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2014年9月24日 (水)

「マーキュリー通信」no.2489【奇人変人の異見-231「3Fから大きくかけ離れている現代 のマスコミ報道」】

朝日新聞の従軍慰安婦問題を巡り新聞各社が朝日新聞を盛んにバッシングしています。

しかし、私から見れば同じ穴の狢にしかみえません。敵失をtake chanceして、自社の新

聞購買に結びつけようとする魂胆が見え見えです。

さて、現代のマスコミは3Fから大きくかけ離れています。3Fは私の造語で、

Fact,Fair,Freeの略です。

つまり、マスコミはまずFact(事実)に基づいて報道しなければいけませんが、朝日の

従軍慰安婦問題と南京大虐殺事件の報道ぶりをみて、事実無根の事件を虚偽報道してし

まう厚顔無恥ぶりにあきれてしまいます。
しかも、32年間に及ぶ虚偽の報道を続け、日本の国益を大きく損ねていながら海外に向

けての謝罪発表すらしていません。

2つ目のFはFairです。つまり、偏った報道をしていないかです。朝日の報道姿勢は、極

左に偏っており、これだけでも報道機関としては失格です。

3つ目のFはFreeです。これは国家権力からの自由を意味しますが、上記2つのFが前提で

初めて報道の自由があります。
自社の報道に間違いを発見したら、直ちに訂正して謝罪するという報道責任があってこ

そ報道の自由があるわけです。

現代のマスコミは、私流に言えばFalse(嘘)、Fanatic(狂信者)、Foolish(思慮の浅

い)です。

以下は、マーキュリー通信読者からの情報をご紹介させていただきますが、朝日新聞の

歴史を見ると、報道機関と言うよりは、中国の出先機関であり、朝日の報道姿勢を見る

と、中国のスパイとしか思えません。
この歴史的事実を知ると、もはや報道機関としての体をなしておらず、従軍慰安婦問題

と南京大虐殺事件の虚偽報道を全世界に謝罪し、その上で廃刊すべきと考えます。

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(2014.9.14)
■■ Japan On the Globe(866) ■■ 国際派日本人養成講座 ■■

         Media Watch: 中ソの代弁70年
                      ~ 朝日新聞プロパガンダ小史(下)

 朝日は、中国の国内代弁者としてモンスター国家の成長に一役買った。

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■1.「国外追放になる記事はあえて書く必要はない」

 ソ連崩壊後、朝日新聞は代弁の依頼元を中国に乗り換える。その伏線が昭和42

(1967)年の親中派・広岡知男氏の社長就任だった。

 昭和39(1964)年に日中記者交換協定が締結され、日中双方が8人ずつの記者を相手

国に常駐させるようになった。しかし、日本側の記者が、次々と「反中国報道」を行っ

たなどの理由で国外追放になり、1970(昭和45)年には朝日の秋岡家栄・特派員のみが

北京に留まっていた。

 広岡社長は他紙からの批判をものともせず「こう書けば国外追放になるという記事は

あえて書く必要はない」と秋岡特派員に指示していた。秋岡特派員はこの指示を忠実に

実行した。たとえば1971(昭和46)年9月に中国共産党副主席だった林彪がクーデター

に失敗して、ソ連に向かって飛行機で脱出する途中、モンゴルで墜落死した。

 この年の国慶節パレードが突然、中止されたため、重大な事件が起こったのではない

か、という観測が世界に広まったが、秋岡特派員は「北京の様子はまったく平静」など

と否定した。

 日本の各紙が林彪失脚を記事にする中で、朝日だけが現地からの否定記事を送り続け

た。朝日が「林彪すでに死亡」と報じたのは、翌年7月に毛沢東がそれを認めた後だっ

た。[a]

