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2019年4月

2019年4月30日 (火)

「マーキュリー通信」no.3700【ありがとう平成、さようなら平成】


本日は平成最後の日です。

朝から雨です。私はこの雨をお清めの雨、そして慈雨と思っています。

平成時代30年間は本当に災害が多い年でした。

平成から令和に変わる中で、世の中はお祝いムード一色です。

しかし、本日はそんな浮かれたムードを一掃して、天皇陛下と共に平成の時代を振り返ってみ

ると、そこはまさに天皇陛下と皇后陛下の祈りの歴史でもありました。

天皇陛下の一番の仕事は祈ることです。国民の安寧と国家の繁栄を祈ることです。それを神武

天皇以来皇紀2700年ずっと祈り続けてきました。

最近は天皇陛下と皇后陛下のお二人の過去のビデオに接する機会が多いです。
お二人は被災地に向かい、国民に寄り添い、慈悲の心で接してきました。

天皇陛下は、昭和天皇の後を引き継ぎ、敗戦の心の傷跡を負った国民を全国に巡幸してきまし

た。

天皇陛下は、4つの日を大切にしているそうです。

1つ目は、8月6日広島原爆投下の日、
2つ目は、8月9日長崎原爆投下の日、
3つ目は、8月15日終戦の日、
そして、4つ目は6月23日、沖縄戦終了の日

沖縄での両軍及び民間人を合わせた地上戦中の戦没者は20万人とされています。

昭和天皇が諸般の事情で沖縄訪問ができませんでした。

天皇陛下はそれが心残りでした。皇太子の時から沖縄訪問され、全部で11回もご訪問されたそ

うです。

最初は沖縄県民の間にも天皇陛下に対する戦争責任を始めとするわだかまりがあったそうです

。第1回目のご訪問の時は、火炎瓶を投げられるという事件まで起きました。
しかし、天皇陛下は県民の批判を受け止め、天皇陛下の県民に真正面から向き合う姿を目の当

たりしてきて、県民の態度は軟化し、今はそのわだかまりも拭い去られたそうです。

天皇陛下には権力はありません。しかし、天照大神を神と仰ぎ、祈る存在である日本神道の長

としての権威があります。

国民の統合の象徴として見事その重責を果たされてきた陛下に心から頭が下がる想いです。そ

してお疲れ様でした。

◆◆◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆◆◆◆

マスコミは天皇の退位と呼んでいますが、これは譲位の間違いです。あくまでも現在の皇太子

である徳仁親王殿下に天皇の座を譲位される訳です。

産経新聞はその点譲位という正しい用語をつかっていました。さすが、保守本流のクオリティ

ペーパーと思います。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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2019年4月26日 (金)

「マーキュリー通信」no.3699【奇人変人の異見-334「ありがた迷惑な10連休」】


明日から史上初10連休が始まります。

私の周りの人に聞いてみると皆戸惑いがちで却ってありがた迷惑といった様子です。

10連休まとめて海外旅行等に飛び立つ人はごく一部の人に限られているようです。

行楽地に出かけても人混みに出かけるようなモノで却って疲れます。

10連休でなければ我が家は東武ワールドスクウェアに出かける予定でした。しかし、10連休中

に出かけたら行列に巻き込まれるので止めました。

精々ラクーア等で1日湯ったりと凄そうと思っています。

又、2泊3日で新潟の研修施設で瞑想三昧してきます。

一方、来月古稀になるので、出版を計画しており、その時間に充てる予定です。

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2019年4月25日 (木)

「マーキュリー通信」no.3698【平成時代30年を振り返って-13「昭和の世は遠くなりにけり」】 】】


以前、「明治の世は遠くなりにけり」という台詞がありました。
これを現代風に言うならば、「昭和の世は遠くなりにけり」を実感しています。

昭和の世は大きく分けると、戦前と戦後に分かれます。

私は戦後の世代で、「戦争を知らない子ども達」が歌が流行った時代です。

昭和の時代も、前半が高度成長期でテレビ、冷蔵庫、洗濯機を3種の神器と呼び、まだまだモ

ノが不足していた時代から、後半はモノが充足された時代に分かれます。

昭和の時代は、アナログの時代、平成の時代はデジタル、ITの時代といえます。

何でもそろっている現代の生活と昭和時代の生活と比べれば、現在の方が圧倒的に快適です。

子供の頃は、特に冬が寒くて、あかぎれやしもやけに悩まされました。

私の子供の頃は電話が普及していない時代でした。

それでも私は昭和の時代の方が好きです。

まだまだ戦後の廃墟から立ち上がり、米国に追いつけ追い越せと活気のある時代でした。明る

い未来が描ける時代でした。

そしてもう1つ大きな違いが大家族の時代でした。

大半の家庭にはおじいちゃん、おばあちゃんがいて、おじいちゃん、おばあちゃんが緩やかな

家庭の絆を保っていました。潤滑油となっていました。
私がイメージするのはサザエさん一家です。あの暖かみのある家庭です。

平成の時代にはそれが失われ、核家族の時代となってしまいました。

新元号令和の時代には、是非大家族の時代を復活して欲しいと思います。

それが超高齢者社会が抱える様々な課題を克服する一つの鍵になると思います。

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2019年4月24日 (水)

「マーキュリー通信」no.3697【平成時代30年を振り返って-12「無神論者だった自分が、宗教 「マーキュリー通信」no.3697【平成時代30年を振り返って-12「無神論者だった自分が、宗教の大切さを学び、自己成長していった30年間」】



