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2015年6月12日 (金)

「マーキュリー通信」no.2681【趙紫陽元首相が失脚していなければ、中国は民主国家に なっていた!?】

天安門事件は、1989年6月4日に、同年4月の胡耀邦の死をきっかけとして、中国・北京市

にある天安門広場に民主化を求めて集結していた学生を中心とした一般市民のデモ隊に

対し、中国人民解放軍が市民に向けての無差別発砲や装甲車で轢き殺し、多数の死傷者

を出した大事件です。あれから既に26年が経ちます。

当時の最高指導者は鄧小平氏でしたが、鄧小平氏の両腕として胡耀邦共産党中央委員会

主席&総書記と趙紫陽首相がいました。

この二人は、中国の経済改革推進に貢献しました。しかし同時に中国の民主化も望んで

いました。

胡耀邦の死後、趙紫陽首相は鄧小平に市民の弾圧回避を進言しますが、受け入れられま

せんでした。
その直後の1989年6月に首相を解任され、以後2005年に死去するまで、16年間自宅軟禁さ

れていました。
尚、鄧小平氏は、1997年2月に死去しました。

趙紫陽元首相は、自宅軟禁の厳しい監視下で、天安門事件の大弾圧の舞台裏をテープに

録音し、遺して死去しました。

本書は、天安門事件20周年の2009年に出版されました。もちろん中国では発禁処分でし

た。

趙紫陽元首相の後を継いだのが、江沢民です。

江沢民が国家主席になるまでは、1972年の日中国交正常化以来、日中関係は比較的良好

でした。

しかし、江沢民は、天安門事件の批判を反らす為に、反日政策を国是として掲げるよう

になりました。

そして、1993年より反日教育を開始しました。

その過程の中で、南京大虐殺30万人説が突如現れ、世紀の大嘘のでっち上げに成功しま

した。

靖国神社参拝批判も、江沢民時代からです。

そして、戦後50年の村山談話へと繋がります。日本は中国を侵略した悪い国というイメ

ージ造りに成功しました。因みに、中国共産党は、戦後の1949年にできた国で、戦前の

日本軍とは戦っていません。
村山元首相は、反日政治家のレッテルを貼られても、今でも習近平の利益の代弁者とし

て、安倍首相に村山談話の継承を求めています。この元首相は、村山談話がいかに日本

の国益を害していることに気づいていないようです。

江沢民時代から日中関係は悪化し、現在に至っています。

もし、鄧小平が、趙紫陽を国家主席に任命し、政権を担当させ、民主化路線に舵取りを

切っていたなら、中国はもっと世界から好かれる民主的な国になっていたかもしれませ

ん。

詳細は、「趙紫陽 極秘回想録 天安門事件大弾圧の舞台裏」(光文社刊)をご覧くだ

さい。

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