■2.文化大革命は「世紀に挑む実験」

 この頃、中国では10年余におよぶ「文化大革命」が吹き荒れていた。その始まりは

1966(昭和41)年だったが、同年5月2日付け社説では、中ソ対立を機に、中国がソ連

とは別の道を歩み始めていた事を踏まえて、次のような期待感を表明した。

__________
 そこには、いわば「道徳国家」ともいうべきものを目指すとともに、中ソ論争の課題

に答えようとする「世紀に挑む実験」といった意欲も感じられなくはないのである。

[1,p185]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 しかし、この期待感は、紅衛兵たちの蛮行によってすぐに裏切られる。「紅衛兵」の

腕章をつけた少年少女が北京市内にあふれ、大人を「私は革命に反対した」というプラ

カードを持たせて、市中を引き回したりした[b,c]。朝日はこの暴走を「理性的配慮を欠

いている」などと批判しつつも、こんな強弁で弁護した。

__________
 スターリンは、反対者をおさえるのに血の粛清をもってした。中国では、こんどはも

ちろん、以前にもそれがほとんどなかったことは、大きな進歩である。・・・中国が人

間改造という途方もない大事業に乗出した意義と影響を、冷静に見守る必要があろう。

{1,p187]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

■3.「日本軍国主義復活」

 広岡社長は昭和45(1970)年3月から1ヶ月近くも、日中両政府の「覚書貿易交渉」

の日本代表にくっついて、中国に滞在した。なんとか日中国交回復を実現させたい、と

いう思いからであった。

 後に回想録で「現役社長が、株主総会もすっぽかして1ヶ月も中国に滞在していて、

いったい何をしていたんだと社員からも、世間からも責められる破目になった」と自慢

げに書いているが、明らかに新聞社社長としての立場を逸脱した入れ込みようであった

 しかし、広岡社長が夢見ていた周恩来首相との単独会見は叶わず、日本代表団に混じ

っての集団会見参加しか許されなかった。その会見記事には周恩来首相の発言しか掲載

されていない。これでは平特派員とかわらず「何をしていたんだ」という批判も当然で

ある。

 その周恩来は佐藤栄作・自民党政権の沖縄返還、日米同盟堅持、防衛力強化を「日本

軍国主義復活」と批判し、朝日はその発言を紹介した上で、さらに社説でこう述べた。

__________
「日本軍国主義はすでに復活し、アジアの危険な侵略勢力となっている」とか「沖縄の

返還は全くのペテンだ」と中国側は主張した。・・・ われわれは、日本軍国主義がす

でに復活したとまでは考えない。だが「復活」の危険な情勢にあることは、・・・認め

ざるを得ないと思う。[1,p170]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

■4.「安保条約の解消と、日中関係正常化への努力を」

 おりしも、70年安保改定が進められていた。日米安保条約の自動延長が決まった同

年6月23日付け社説はここまで述べている。

__________
 日中関係の正常化こそ、わが国の恒久的な安全保障の条件なのであり、“選択の70

年代”の課題は、対米関係の調整に立った安保条約の解消と、日中関係正常化への努力

を並行して進めてゆくことである。[1,p173]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 以後、朝日は「日中関係正常化」に邁進するが、それは「日米安保の解消」とセット

になった進路であった。自主防衛力強化にも反対しており、それは中国の属国になる道

に他ならない。

 広岡社長は帰国後、「日中友好」に血道を上げる。昭和46(1971)年4月には日中親

善卓球大会を後援し、中国出土文物展を開催、47年の上海バレエ団公演では資金集め

等、すべての実務を担当した。

 それ以前、日本国民にとって中国は「得体の知れない不気味な国」だった。昭和45

(1970)年5月時点の時事通信社による世論調査では、中国を「好き」と答えた人はわず

か2.5%であり、対中貿易は日本の貿易総額のわずか2%しかなかった。朝日の「奮闘

」がなければ、その後の「日中国交正常化」そのものが不可能だったかも知れない。[d]

■5.朝日が始めた「南京大虐殺」キャンペーン

 中国の「日本軍国主義」批判に呼応して、朝日はその援護射撃をするかのように、自

虐史観の宣伝を始めた。昭和46(1971)年8月26日夕刊から連載を開始した、本多勝

一記者による「中国の旅」である。

 その中には「百人斬り競争」の記事がある。南京戦で、二人の日本兵がどちらが先に

100人の中国人を殺せるか競争した、という戦中の東京日日新聞(毎日新聞の前身)