戦後の米国占領軍GHQの占領方針の1つに、戦前の日本の精神的支柱であった神道、教育勅語を

抹殺し、精神的に骨抜きにすることにありました。

又、戦前非合法だった共産党を認め、左翼の日教組も認めました。この占領政策が今日まで色

濃く影響しています。

多くの日本人は平気で無神論を唱えることに、何の違和感を覚えません。
私もその一人でした。むしろ宗教に頼るのは精神的に弱い人間と思っていました。自分は宗教

など頼らなくても充分強く生きていけると自負していました。

そんな自分に昭和63年に異業種交流会で出会った日本生命の法人部長S氏から幸福の科学を紹

介されました。
当時の幸福の科学は、真理の学習団体でした。
本来好奇心旺盛の私は幸福の科学の創始者大川隆法師の書籍「太陽の法」「黄金の法」「永遠

の法」の基本3部作を奨められ読みました。

そこには人類の誕生秘話、有史以来の人類の歴史、そしてあの世の次元構造等これまでの常識

を打ち破るものであり、私にとって全て新鮮に映りました。
そして、その翌年の平成元年に幸福の科学に入会しました。
幸福の科学は、その後平成3年に宗教法人として正式認定されました。

幸福の科学に入会して丁度30年が経ちます。

基本3部作を出版した頃の大川隆法師は30代前半でした。
同書の内容は人智を遙かに超えているものです。大川隆法師は、その後30年間に一人で25

00冊以上の本を出版し、30年前の内容と全くぶれるところがありません。説法の数も20

00回以上で、毎回原稿無しでぶっつけ本番で公演するという離れ業です。

その間幸福の科学の発展過程を見てきましたが、今では世界100ヶ国以上に布教所がありま

す。

一方で、幸福実現党という政党を10年前に立ち上げ、中学から大学までの一貫校幸福の科学

学園~Happy Science Universityを設立しました。

30年余りの期間でこれだけのことをやり遂げること自体やはり人智を超えるものです。

そして、私自身の人生観も変わりました。

幸福の科学に出会う前の私は世間的に出世し、広いマイホームに住み、多くの仲間と一緒に楽

しい人生を過ごすことを夢見ていました。

しかし、今の自分は幸福の科学の教えを基に、「活私豊幸」=「自分を活かしながら人生の途

上で出会った人々をいかに豊かに幸福にできる人間でありたい」 という行動哲学で生きていま

す。

人間は、永遠の輪廻転生の中でこの世とあの世を生まれ変わりながら魂の向上を目指す存在な

のだということに気付きました。

そして、本当の自分にも出会いました。本当の自分に忠実で生きていくことがぶれない自分を

作っていくということも学びました。

そして、世のため人のために生きながら生涯現役人生を全うしたいと思っています。

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2019年4月23日 (火)

「マーキュリー通信」no.3696【平成時代30年を振り返って-11「中国の経済発展と軍事的脅威」】


1971年のニクソン米国大統領の訪中により、米中の国交は正常化しました。
その後、1972年に日中平和条約を締結し、日本はODAを通じ、中国の経済発展に大きな貢献をし

てきました。

米国も日本も中国が経済発展をすれば、共産主義を捨て、民主国家の仲間入りをすると信じて

いました。

その1つのメルクマールが平成元年(1989年)に起きた天安門事件でした。
鄧小平の時代に、民主化を叫ぶ学生に対し、弾圧し、多数の死傷者を出しました。

本来この事件の時に、日本も米国も中国の民主化は難しいことに気付くべきでした。

しかし、政経分離政策の下、日本政府は相変わらず中国の経済発展に寄与してきました。

その結果、平成19年(2007年)に中国はGDP10兆ドルとなり、日本のGDPを抜き、それ以降引き

離される一方です。

平成24年(2012年)に習近平政権が誕生し、一帯一路政策の下、中国の軍事的脅威は現実的な

ものとなってきました。

にもかかわらず相変わらず平和ぼけの日本は一帯一路政策に協力する姿勢を見せています。

中国の国家戦略は、台湾併合、その前後に尖閣諸島と沖縄侵略です。

ここを抑えられたら中東原油を始め、食糧他重要物資を運ぶシーレーンを中国に牛耳られ、日

本は中国の従属国家となります。
従属国家になるということは、例えば私がメルマガでこのようなことを書いたら、私は刑務所

行きとなり、処刑されます。そういう自由が利かない国家になると言うことです。

平成の30年は、日本では戦争は起きない平和な時代でした。
しかし、日本の周辺は中国に抑えられ、テロや紛争が続いた時代でした。

従って、新しい元号令和の時代は、1国平和主義を捨て、テロや紛争、戦争のない時代へと日本

もイニシアティブをとる時代と考えます。

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2019年4月22日 (月)

「マーキュリー通信」no.3695【平成時代30年を振り返って-10「失われた30年、別の解釈」 「マーキュリー通信」no.3695【平成時代30年を振り返って-10「失われた30年、別の解釈」】


平成時代の30年間は、三重野元日銀総裁のバブル潰しにより、産業界に大打撃を与えました。
バブル潰しなどしなくても、不動産バブルはいずれ沈静化していくのに、それを見誤った責任

は大きいです。
当時、西新宿の家賃が坪100万円、保証金が100ヶ月でした。1坪を借りるのに、1億円の保証金

は異常事態でした。三重野元日銀総裁のバブル潰しがなくても、私はいずれその反動が来ると

予想していました。

さて、平成時代の30年間は、政府の政策の失敗のため、デフレの時代でした。

サラリーマンの給与は増えませんでしたが、物価が安定していました。

平成時代は、高齢社会に向かっていたので、年金生活者にはありがたい時代でした。

バブル当時は諸外国と比べ物価高でしたが、物価が上がらなかったので、日本の物価は相対的

に安くなっていきました。

住宅費以外は物価が安く、相対的に暮らしやすい時代といえます。

政府のこれから最優先の課題は、相対的に高い住宅費をいかに安くするか、安くて良質な賃貸

住宅を供給していくことが求められます。

安い住宅を供給することで、実質可処分所得は増えたことになります。

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2019年4月21日 (日)

