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2015年1月 4日 (日)

「マーキュリー通信」no.2561【歴史を変えた春日局】

昨日は明治座新春特別公演「春日局」に一橋大学の大先輩 土師野良明様(エコラ社長)

のお孫さん、隆之介君が徳川家光の幼少時代竹千代の役を演じるのでご招待を頂きまし

た。

隆之介君は、2011年公開の映画ワンコの島で子役として大人気を集め、天皇皇后陛下に

も拝謁している人気子役です。

おふく(後の春日局)は、関ヶ原の戦いで徳川家康の東軍に味方した小早川秀秋の家老

稲葉正成の妻です。家老稲葉正成が、小早川秀秋に家康に味方することを進言し、小早

川秀秋は家康の東軍に加勢した為、関ヶ原の戦いは1日で勝負がついたと言われている。

家康はこれを高く評価した。

一方、妻のおふくは、明智光秀の筆頭家老斎藤利三の娘だったため、謀反人の家老の娘

として辛い生涯を送ってきた。

当時の一般常識では、謀反人の血が流れている女を将軍の乳母に迎えることなど考えら

れなかった。
しかし、家康は辛い境遇を過ごしてきたおふくを、乳母役に適任と高く評価して、夫稲

葉正成を通じ、懐妊中の秀忠の妻、お江与の方の生まれてくる将軍候補の乳母役に抜擢

した。

当時おふくには5人の子供がおり、戦国時代が終わりやっと平和な時代が訪れたので、平

穏無事な残りの人生を送りたかった。

しかし、家康は平和な時代を築くため、3代目の将軍職の重要性、そしてその教育係であ

る乳母の重要性を説いた。

おふくは家康の理念に感激し、乳母役を引き受ける。

さて、おふくの努力と苦労の末、竹千代(後の3代将軍家光)は成長する。しかし、純な

性格から父秀忠と度々衝突する。
その結果、秀忠は第3代将軍に三男国千代(長男は既に死去)を第3代将軍にすることを

決める。

これを知ったおふくは駿府に住む大御所家康のところに竹千代を次期将軍にするよう訴

える。当時の常識では、乳母が大御所に直訴するなど越権行為であり、まさに身命を賭

した行為だった。

家康はおふくの直訴を受け入れ、直ぐに江戸に向かう。そして、将軍秀忠、妻お江与、

竹千代、国千代、その他重臣の前で、次期将軍は竹千代であることを宣言する。
平和な時代には能力がある者より長男が相続することを家訓とすることを決めました。
能力という主観も入る尺度で世継ぎを決めると争いの元になり、徳川のお家騒動にもつ

ながる。そしてそれはせっかく訪れた平和の時代が再び戦国乱世に戻る恐れがあると観

ていた。

3代将軍家光は、戦国時代の制度を平和な時代の制度に切り替えるために、様々な改革を

します。鎖国令もその1つですが、日本の平和の時代を築いた名君となりました。

家康の先見力、慧眼には敬服します。尚、家康はその翌年75歳の生涯を閉じます。

もし、おふくの直訴がなければ、家康が長子相続という家訓を言い出さなかったかも知

れません。その結果、徳川家は相続争いに巻き込まれ、再び乱世に逆戻りということも

あったかもしれません。

そうなるとこの頃はヨーロッパの植民地主義が台頭し始めた頃なので、日本も植民地に

されていたことも絶対にないとは言い切れません。

その意味でおふくの果たした役割を大きかったと思います。

◆◆◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆◆◆◆

これまで戦国物はよくテレビの大河ドラマ等でよく見ていましたが、春日局にスポット

ライトを充てたものは初めてでした。

なぜ春日局が乳母として重用されたのかが今回の劇でよく分かり、歴史の流れが点と点

でつなぎ合わされ、この頃の歴史の流れ、重要性をよく理解できました。

又、舞台で観る戦国物は初めてでしたが、感激、感激の一言で、舞台の素晴らしさを十

分堪能できました。

そして、ご招待頂いた 土師野 良明様にはただただ感謝の気持ちでいっぱいです。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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