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2013年4月22日 (月)

「マーキュリー通信」no.2151【教育勅語、尋常小学校用修身書を読んで感銘を受けました!】

第1次安倍内閣の時に道半ばで頓挫した教育改革に、現安倍政権は注力中です。

最近渡部昇一著「国民の修身」(産経新聞出版 1050円)と「尋常小学校修身書 高崎経済大学助教授八木秀次著 750円)を読みました。

本書に書かれていることは、
1.素直な心を持つ(正直・誠実・良心)
2.自分を慎む
3.礼儀正しくする
4.自分の行いを律する(自己規律)
5.夢を持つ(志を立てる・進取の精神)
6.一生懸命に働く(勉強・学問・仕事・勤勉・努力)
7.つらさを乗り越える(忍耐・辛抱・克己)
8.困難に立ち向かう(勇気)
9.やるべきことを成し遂げる(責任)
10.合理的精神を持つ
11.ルールを守る
12.家族を尊ぶ(夫婦・親子・兄弟・祖先)
13.友達を大切にする(友情)
14.思いやりの心を持つ(同情、博愛)
15.力を合わせて(強力)
16.みんなのために(公益)
17.日本人として
18.美しく生きる(まとめ)

最後のまとめの部分には、「人はなぜ万物の長というか」が書かれています。
人には良心があって、よしあしをわきまえ、悪いことをしようと思うと、良心がとがめます。

また、人は世の為、人の為になることをするのが務めだと知っています。
万物の長と生まれたものは、徳を納め、知を磨き、人の人たる道を尽くさねばなりません。
それゆえ、「万物の長と申す」と強調しています。

これがなんと小学校の教科書でです!

小学生の頃から、このような道徳教育を行ったらどうでしょうか。きっときっとすばらしい人

間性を持った人物に成長していくことと思います。

学校からいじめがなくなります。

そこには古今東西の偉人の話を多数引き合いに出して、小学生が親しみやすいように書かれています。

だからこの2つの本を小学生が読めば、日本及び日本国民に自信を持ち、日本の将来に勇気と希望がわいてきます。

当時は軍国主義の時代だったので、多少軍国主義的な箇所がありますが、そちらは現代風に修正すれば良いわけです。

一方、教育勅語は、明治天皇がお下しになった教育に関する勅語の大意です。

教育勅語の中見は皇祖伝来のものであり、子々孫々の代まで継承していくべき事を伝えています。

そして、教育勅語の理念を基に、小学校の修身が書かれています。

安倍内閣が教育改革を目指すなら、是非この教育勅語の理念を基にした「国民の修身」を積極的に教育に取り入れていって欲しいと思います。

そうすれば子供が日本に自信を持ち、日本の将来は明るくなると思います。

一方で、教科書裁判で勇名をはせた家永三郎著「検定不合格日本史」(三一書房 1575円)を読みました。

こちらは左翼主義の学者が偏った色眼鏡で書いた日本史といえます。特に近代の日本史にページをさいていますが、戦前の軍国主義を悪と決めつけ、自虐史観がぷんぷんとにおってきます。
読み終わった後は、なんとなく後味の悪い感じがしました。

私は団塊の世代ですが、私の年代では天皇に対する尊崇の念があまり沸いてこないのは、多分このような教科書教育の性ではないかと思います。

日本の歴史をしっかりと学べば、いかに天皇の存在が重要であり、天皇を中心とした国体は、世界に例を見ない世界に誇れる国体であることを理解できます。

尚、同書には南京大虐殺や従軍慰安婦問題が当然載っていると思ったのですが、発行年が1974年のため、載っていませんでした。

2つの問題は、朝日新聞が歴史的事実でないものを、マスコミのプロパガンダの一環として反日キャンペーンを打ってから、中国、韓国がこれに飛びつき、反日キャンペーンの格好の材料にしたことになります。

その意味で、朝日新聞の罪は重いと思います。

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コメント

憲法9条について、今日の新聞社が偏向とまで言われながらも戦争放棄を是とする原因を探ってみようと思いました。

私なりの解釈ですが「新聞報道が終戦の為に貢献した」と評価を求めて、強引にでも立場を正当化しなければならない理由が潜在的に存在しているのではないでしょうか。
その一部を証している記事がありましたので参考にしてみてください。
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1860.html#more
<長文ですので一部を抜粋してコピーしておきます>
>鈴木貫太郎の談話は「日米が戦うことの『無意味さ』を説いた新聞談話」です。

それがどうして、「ポツタム宣言黙殺」や「笑止」、「聖戰飽くまで完遂」、「錯覚」となり、ポツタム宣言の「ignore it entirely(全面的に無視)」になるのでしょうか。
どう読んだら、そういう報道になるのでしょうか。
メディアの無責任、無節操さには、ほとほとあきれ果てます。

>広島と長崎に投下された原爆被害は、「日本のメディアの軽はずみな報道が原因であった」といえるのです。
もしこのとき、日本のメディアが「鈴木首相、ポツタム宣言受け入れの以降、ただし国体の護持が条件」と、正確な報道をし、それが全世界に配信されていたら、どうであったでしょう。
それでもトルーマンは、原爆投下という非人道的行動をとることができたでしょうか。
むしろ、和平のための外交部による話し合いの場を設けようとする行動を起こす必要が出たといえるのではないでしょうか。
もし日本のメディアが、鈴木貫太郎が7月27日に発した「日米が戦うことの無意味さを説いた新聞談話」の趣旨を正確に伝えていたら、米国は原爆投下まですることなく、日本との間に講和の糸口を見いだした可能性が十二分にあったのです。

※この説を採るならば新聞社は自分たちの犯した罪の責任も取らずに以後の報道姿勢を自分たちの「正当化」にむけて都合の良いように塗り固めてきたのではないでしょうか。

偏向報道の原因は終戦時にまでさかのぼる必要があると思いました。

投稿: はっちょ | 2013年4月22日 (月) 19時22分

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