「マーキュリー通信」no.3694【平成時代30年を振り返って-9「護送船団方式の崩壊」】


平成時代の30年間に政府が管理する護送船団方式の業界の崩壊が顕著でした。

証券業界では山一証券が自主廃業し、その他証券会社も合併を余儀なくされました。

又、大手都市銀行、長期信用銀行も経営破綻し、昔の銀行名は皆消滅しました。

私も時々銀行の窓口に行きますが、まさにお役所を相手にしている感覚です。非常に非効率で

、高い銀行員の給与を果たして賄っているのかと思えるような窓口業務です。

大リストラを経て、経営的に立ち直ったと思える都銀ですが、今後はFintechの発達で、更に経

営統合を求められ、店舗閉鎖、そして消滅していく都銀が増えていくことが予想されます。

一方で私が在籍した三井物産を始めとする商社業界ですが、大手5社は社名も変えず、業態変革

し、激動の時代を乗り切ってきました。

私が三井物産を早期退職した頃の商社は氷河期の時代と言われ、大手の伊藤忠、丸紅ですら経

営危機と言われた時代でした。

かつてコミッションマーチャントと言われた商社でしたが、今や販売部門は分社化し、様々な

業界に対応した経営スタイルをとっています。

私が退職した当時の三井物産の税引後利益は300億円程度でしたが、現在はその10倍を稼ぐに至

りました。

これから新元号令和の時代を迎えますが、政府の規制と庇護の下にある業界は経営体質はいか

に脆弱かを身をもって実感した平成時代の30年間でした。

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2019年4月20日 (土)

「マーキュリー通信」no.3693【ワンポイントアップの仕事術-137「できなかったことができ 「マーキュリー通信」no.3693【ワンポイントアップの仕事術-137「できなかったことができる喜び」】


私の実家は調布で自転車屋を営んでいました。
両親がいなかったため、子供の頃はそちらで育てられました。
しかし、私は自転車が苦手で自転車に乗れず、コンプレックスを持っていました。

そんな或る日、近所のS子チャンが自転車に乗れるように助けてくれました。

最初は、S子ちゃんが荷台を抑えてくれて、乗っていました。自転車の大きさはは20インチでし

た。

それを何回か繰り返し、順調に走り始め、自転車に乗る恐怖がなくなりました。

頃合いを見計らって、S子チャンが荷台を放しました。私はそれに気付かず、自転車のペダルを

こぎ続けていました。

するとS子チャンが、「ノブオちゃん、一人で自転車に乗れてるよ!」と叫んでいる声が聞こえ

ました。

それ以来、自転車に一人で乗れるようになり、自転車に対するコンプレックスがなくなりまし

た。

今から丁度60年前の4月20日の事でした。その時の喜び、嬉しかった光景を今でもはっきりと覚

えています。

そして、S子チャンには感謝しています。

新卒で社会人になってから一つ一つ仕事を覚え、できるようになったとき、喜びに変わります

。その時、子供の頃に自転車に乗れた嬉しい感覚が蘇ってきます。その感触を今でも大切にし

ています。

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2019年4月19日 (金)

「マーキュリー通信」no.3692【平成時代30年を振り返って-8「消費増税が消費不況を招いて 「マーキュリー通信」no.3692【平成時代30年を振り返って-8「消費増税が消費不況を招いてきた】


平成元年に消費税3%が導入され、5%→8%に増税され、今年10月には10%への消費増税が予定

されています。

デフレの時代には消費増税すればその分消費が落ちます。
消費者の立場から見れば、10%の物価上昇です。
一方で、社会保障費を賄うために、頻繁に値上げしてきました。実質の増税です。
平成時代の30年間では、可処分所得が右肩下がりが続いています。

右肩上がりの高度成長の時代なら、消費増税分を賃金上昇が吸収し、消費不況には繋がりませ

ん。

従って、平成時代の30年間に消費増税を繰り返してきましたが、明らかに政策の失敗です。

政府のとるべき政策は消費税減税と規制緩和です。

医療、介護関連で政官財の利権構造で数兆円のムダがあります。

又、農業を始めとした補助金のばらまきも産業基盤を弱めてきました。

トランプ大統領は、減税と規制緩和を果敢に実行し、景気上昇を図っています。
当然、既存の利権構造を壊すことになるので、トランプ大統領に対する産業界の評価は良くあ

りません。

安倍首相もトランプ大統領を見習って、消費税減税と利権構造に大なたを振るえば、歴史に残

る名宰相となるでしょう。

昨日、自民党の萩生田幹事長代理が消費増税の先送り発言が飛び出しました。

3月28日のメルマガ「奇人変人の異見-332「そろそろ消費増税撤回の時期?」で触れましたが、

消費増税延期のいよいよ現実味を帯びてきました。

消費増税すれば消費不況は加速化し、景気は悪くなり、坂を転げ落ちることは明白です。
安倍首相も本心は消費増税はやりたくないと思います。

◆◆◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆◆◆◆

平成生まれの世代がおおよそ人口の4分の1を占めています。彼等は消費税がない時代を知りま

せん。

生まれてからずっと消費税が当たり前と思っている世代です。

消費税の税収はおよそ10兆円程度ですが、これが利権構造に使われていることが分かると国民

は怒りを覚えることでしょう。

政府のムダや利権構造を廃止すれば、消費税は不要となります。

その意味で、国民はもっと政治に関心を持つべきと思います。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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2019年4月17日 (水)