の虚構の戦意高揚記事を、「日本軍の残虐行為」という視点で、書き直したものだ。

 後に山本七平氏が、日本刀で3人も斬れば使い物にならなくなり、ましてや「鉄兜も

ろとも唐竹割り」などということは、木刀でマキを切れないように物理的に不可能な点

を指摘した。[e]

「中国の旅」の虚報に対して、様々な識者から批判されたが、本多記者は「中国で聞い

た話を記事にしただけで、文句があるなら、中国側に言え」と突っぱねた。聞いた話が

事実かどうか確認してから記事にするという基本も無視して、日本軍の「残虐行為」だ

けを書き散らした、まさにプロパガンダそのものである。

 ここから日本軍が南京で30万人規模の虐殺をしたという「南京大虐殺」のキャンペ

ーンを、中国と朝日や日教組などの国内左翼勢力が連携して行い、日本人に中国に対す

る贖罪意識を持たせ、その上で「日中国交正常化」を中国ペースで進めた。

 林彪事件や文化大革命のように中国に都合の悪い事実は書かず、中国側の主張を繰り

返し、「日中友好行事」に邁進すつつ、日本国民に虚構の「南京大虐殺」を刷り込んで

贖罪意識を持たせる。中国にとって、朝日は日本国内における理想的な「工作機関」だ

った。

■6.日清戦争以来の中国侵略と「反共の障壁」を自省せよ

 昭和47(1972)年2月、親米・親台湾を信条とする佐藤栄作政権が末期を迎えると、

周恩来は「日本軍国主義批判」をぴたりとやめ、次期首相と目される田中角栄を中国に

招待した。

 首相となった田中角栄は、マスコミに「今太閤」と持て囃されるなか、内閣発足3ヶ

月足らずのうちに、中国を電撃訪問し、「日中国交正常化」を謳い上げた共同声明を発

表する。[d]

 これを朝日新聞は、広岡社長による「日中正常化と日本の進路」と題した論説を1面

トップに掲げて、こう述べた。

__________
 去る9月25日、北京の人民公会堂で開かれた日本代表団の歓迎夕食会において、周

恩来首相があいさつの中で「1984年から半世紀にわたる日本軍国主義の中国侵略」との

べて、日本の侵攻の起点を日清戦争としていることは、見逃してならぬ点であろう。・

・・

明治維新によって、先進国の技術を取り入れ、近代国家に頭を突っこんだ日本が、富国

強兵政策によって起こした中国との衝突が日清戦争であった。それ以降の日本人の頭の

中には、侵略される側の犠牲を考える意識はなくなり、戦いに勝ち、国を取ったことに

よる国民の士気高揚のみが残った。[1,p173]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 日清戦争まで日本の「侵略」とするのは、まさに中国側に立った特異な史観である。

