二郎とは義理の兄弟です。そのような関係で、一橋大学と三井物産とは深い関係にありました。

矢野二郎は、当時の日本の政治経済社会情勢を観察しながら、一橋大学の卒業生を、日本の産業界の適材適所に送り込みました。

今回はその一例として、明治期の三井物産で大活躍した犬塚信太郎と相生由太郎の2人を参考に解説しました。

犬塚信太郎氏は、三井物産に16歳で入社し、27歳の若さで香港支店長に大抜擢された人物です。

その後、満鉄を創立し、創業期の満鉄の経営を支えました。残念なことに45歳の若さで他界しました。

一方、相生由太郎氏は、日本郵船、三井鉱山を経て三井物産の入社。その後、犬塚信太郎氏の推薦で満鉄に入社し、同時期を犬塚信太郎氏と仕事をする。そ

の後、満鉄を辞職しましたが、大連で実業家として大活躍しました。

このように初代校長矢野二郎は、教え子を経済人として育て、日本経済の近代化に教育界からバックアップしてきました。これが一橋大学の伝統となり、一橋大学精神として現代に受け継がれてきています。

◆◆◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆◆◆◆

学生の頃は、実社会での経験がなかったので、先生の講義は、退屈することが多かったのですが、実社会の経験を積んでから聞く先生の講義は、より実感をもって聞くことができます。

社会人となって、このようなアカデミックな講義を聴くことは楽しいし、そのような環境を作っていただいている如水会には感謝しています。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

|

« 「マーキュリー通信」no.1754【私のコミュニケーション論-104「ちょっとした気遣いで信頼関係は高まります」】 | トップページ | 「マーキュリー通信」no.1756【創レポート9月号 企業成長をもたらす真のWin-Winとは?】 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/181862/52848410

この記事へのトラックバック一覧です: 「マーキュリー通信」no.1755【満州の近代史と一橋】:

« 「マーキュリー通信」no.1754【私のコミュニケーション論-104「ちょっとした気遣いで信頼関係は高まります」】 | トップページ | 「マーキュリー通信」no.1756【創レポート9月号 企業成長をもたらす真のWin-Winとは?】 »