「マーキュリー通信」no.3691【平成時代30年を振り返って-7「男女雇用機会均等法の影響」】


私が創業したテレマーケティングの新会社㈱もしもしホットラインを設立した前年1986年に男

女雇用機会均等法が施行されました。

㈱もしもしホットラインの経営に、同法の趣旨を入れて、男女同一待遇同一賃金制度を導入し

ました。

あれから女性の雇用に関しては隔世の感があります。

当時、三井物産では女性は短大卒が中心で、男性の補助業務が主な仕事でした。
概ね3~5年仕事をして、寿退職するのが彼女たちの憧れでした。そして、多くの社内結婚が誕

生しました。毎年5月末に寿退職する彼女たちの嬉しそうな顔が目に浮かびます。そして、新姓

に変わるのも彼女たちの喜びの1つでした。

しかし、現在は女性も大卒中心で男性と同じ総合職です。そして、女性の管理職も多数誕生し

ています。
補助業務は、派遣会社からのスタッフで賄っています。

一方、男女雇用機会均等法の趣旨に則り、各職業の呼称も意図的に変えてきました。
スチュワーデスはCA(キャビンアテンダント)となり、味も素っ気もない呼称です。やはりス

チュワーデスの方が断然良いです。

看護婦も看護士の呼称が定着しました。しかし、やはり男性の看護士より女性の看護士の方が

男性の自分には歓迎です。


どうも私には行き過ぎのような感じがします。

女性の得意分野と男性の得意分野は本来違うわけで、わざわざ呼称を分ける必然性はないと思

います。

尚、男女どちらでも務まる職業、司法書士、行政書士、弁護士等は同一の呼称で良いと思いま

す。

この行き過ぎた呼称習慣を新元号令和の時代には元に戻してほしいものです。

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2019年4月15日 (月)

「マーキュリー通信」no.3690【平成時代30年を振り返って-6「隔世の感がする高齢者社会」 「マーキュリー通信」no.3690【平成時代30年を振り返って-6「隔世の感がする高齢者社会」】


私は来月古稀を迎えます。
私の子供の頃は、文字通り古稀は希な方でした。
事実、祖父は65歳で他界しましたが、頭はつるっぱげで貫禄がありました。
祖母は76歳で他界しましたが、長生きしたなあという感じでした。
祖母が60歳の時、私と一緒に撮った写真がありますが、本当におばあさんの印象でした。
しかし、今の60歳を見たとき、おばあさんの印象はないし、おばあさんと呼んだら叱られます

(^人 ^;)

次に私の親の世代は概ね70代半ばで他界していました。

しかし、我々団塊の世代は医療の発達で、更に寿命が延び、人生100年時代に向かってまっしぐ

らです。

街に出て人々を観察すると、高齢者がいかに多いか。
私も高齢者に入るのですが、まだまだ若手の部類に属しているようです。

事実、私が住むマンションには子供が非常に多いです。エレベーターで子供と同乗したときに

、「おじいさん」と呼ばれたことは一度もありません。皆、「おじさん」と呼びます。

平成時代が、昭和と比べ大きく異なる点は、高齢者の社会に確実になったことです。

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2019年4月14日 (日)

「マーキュリー通信」no.3689【平成時代30年を振り返って-5「少子化問題の真の原因は?」 「マーキュリー通信」no.3689【平成時代30年を振り返って-5「少子化問題の真の原因は?」】


2018年の出生数は更に前年を下回り92.1万人だそうです。

少子化の最大の原因は結婚する男女の比率が年々下がってきていることです。

「50歳の男女のうち結婚歴がない人の割合」を「生涯未婚率」と定義しています。
この数字が、平成2年(1990年)の調査以降、急増傾向にあります。
平成2年には、男性5.6%、女性4.3%と、差はほとんどありませんでした。

しかし、平成27年の国勢調査では50歳男性の23.4%、50歳女性の14.1%に一度も

結婚歴がありませんでした。

団塊の世代である私の時代では、男女とも結婚することが当たり前でした。
男性の適齢期は20代後半、女性の適齢期は20代前半でした。
私は30歳で結婚しましたが、当時では晩婚でした。

適齢期になると男女とも伴侶と求めて、婚活を始めます。
又、親を始め世間的にみっともないと思われていました。世間的なプレッシャーが婚活を後押

ししていました。

しかし今や世間的なプレッシャーがあまりないようです。

一方で、団塊の世代の子ども達の未婚化、非婚化が進んでいます。
それが少子化の原因ともなっているようです。

その原因の1つに私は日本国憲法の存在があると思います。

日本国憲法は、当時の米国占領軍GHQマッカーサー元帥の指示の基に、2週間で創られた臨時憲

法です。

マッカーサーは、日本を二度と米国に刃向かえない国造りを目指しました。

その1つに、戦前の家族主義を否定し、個人主義を重視しました。

日本人に自由を与え、個人主義の良さを吹聴してきました。

結婚をしなくても良い自由、子供を産まない自由、これが助長されていったように思います。

しかし、女性が子供を産まなくなったら国家は破滅の方向へと向かいます。

一方、我々団塊の世代では離婚は希でした。

しかし、今や3組に1組の割合で離婚する時代となって来ました。私の周りのも離婚経験者、そ

してシングルマザーが多数います。

新元号令和の時代には、自由には責任が伴うことをしっかりと国民に認識させることが大事と

思います。

出産が女性の最大の仕事であり、日本再生の切り札、日本民族維持の最重要の仕事であること

を政府の音頭で推進していくべきと考えます。

◆◆◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆◆◆◆

私の若い頃、30代の未婚男性をチョンガーと呼んでいました。
しかし、我々には差別意識は全くなかったのですが、チョンガーは朝鮮人に対する差別用語と

して最近は消滅したようです。

一方、30代の未婚女性を行かず後家と呼んでいました。これは明らかに差別用語なので、現在

では死語となっているようです。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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2019年4月13日 (土)