さらに同日の社説「共同声明の歴史的重み」は、こう述べた。

__________
 新しい日中関係の歴史は、戦前にさかのぼるわが国の中国侵略と、反共の障壁をかま

えてきた戦後の外交政策に対する深い自省を起点とすることによって、初めて開かれる

。[1,p174]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

「反共の障壁」とは、日本がアメリカと同盟を組み、西側陣営に属してきたことを指す

。戦後のわが国は、日米同盟によって平和が保たれ、自由主義経済、貿易によって、奇

跡的な復興を遂げた。それを「自省」し、文化大革命や大躍進政策で、数千万の犠牲を

出し、経済も疲弊していた中国と共なる道を歩むべしと、朝日は説くのである。

■7.教科書検定の誤報

 宿願の「日中国交正常化」を果たした後も、朝日は中国の代弁者として忠勤に励む。

中国は日本国民に贖罪意識を持たせつつ、それをテコとして賠償金がわりに経済援助を

引き出す戦術をとった。そのためには日本国民の自虐史観を維持することが必要だった

 昭和57(1982)年6月26日、朝日は一面トップで「教科書さらに『戦前』復帰へ」

「文部省 高校社会中心に検定強化」「『侵略』表現薄める/古代天皇にも敬語」と大

々的に報道した。

 各紙で一斉に同様な報道がなされた事から、ある共通の情報元からの意図的なプロパ

ガンダがなされたのだろう。特にこの年、9月に鈴木善幸首相が日中友好10周年記念

行事で訪中を予定していたので、それに狙いを定めたようだ。

 朝日記事は、検定前と検定後の違いを一覧表にして、「日本軍が華北を侵略すると・

・・」を「進出すると」、「中国への全面侵略・・・」を「全面侵攻」に訂正された、

と指摘したのである。

 この報道を踏まえて、中国政府は日本側に正式抗議してきた。朝日の挙げた「華北侵

略」の例をそのまま使っており、その報道に依拠したものであることは明白であった。

 その後、「侵略」を「進出」に書き換えた事実はなかった事が明らかになったが、朝

日はわずか15行の「誤報訂正記事」を出しただけで、逆に「『侵略』抑制、30年代

から一貫」と題する9段抜きの長文記事を出したりして、問題を煽り続けた。[f]

 この事件が外国政府が日本の教科書に口出しをする悪しき前例となり、教科書検定に

「近隣諸国に配慮する」という「近隣諸国条項」が盛り込まれ、わが国の歴史教科書は

自虐史観の度を強めていく。

 さらに、この傾向に歯止めをかけようと執筆された「新しい歴史教科書をつくる会」

による『新編日本史』に対しても、朝日は「「中韓懸念の『つくる会』教科書」「中韓

など反発必至」などと大々的な非難キャンペーンを行い、これに呼応するように中国政

府が抗議をしてきた。中国とその代弁者・朝日は息のあった連携を見せ続ける。[g]

■8.朝日が貢献したモンスター国家の成長

 また中国は首相の靖国参拝については、まったく問題にしていなかったのに、昭和6

0(1985)年8月15日の中曽根首相の参拝に突然、非難の声をあげた。これは親日派・

胡耀邦をターゲットにした共産党長老たちの権力闘争が背景にあったと考えられるが、

以後、朝日は靖国参拝に関しても、執拗な日本政府攻撃を続けて「軍国主義批判」を援

護射撃する。[h]

 権力闘争の末に天安門事件が起こり[i]、国際的な経済制裁を受けると、中国は天皇訪

中をきっかけにした日本の制裁解除を目論み、朝日もこれを後押しして、実現させた。

[j]

 こうして中国は共産党独裁体制を温存したまま、経済・軍事大国化し、わが国のみな

らず台湾、フィリピン、ベトナムなどの周辺諸国に軍事的な圧力をかけている。このモ

ンスター国家を育てた大きな要因は、日本の経済援助と日本企業進出である。

 朝日に代表される親中マスコミがプロパガンダ報道ではなく、大躍進、文化大革命、

天安門事件、さらにはチベットやウイグルでの蛮行を正確に伝えていたら、国民も警戒

して、対中援助もこれほどには行われず、日本企業の進出ももっと抑制的となり、天安

門以降の経済制裁も長期化していたろう。

 わが国は中国の巧みな外交戦略に乗せられてきたのであり、それは朝日という国内代

弁者がいなければ成功しなかった。仮に国内代弁者なく、中国政府だけが同様の主張を

してきたとしたら、日本国民はかくも見事に騙されなかったろう。

 今後、このような過ちを避けるためには、わが国のマスコミが外国政府の代弁者では

なく、正確に事実を報道しつつ、日本国民のための言論活動をする、という本来の報道

機関に戻ることが不可欠である。

(文責:伊勢雅臣)