「マーキュリー通信」no.3688【平成時代30年を振り返って-4「災害列島日本」】


平成に入ってから大地震が3回も発生しています。

平成7年の阪神大震災
当時、私は江東区に住んでいたので、地盤の良い大塚のマンションの買い換えをしました。
入居は1年後でした。
しかし、その直後に阪神大震災が発生。
マンション1階部分がぐちゃっと潰れ、マンションに住む方が却って危険との風評が立ちまし

た。
この風評被害の為、江東区の我が家のマンションは売値は1700万円も値下がりしました。
この分、借金が残りました。

平成23年の東日本大震災
津波による死者(行方不明も含む)が2万人近く出ました。
地震による死者は出なかったのに、原発の風評被害がでて、原発の安全神話が崩壊しました。
第1次オイルショックの時には、エネルギー源の分散化の為に、石油以外のエネルギーとして

、原発にシフトしました。

この時、何か大問題が発生すると想定外として、東電の責任者は逃れました。しかし、津波に

耐える防潮堤を建設していれば被害は最小限に抑えられていたはずです。
これは人災でした。
又、当時の首相が菅首相だったのも不運でした。国のトップのリーダーシップがないと以下に

国民を不安に駆り立てるかを実感しました。

平成27年の熊本大地震。

更には、昨年は大阪の地震、北海道の大地震等。

今後首都圏に直下型地震が来る可能性は30年以内に70%だそうです。

そこで私は、23年間住んだ大塚のマンションを昨年売却しました。
今は、王子の賃貸マンションです。

不動産を所有することのリスクを実感した平成時代でもありました。

災害列島日本では、所有より借りることの方が賢明と認識しました。

それでも政府は景気浮揚のため、未だに持ち家を推進しています。

しかし、今後は良質な賃貸住宅の供給策にシフトすべきと考えます。

◆◆◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆◆◆◆

古来より、為政者が悪政を行うと天変地異が起こると言われ、事実天変地異が発生し、政権交

代の引き金となって来ました。

阪神大震災の時は、社会等の村山政権でした。
日本神道の神様は、神仏を軽視する、左翼政権に対する警告と理解していました。

左翼政権の菅首相が誕生したとき、私はメルマガで1年以内に天変地異が発生すると予測しま

した。その半年後に東日本大震災が発生しました。

科学万能時代では、これは迷信と片付けられそうですが、日本は古来から神の国。
来月から新元号令和となり、古の大切さを再発見する必要性があると思います。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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2019年4月12日 (金)

【ワンポイントアップの経営術-225「健康経営の重要性」】


私が主催するビジネス情報交換会で、昨夜(社)日本免疫研究会西沢頼母常務取締役の講演
がありました。

一人の社員が3ヶ月間病欠すると、300万円の経費がかかると言われています。

少子高齢社会がますます進み、2030年の労働人口は2015年比800万人も減少すると予測されてい

ます。
従って、労働者不足がますます顕著となります。特に人手不足の中小企業にとってはますます

重要となります。

今後、経営者は、「社員は会社の宝、自分の家族のように大切にしていく」経営が求められま

す。その為に健康経営が重要となります。

具体的には、会社サイドではセクハラ、パワハラ等のハラスメントの防止、そして長時間労働

の是正。

今月から「働き方改革」の一環として、残業時間の上限が設けられました。

しかし、ただ単に残業時間を減らすことではダメです。
その分、社員の給与が減ることになります。それを健康経営の為の諸施策に使っていくことが

求められます。

一方、社員も健康経営の重要性を認識し、自らも予防医療の実践を求められます。適度な運動

とバランスの取れた食事。当然、禁煙です。


社員はいずれ定年を迎えます。心身共に疲れ切ったまま定年を迎えれば、その延長線上には寝

たきり痴呆老人の増加に繋がります。

要するに、健康経営とは、社員の一生涯の健康を考えた諸施策と言えます。

参考文献:「健康経営」(金城実著 プレジデント社 1500円+消費税)

尚、(社)日本免疫研究会では、「健康経営」の著者金城実先生を招いて、健康経営の講演を

行っています。

又、メルマガ読者は、(社)日本免疫研究会(担当:西沢頼母常務取締役)に問い合わせれば

、Dr.セルフチェックの無料体験が受けられます。03-3941-1100

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2019年4月11日 (木)

「マーキュリー通信」no.3686【平成時代30年を振り返って-3「喫煙者天国の消滅」】


平成時代30年で大きく変わった1つに、喫煙者天国だった日本が消滅したことです。

25年前は、職場でも愛煙家が大手を振って部屋中に煙をばらまいていました。

私はたばこの煙が大の苦手で、たばこの煙から毎年喉を痛め、風邪を引いていました。

当時、三井物産でも受動喫煙が問題となり始め、人事部主催で愛煙家と非喫煙者がディスカッ

ションに参加し、討議されました。

その結果、人事部の出した結論が、「喫煙者のマナーに任せましょう」でした。

この結論に私は唖然としました。単に趣味嗜好の問題なら、本人の意思に任せれば良いわけで

す。しかし、現実に受動喫煙が周りの人に大きな被害を及ぼしていることに人事部が放置した

ことに憤りを感じました。

さて、あれから25年が過ぎ、会議室から灰皿がなくなり、たばこを吸わないことが習慣となり

ました。

一方、ファミレスでは分煙が常識となり、喫煙者にとって最後の聖地は居酒屋となりました。

私が居酒屋を選ぶ基準としては、まずたばこの煙が来ないか。これが最重要ポイントです。
次に、静かなこと。どんなに安くても、店内がうるさい飲み屋は敬遠します。
3番目に、料理がおいしいこと。
最後に料金がリーズナブルであることです。

東京オリンピックに向け、最後の聖地も完全分煙化されることを切に願います。

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2019年4月10日 (水)

「マーキュリー通信」no.3685【渋沢栄一翁が1万円札に登場!】


昨日、令和6年(2024年度)発行予定の新1万円札に渋沢栄一翁が登場することが発表されまし

た。

渋沢栄一翁は、幕末の1940年に深谷で生まれ、1931年91歳で大往生を遂げました。
幕末は徳川慶喜の家臣として、1867年パリ万博の視察に27歳で視察に行きました。
この経験が後の渋沢栄一の活躍のベースとなりました。

その間、500の会社の設立に関わりました。
第一国立銀行、東京海上、日本郵船、王子製紙、清水建設、東京電力、東京瓦斯、東京石川島

造船所、帝国ホテル他日本経済を支えてきた多数の会社の設立に関わってきました。

更には、私の母校である一橋大学、聖路加国際病院、日本赤十字社、東京商工会議所他多数の

非営利の法人の設立にも関わってきました。

この実績を評価され、日本の資本主義の父と評価されています。

渋沢栄一の資本主義のコンセプトは、「論語とそろばん」です。

企業は利益を追求しながら社会貢献も果たしていくことの重要性を説いていました。

まもなく新元号令和の時代を迎えますが、まさに渋沢栄一の「論語とそろばん」を採り入れて

欲しい。それが企業の長期的発展に繋がると思います。

私は常々日本の1万円札の顔として、渋沢栄一がふさわしいと思っていました。

母校の創立者としてこれまでも渋沢栄一翁を尊敬していました。
しかし、今後は新1万円札として登場することで、新時代令和にふさわしい企業経営に影響を及

ぼしていって欲しいと思います。

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2019年4月 9日 (火)

「マーキュリー通信」no.3684【健康は財産!誰でもできる超簡単健康法-221「ぎっくり腰治療 「マーキュリー通信」no.3684【健康は財産!誰でもできる超簡単健康法-221「ぎっくり腰治療には真向法最適」】


3日前にぎっくり腰になりました。

ベッドから立ち上がるのに、杖をついてやっと起き上がれる状態でした。

その後、真向法に取り組みました。
真向法は、仏教の座法を基に考案されたストレッチの1種で、4つのストレッチからなってお

り、非常にシンプルです。

一番目の座法は、両足の裏を合わせ、息を吐きながら前傾します。その時のポイントは、背筋

をピンとすることです。その為に、座布団を使って、姿勢を保ちます。これを10回やります。

2番目の座法は、両脚を閉じたまま、上半身を前掲します。これも10回繰り返します。
両脚を一遍に閉じるのが苦手な人は、片脚ずつやります。

3番目の座法は、開脚した後、上半身を前掲します。これも10回繰り返します。

これを3回繰り返します。
※2番目の座法の3回目は、両脚を閉じて行います。

その後、最後に4番目の座法、ひざを曲げたまま仰向けになります。
しかし、ぎっくり腰の時は、この座法は厳しいので、自重計に切り換えています。
自重計とは、ベッドやテーブルの上に、仰向けに寝て、背筋を伸ばすストレッチです。

この4つの真向法を終了すると、それまで杖をついて立ち上がっていたのに、杖無しで歩くこ

とができるようになりました。

今朝は、いつもの日課通り、階段の上り降りしました。
13階の我が家から1階まで降りて、18階まで1段おきに階段を上ります。そして、13階

の我が家まで戻ります。

今朝は風が強かったので、富士山がとてもきれいでした。

◆◆◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆◆◆◆

真っ向法は20年くらい前から始めたのですが、どうしても自己流に陥りがちで、余り改善が

見られませんでした。

そこで、3週間前に、渋谷にある真っ向法本部を訪ね、個別指導をお願いしました。

それから真っ向法を終了すると、脚の付け根が温かくになり、効果が一目瞭然で見えてきまし

た。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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2019年4月 8日 (月)

「マーキュリー通信」no.3683【平成時代30年を振り返って-2「IT革命3種の神器、が中小企業 「マーキュリー通信」no.3683【平成時代30年を振り返って-2「IT革命3種の神器、が中小企業、個人にも活躍の場を与えた」】

 

携帯電話サービスが始まったのが1987年(昭和62年)でした。2018年6月末現在、携帯電話の普

及台数は1億7千万台だそうです。一人1~2台を持つ時代となりました。

丁度その年、三井物産在籍中にテレマーケティングの新会社㈱もしもしホットラインを創業し

ました。

㈱もしもしホットラインは、通信の自由化の波に乗り、東証一部上場企業となり、年商1000億

円、従業員数3万人の大企業に成長しました。

㈱もしもしホットライン創業の10年後に私は三井物産を早期退職しました。

丁度その頃、これからインターネットが普及し、パソコンを単独で使うスタンドアローンの時

代から、インターネットを通じた端末機器になると言われていました。

そこで、私はNECノートパソコンValueStarを40万円で購入しました。同時に40万円支払ってパ

ソコンスクールに通い、時代に乗り遅れないよう自分に投資をしました。

商社マン時代、本支店間でテレックスをやりとりしていました。

そんな私にとり、インターネットを通じたe-メールのやりとりは、ごく自然に学ぶことができ

ました。
更に、ワード文書やExcelを添付して、相手に情報を送ることができるので、e-メールの便利さ

を実感しました。

尚、㈱もしもしホットライン在籍中は、まだパソコンではなく、ワープロ全盛の時代でした。
しかし、インターネットの普及に伴い、ワープロは市場から消えていきました。

IT革命3種の神器の登場により、ビル・ゲイツのマイクロソフトがIBMを凌ぐ巨大企業に成長し

ました。

一方で、現在はGAFA(Google, Apple,Facebook,Amazon)という巨大企業が誕生し、私たちの生

活に大きく関わっています。彼等もIT革命3種の神器の恩恵を受け、短期間で巨大企業になりま

した。

一方で、IT革命3種の神器は、私みたいな中小企業、そして個人事業主が活躍できる場を与えて

くれました。

IT革命3種の神器が、終身雇用制度を崩壊させたと一要因と言っても、過言ではないと思います。

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2019年4月 7日 (日)