■リンク■

a. JOG(042) 中国の友人
 中国代表部の意向が直接秋岡氏に伝わり、朝日新聞社がそれに従うという風潮が生ま

れていた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h10_1/jog042.html

b. JOG(109) 中国の失われた20年(上)~2千万人餓死への「大躍進」
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h11_2/jog109.html

c. JOG(110) 中国の失われた20年(下)~憎悪と破壊の「文化大革命」
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h11_2/jog110.html

d. JOG(312) 「日中国交正常化」~ 幻想から幻滅へ
 そもそものボタンの掛け違えは、田中角栄の「日中国交正常化」での「異常」な交渉

にあった。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h15/jog312.html

e. JOG(028) 平気でうそをつく人々
 戦前の「百人斬り競争」の虚報が戦後の「殺人ゲーム」として復活した。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h10_1/jog028.html

f. JOG(044) 虚に吠えたマスコミ
 教科書事件での中国と朝日の連携
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h10_2/jog044.html

g. JOG(179)  3度目のお先棒担ぎ
 歴史教科書つぶしに奔走する「中国の友人」たちの無法ぶりは、真の日中友好を阻害

している。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h13/jog179.html

h. JOG(356) 作られた「反日」
 サッカー場の過激な「反日ファン」は、江沢民政権の歴史教育とマスコミ統制が作っ

た。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h16/jog356.html

i. JOG(162) 天安門の地獄絵
 天安門広場に集まって自由と民主化を要求する100万の群衆に人民解放軍が襲いか

かった。

j. JOG(628) 中国の「天皇工作」
「日本を取り込むためには、天皇を取り込め」 が中国の対日外交戦略だった。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogdb_h21/jog628.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 片岡正巳『朝日新聞の「戦後」責任』★★、H10
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4886561454/japanontheg01-22/

■編集長・伊勢雅臣より

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■1.我が国の自由民主主義を破壊するプロパガンダ

 朝日新聞が「慰安婦問題」での32年も前の「誤報」を認めた事から、新聞、週刊誌

、ネットが大炎上している。「誤報」と括弧つきで書くのは、弊誌にはそれが意図的な

「誤報」、すなわち政治宣伝(プロパガンダ)だったとしか思えないからだ。

 朝日が、慰安婦は日本軍によって強制徴用された「性奴隷」だと誤認し、人道的な観

点から謝罪や補償を訴えたのなら、まだ救いがある。その事実誤認が分かり次第、自ら

謝罪して、正しい事実を広めようと誠実な努力をする限り。(その姿勢が全く見られな

いから、大炎上しているのだが)

 しかし、仮に朝日が韓国や中国の意向を受けて、誤った事実と知りながら、世界に訴

えてきたとしたら、どうだろう。それは意図的な虚報によって、日本の国益・名誉を損

ない、中韓を外交的優位に立たせる行為である。

 これを世に「売国行為」と言う。しかし、弊誌ではそのような悪罵よりも、確かな事

実と自由な言論に基づく議会制民主主義を破壊して、かつてのソ連や現在の中国のよう

な全体主義社会をもたらしかねない危険なプロパガンダであると批判する。

 弊誌では、20年近く前から、28号「平気でうそをつく人々」[a]や42号「中国の友人

」[b]を初めとして朝日のプロパガンダを批判してきた。「慰安婦問題」に関する「誤報

」は、中ソの代弁者として活動してきた朝日新聞の戦後70年の歴史のほんの一幕に過

ぎない、と弊誌は見る。

 以下、その歴史を振り返ってみれば、この点は明白となろう。

■2.国際共産主義団体コミンテルンに協力した朝日記者

 朝日が中ソの代弁者となる予兆は、すでに戦前からあった。朝日新聞記者・尾崎秀實

(ほつみ)は特派員として昭和2(1927)年から上海に駐在し、リヒャルト・ゾルゲと親

交を結ぶ。ゾルゲはドイツ共産党を通じて、モスクワの国際共産主義団体コミンテルン

に所属していた。

 尾崎はその後、朝日を退職して近衛内閣の嘱託となり、日本と蒋介石政権を戦わせて

共倒れにさせ、ソ・中・日の「赤い東亜共同体」を実現しようとするコミンテルンの方

針に協力して、さかんに日本軍の中国大陸進出をけしかける記事を発表した。[a]

 その後、ゾルゲは在日ドイツ大使の私設情報官となり、尾崎と緊密な連携をとって、

日独の機密情報をソ連に流した。二人は昭和16(1941)年に逮捕されて、死刑に処せら

れる。

 尾崎秀實の所行は、朝日新聞社とは関係のない、あくまで異端分子のものだろうか。

当時は、ソ連が誕生したばかりで、共産主義の理想が巧みに宣伝されて少壮軍人や革新

官僚などを洗脳していた。

 当時の知識人が集まっていた朝日の中にも、ソ連シンパが潜んでいたとしても不思議

はない。戦後の朝日の報道ぶりを見れば、尾崎は氷山の一角だった、という事が見えて

くる。

■3.朝日の共産主義運動への参加宣言

 敗戦から3ヶ月足らず後の昭和20(1945)年11月7日付け一面で、朝日は「国民と

共に立たん/本社、新陣容で「建設」へ」という宣言を掲げた。戦争中、軍部に協力し

た報道責任をとるために、社長以下全重役、編集幹部が辞職し、今後は「あくまで国民

の機関たることをここに宣言する」と述べた。

 同日の社説では、この「国民」とは「支配者層と判然区別せられたる国民でなければ

ならない。それは一言にして言えば、工場に、職場に、農山村に働く国民のいひである

」として、「新聞の担(にな)ふべき究極の使命は、働く国民の間から生まれるべき日

本民主主義戦線の機関たることでなければならない」と明言した。

 朝日の言う「国民」とは、支配者層と区別された「労働者階級」であり、その「民主

主義戦線」とは当時の日本共産党が唱えていた「民主戦線」に他ならない。「共産主義

」の言葉こそ隠しているが、これは朝日の共産主義運動への参加宣言であった。

 この「宣言」の起草者は、後にマルクス・レーニン主義に強く傾き、毛沢東信奉者と

なる森恭三であった。戦時中の経営者層の退陣と同時に、尾崎秀實の後継者たちが実権

を占めるようになったのである。

■4.サンフランシスコ講和条約への反対

 ソ連の代弁者としての報道が本格化したのは、日本が独立を回復したサンフランシス

コ講和条約に際してである。当時はすでに朝鮮戦争の最中で、米ソの対立が表面化して

いた。ソ連は東欧に鉄のカーテンを降ろし、中国大陸を赤化し、今また中国軍を使って

朝鮮半島に触手を伸ばしていた。

 この講和条約の意味する所は、時の吉田茂政権が、日本は米国を中心とする自由主義

陣営に立ってソ連の侵略から国を守る、という道を選択したことであった。[d]