「マーキュリー通信」no.3682【平成時代30年を振り返って-1「35年前、東京駅前にぺんぺん草が生えていた!」】

そろそろ平成の幕が閉じようとしています。
そこで、私の経験と感覚で捉えた「平成時代30年を振り返って」と題してメルマガを書きまし

た。

今から35年前にカナダから帰国し、東京駅前から丸の内、大手町のビル群が目に入ってきまし

た。赤煉瓦色の東京海上の超高層ビルが目立っていました。

それは背の低い古いビル群が圧倒的に多く、しかも駅前にぺんぺん草が生えていたのにはびっ

くりしました。
日本を代表する駅前がこれでは日本人の恥と瞬間的に感じました。

私はカナダのカルガリー市に3年半駐在していました。

当時のカルガリーは、人口60万都市でしたが、エネルギー関連のメジャー企業の超高速ビルが

林立していました。60階建てのビルはざらにありました。

又、私が在籍していた三井物産ビルは皇居の目の前に建っていたので、皇居に配慮して高さ制

限100メートルルールがあり、皇居の目の前にある建物は全て100メートル以下に抑えられてい

ました。

しかし、その後規制緩和が進み、超高層ビルの建設が可能となってきました。
容積率をこれまでの1000%から1300%に緩和し、空中権という新しい手法が採り入れられた結果

、大手町、丸の内界隈は超高層ビルの建設ラッシュが相次ぎ、同界隈は一新しました。

私が三井物産在籍中には、24階建ての三井物産本社ビルは偉容を誇っていました。しかし、周

りに超高層ビルが林立した為に、目立たなくなりました。

現在は取り壊されて、旧三井生命ビル、旧長銀の土地を一緒にした大規模複合開発を推進して

います。敷地2万㎡に建物の延床面積約36万m2、地上30階建てと41階建ての2つのビルが建設中

で、2020年2月に竣工予定です。

都内最大規模の都市再開発なので、来年2月の完成が今から楽しみです。

 

◆◆◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆◆◆◆

カナダのカルガリー市は冬はマイナス10~20度の極寒の地なので、超高層ビルとビルの間を繋

ぐスカイウォークが発達しています。

寒い真冬でも、滑りやすい道路を歩かずに、人々は安心してビルからビルへと移動できます。
各ビルにはレストラン街が併設されているので、昼休みには、各ビルのレストラン街で食事を

するのも楽しみの一つでした。

日本にもこの建設手法を採り入れれば、各ビルが有機性につながり、高層ビルの魅力が増して

いくことになります。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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2019年4月 6日 (土)

「マーキュリー通信」no.3681【今年は人種差別撤廃提言100周年の年】


今から100年前の1919年2月13日に、日本は国際連盟設立準備委員会で、世界に先駆けて人種差

別撤廃をパリで提言しました。

この提案に参加国の内、賛成17,反対11で可決される運びとなりました。

しかし、委員長を務めるウィルソン米国大統領が、「このような重要案件は全会一致で承認さ

れなければならない」と、これまでの前例を否定し、この提案を否決してしまいました。

当時、米国では黒人の人種差別が当然のごとく行われていました。
又、当時の世界は欧米による植民地支配全盛の時代で、白人以外は人間として認められていな

い時代だったので、日本の人種差別撤廃提言には否定的な空気でした。

日本はその当時から人種差別には否定的でした。
ドイツと三国軍事同盟を締結した後も、ヒットラーがユダヤ人大量虐殺した際にも、リトアニ

アの領事館に勤務していた杉原千畝がビザを発給して、多くのユダヤ人を救いました。
その時も、日本政府は人道的見地から杉原千畝を支援しました。

当時の日本は、日清、日露戦争で勝利し、更には第一次世界大戦でも戦勝国側につきました。

非白人である日本人の存在は、白人国家からだんだん煙たがられる存在となって来ました。

そして、だんだんと日本の首を締め上げるように欧米の風潮は切り替わっていきました。
その結果、貿易立国である日本にとって必要不可欠な石油資源の全面禁輸となり、日米開戦へ

と米国は誘導していきました。

平成がもうじき終わりますが、この時期に日本を中心とした近現代史の勉強を今しているとこ

ろです。

勉強の成果を読者の皆様にお届けできたら幸いです。

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2019年4月 5日 (金)

「マーキュリー通信」no.3680【ワンポイントアップの営業力-94「個人商店もそれなりに売る 「マーキュリー通信」no.3680【ワンポイントアップの営業力-94「個人商店もそれなりに売る努力をしないと・・・」】


昨日通りがかりに近所の豆腐屋が目に入ったので立ち寄りました。
店内は誰もいなかったのですが、「こんにちは!」と声を掛けたら、無愛想な顔をした70代女

性が出てきました。

街の豆腐屋ならおいしいだろうと思い、豆腐、揚げ豆腐、がんもどき、豆腐ハンバーグをしま

した。

これが夜の食事のおかずになりましたが、それほどぐっと来るモノはありませんでした。

特に豆腐は毎朝コープの豆腐を食べており、却ってコープの豆腐の方が美味でした。

更に、食後2時間後にトイレに駆け込みました。

街の豆腐屋なので、商品が売れずに傷んでいたのかも知れません。

これは単に推測ですが、顧客からそう思われたら、次は買わなくなります。

せっかく手作りの豆腐屋なのだから、消費者ニーズ、嗜好の変化に合わせて、顧客が喜ぶおい

しい豆腐づくりに励めば、もっと商売繁盛に繋がると思います。

その前に、もっとにこやかに元気な態度で接して欲しいと思います。これって商売の原点です

よ!