 しかし、朝日を中心とする左翼勢力は、これを「単独講和か、全面講和か」という問

題にすり替えた。「全面講和」とは、ソ連と共産圏諸国を含めた全関係国との講和とい

う美辞麗句で、現実に米ソが対立している以上、それは実現不可能な空想であり、それ

ではいつまでも独立回復などできない事は明らかであった。

 一方の「単独講和」とは、米国を中心とする自由主義陣営との講和であるが、講和に

賛成したのは48カ国、反対したのはソ連、チェコ、ポーランドの3カ国だけだったの

で、実質は「多数講和」である。これを「単独講和」と呼ぶのは、日本国民に国際社会

の現実を見せまいとするプロパガンダそのものであった。

 朝日は、講和会議でのグロムイコ・ソ連首席全権の発言をそのまま伝えている。

__________
 日本は米国の軍事基地に転換されつつある。対日講和条約の目的は米軍を日本に駐在

させることにあり、米国は「老練な戦争誘発者」たるダレスの指導下に「侵略者の連合

組織」を打ち立てようとしている。[1,p69]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

「全面講和」などという日本人の琴線に触れる虚構で、ソ連にとって好都合な世論誘導

をしてくれる、まことに得がたい代弁者が登場したのである。

■5.「日本を他国の戦争にまきこむ危険」

 米ソ対立の中で、日本の進路の第二の岐路は「60年安保闘争」であった。これは日

米安保を、単に米軍に基地提供するだけの条約から、日米共同防衛、また在日米軍の配

置や装備に関する両国での事前協議など、より対等の同盟に近づけようとする改訂であ

った。

 これに関して、朝日は昭和34(1959)年10月9日付けの社説「なお消えぬ安保改定

への疑念」で次のような主張を展開した。

__________
 核兵器の持込みを含む、在日米軍の装備の重要変更と日本領域外における作戦行動は

、これを「事前協議」するとしているが、なぜこれを単なる協議でなく、同意を必要と

すると明記できないのか。・・・

「事前の協議を」を必要と認めた政府が、日本の安全を第一に考えなければならない安

保条約に、日本を他国の戦争にまきこむ危険をもつ、日本領域外の米軍の作戦をどうし

て認めようとするのか。[1,p80]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

「日本を他国の戦争にまきこむ危険」とは、前節のソ連による「日本は米国の軍事基地

に転換されつつある」と同じ見方である。そこには、ソ連の侵略からどう国を守るか、

という視点が欠落している。以後、この「捲き込まれ論」は日米同盟反対の一つ覚えの

論法として繰り返される。最近の集団的自衛権での騒ぎでも同様である。

 朝日の主張するように、もし在日米軍の作戦行動に日本の同意を必要とするとしたら

、いかなる作戦行動であろうと、社会党が国会でごねて在日米軍を一歩も動かせなくな

る。ソ連から見れば、在日米軍の動きを阻止する上で、実に効果的なくびきとなったろ

う。

■6.ソ連軍事増強よりも「我が国の防衛力強化」を懸念

 昭和50年前後には中国はソ連と対立するようになり、日米接近を図った。ここで朝

日は親中派の広岡知男社長の旗振りで「日中友好」に大きな役割を果たしたが、これに

ついては後編に譲る。

 昭和52(1977)年に、モスクワ特派員の経験もある親ソ派・秦正流が専務取締役編集

担当となると、ふたたび親ソ派が社内で実権を握った。そして「ロシア・ソビエト国宝

絵画展」「全ソ民族舞踊アンサンブル」「建国60周年記念ソビエト連邦展覧会」「ロ

シア美術館名品展」「ソビエト映画フェスティバル」と親ソ行事を次々と主催または後

援して、ご機嫌取りに奔走する。

 昭和54(1979)年10月初め、ソ連が日米中の接近を威嚇して、国後、択捉島に5、

6千人の約1個旅団と約50両の戦車などを配備したと防衛庁が発表すると、朝日は「

もはや軍事力を背景にして、外交を展開する時代ではないのではないだろうか」と、ま

るで他人事のような前置きをした後、こう言い切った。

__________
 われわれは、今回のソ連側の動きに対して、国内で不必要な反応が生じることも防が

ねばならぬ。・・・ 今回のソ連軍基地増強が、我が国の防衛力強化論につながるおそ

れがあるからだ。[1,p130]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 朝日にとっては、ソ連の軍事基地増強よりも、日本の防衛力強化の方が危険のようだ

。ソ連から見れば、そうに違いない。

 ソ連は日本側の世論工作のためか、同月末にノーボスチ通信社社長一行を派遣し、朝

日新聞東京本社を訪問させた。中江編集局長が対談で、北方領土の軍事力増強について

質問すると、トルクノフ社長はこう答えた。

__________
 それらの情報は周知の通り、米国の軍事筋によってあおられたものであり、明らかに

一定の目的を追求している。・・・いわゆる「ソ連の軍事的脅威」についてのペンタゴ

ンのグローバルな宣伝キャンペーンだが、実際には存在せず、それを隠れ蓑にして米国

と日本をふくむその同盟国の軍事力の増強が行われている。[1,p132]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 自国に脅威を与えている軍事増強に対して、中江編集局長は食い下がることもせずに