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2019年4月 4日 (木)

「マーキュリー通信」no.3679【生涯現役社会が日本を救う-85「見た目の若さを保つ努力をす 「マーキュリー通信」no.3679【生涯現役社会が日本を救う-85「見た目の若さを保つ努力をする」】


私は24年前から顔や手、髪の毛の手入れを毎日欠かさず実行しています。

石油系の肌に良くないものは止めたスキンケアをしています。

髪の毛は、石油系のトニック、ヘアリキッド、そしてシャンプー、リンスは使わず、ノンオイ

ル系のものを使っています。

石油系のモノは頭皮を傷めるので、脱毛や抜け毛の原因となるので控えています。

最近では、リンスはカラーリングのモノを使い、白髪が目立たないようにしています。

見た目の若さも大事です。
元気はつらつのアクティブシニアが増えていけば、世の中明るくなっていきます。
若い人が見て、「ああいうシニアになりたい」、そういうシニアになりたいと思っています。

昨日、東京ビッグサイトでAI展を訪ねました。

その中で、顔認識技術によりカメラで通行人の年齢を識別するデモをやっていました。

私も参加しました。すると私のAIによる年齢判定は56歳でした。
「私は70歳だから実年齢とずいぶん食い違うよ!」と感想を述べました。
すると、担当者が「お客様の顔は人間が見ても56歳です。70歳には到底見えません!」との回

答でしたv(^^)v

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2019年4月 2日 (火)

「マーキュリー通信」no.3678【「奇人変人の異見-333「新元号に思う」


昨日は新元号「令和」発表で日本列島はお祝いムードに包まれました。

中国の一帯一路戦略に基づく日本侵略が着々と進む中で、嫌中感情が高まっています。

そんな中、初めて万葉集から元号を採用したことは高く評価したいと思います。

「令」という文字の書き方を、マスコミではもっぱら「令」と発表しています。
しかし、冠の下に「マ」を書く文字と2通りあり、私は寧ろ後者の方で習ってきました。
しかし、ワープロ変換しても、後者の文字は出てきません。
従って、今後は「令」が主流となるでしょう。

さて、元号は皇室と密接に結びついていますが、教育の重要さを感じています。


私は70年安保世代です。

当時安保反対で学生運動が吹き荒れ、純粋な学生達は共産党や社会党の左翼勢力を真剣に支持

していました。私も同様でした。

その延長線上には、皇室軽視、象徴の天皇なら不要と思っている若者も多数いました。

しかし、社会人となり、世の中を知り、日本の歴史や文化伝統を知り、皇室の役割を知るに至

り、今では自分の無知さ加減を反省しています。

イチローが東京ドームで引退試合をした時、イチローは国旗に敬礼し、国家斉唱を誇りを持っ

て歌っていました。しかし、これに観客は多少違和感を感じたようです。

私も海外駐在経験して初めて、国旗と国歌の重要性を再認識しました。
そして、国旗と国歌を愛する教育こそ、皇室を敬い、元号は日本の文化と伝統の象徴なのだと

理解できるようになります。

新元号「令和」を単なる商売の道具として扱うのではなく、新元号「令和」を、日本人として

誇りに思い、大切に育てていく。そして、皇室を敬い、新天皇に恭順の意を示しながら、もり

立てていくことこそ、新時代を迎える我々国民のあるべき姿と思います。

◆◆◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆◆◆◆

新元号発表前に、私の所に某議員筋から新元号は「安始」との情報が流れてきました。
どうせガサネタだろうと思っていましたが、やはりその通りでした。

もし、「安始」なら安倍首相から始まる新しい治世となり、大きな物議を醸していたかも知れ

ません。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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2019年4月 1日 (月)

「マーキュリー通信」no.3677【ワンポイントアップの経営術-224「経営者、ビジネスパーソン 「マーキュリー通信」no.3677【ワンポイントアップの経営術-224「経営者、ビジネスパーソンにお奨めのテレ東2番組」】


毎週日曜日夜BSテレ東の下記2番組は経営者、ビジネスパーソンにこれからの時代のビジネス発

掘にお奨めの番組です。
各30分なので気楽に視聴できます。夜遅いので私の場合、録画して翌朝見ています。

22時24分「14歳からのスタートアップ」
22時54分「田村淳のビジネスベーシック」

今回の「14歳からのスタートアップ」は、20歳の女子大生の起業家。
フォーチュンボックス(謎の箱)の中に入れる商品を探して全国を飛び回る。今回は、日本産

のゴマを採り上げる。日本産のゴマの流通量は僅か0.1%。その希少性に注目。

「田村淳のビジネスベーシック」学生が提案した来日外国人向け古着レンタルビジネス。
 これに対しコメンテーターは、古着だけでなく、旅行中に外国人が楽しめる日本のグッズを

スマホで紹介すれば人気が出るとアドバイス。

来日外国人が多数訪れているのでこのビジネスは今後大きく成長しそうです。

◆◆◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆◆◆◆

本日11日に新しい元号が発表されます。楽しみですね。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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