、このトルクノフ社長の発言をそのまま記事にして流した。まさにソ連の忠実なる代弁

者であった。

■7.ソ連の「立場を正しく理解することが必要」

 昭和56(1981)年に、日本政府が2月7日を「北方領土の日」と定めると、朝日は猛

烈に反対した。

__________
 ・・・東西の緊張が高まり、内外に右旋回が著しくなるなかで、「北方領土の日」を

テコとした国民運動が誤った方向にねじ曲げられたら、所期の目的を達せられなくなる

おそれがある。・・・いたずらに「ソ連脅威論」であおったり、右傾化のバネに利用し

てはならない。[1,p145]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 相変わらず、ソ連の脅威を論ずることは「右傾化、軍事力強化のテコ」という論法で

ある。同時に、相互信頼の確立に不可欠なのは、北方領土に対するソ連の「立場を正し

く理解することが必要」として、こう力説する。

__________
 ソ連は第二次大戦において、世界で最も大きい人的、物的被害をこうむった。それゆ

えに第二次大戦の結果にソ連がこだわるのは、決して理由のないことではないのである

。北方領土問題は、ソ連にとって国際法の問題というよりは、多くの犠牲のもとにえた

結果を失えぬという、国益と感情問題なのである。[1,p148]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 史実を見れば、ソ連が第二次大戦で受けた被害のほとんどはドイツとの戦いによるも

のであり、北方領土は終戦間際に我が国との中立条約を踏みにじって、武力で奪ったも

のだ。この点での自国の「国益と感情」を押し殺して、ソ連の「国益と感情」を「正し

く理解せよ」と説くことは、筋金入りの代弁者でなければ言えないセリフだ。

■8.ソ連崩壊で代弁者の豹変

 ソ連は平成3(1991)年に崩壊し、新たな連邦「独立国家共同体」に生まれ変わった。

 これは西側諸国との軍拡競争でソ連経済が耐えきれずに崩壊した結果であった。極東

においては、自衛隊と在日米軍がソ連軍と対峙し、その消耗を加速させた。朝日のいま

までの論調と正反対に、日米同盟と自衛隊強化が、ソ連という最大の軍事的脅威を取り

除いたのであった。

 ソ連の忠実な代弁者だった朝日は、この事態に豹変する。同年8月25日付け社説は

こう述べた。

__________
「自由な共和国による揺るぎない連邦」。スターリンの時代以来、ソ連の指導層は自国

をこうたたえてきた。それは建前にすぎず、実はどの共和国も、共産党とそれが支配す

る軍、KGB(JOG注:秘密警察)などの「鉄の腕」に締め上げられてきた。・・・

 新連邦条約は何より、忌まわしい過去を清算し、これまで建前に過ぎなかったものに

実質を与えるものでなければならない。[1,p163]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

「鉄の腕」「忌まわしい過去」とは、よくも言ったり。代弁者は、落ちぶれた依頼人を

、手のひらを返したように見捨てた。しかし、朝日の代弁者としての本質は変わらない

 今度は新しい依頼人、「中国」のために奔走するようになる。
(以下、次号。文責:伊勢雅臣)

■リンク■

a. JOG(028) 平気でうそをつく人々
 戦前の「百人斬り競争」の虚報が戦後の「殺人ゲーム」として復活した。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h10_1/jog028.html

b. JOG(042) 中国の友人
 中国代表部の意向が直接秋岡氏に伝わり、朝日新聞社がそれに従うという風潮が生ま

れていた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h10_1/jog042.html

c. JOG(263) 尾崎秀實 ~ 日中和平を妨げたソ連の魔手
 日本と蒋介石政権が日中戦争で共倒れになれば、ソ・中・日の「赤い東亜共同体」が

実現する!
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h14/jog263.html

d. JOG(206) サンフランシスコ講和条約
 「和解と信頼の講和」に基づき、日本は戦後処理に誠実に取り組み、再び国際社会に

迎えられた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h13/jog206.html

e. JOG(337) 岸信介 ~ 千万人といえども吾往かん
 日本を真の独立国とするための構想に邁進した信念の政治家。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h16/jog337.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 片岡正巳『朝日新聞の「戦後」責任』★★、H10
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4886561454/japanontheg01-22/

■編集長・伊勢雅臣より



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