「マーキュリー通信」no.4100【ワンポイントアップの経営術-251「経営の神様 稲盛和夫の利他の経営学に学ぶ-3」】
稲盛語録で私が3番目に響いた言葉は、「利他という徳は困難を打ち破り、成功を呼ぶ強い原動力となる」です。
稲盛和夫さんが創業した第二電電は、私が三井物産在職中に創業したテレマーケティングの新会社株式会社もしもしホットラインが一番お世話になった企業です。
稲盛和夫さんの直弟子だった千本倖生専務には大変お世話になりました。今回のプレジデント誌にも千本さんの記事が掲載されていました。
私は、もしもしホットライン創業時に使命感と4つの誓いを作成しました。
4つの誓いの1番目に、
「私たちはお客様を大切にし、お客様から信頼されるよう絶えず心がけます」を掲げました。これを毎朝始業時に社員全員が唱和しています。
その精神は利他です。
当時のテレマーケティング業界はコスト競争でした。いかにクライアントに低コストでカスタマーセンターを受注するかでしのぎを削っていました。
その為に、マルチクライアント制といって、一人のオペレーターが複数の企業を担当してコストダウンを計っていました。
これに対抗して、もしもしホットラインではシングルクライアントシングルルーム制をとりました。
コストより質を重視したカスタマーセンター作りでした。当然業務委託料は高くなります。
具体的には、一人のマーケッターが1企業の専任となります。時間の経過と共に、学習効果が働き、お客様企業のかゆいところまで手が届くようになります。
なお、もしもしホットラインでは、オペレーターと言わず、マーケッターという呼称にしました。エンドユーザーの声を直接聴けるので、毎月マーケット情報としてまとめ、お客様企業にレポートしています。エンドユーザーの生の声として高く評価されました。マーケターをマーケッターとしたのは、マーケターだと「負けた」と聞こえるので、敢えてマーケッターと「ツ」を入れました。
また、もしもしホットラインではクライアントとか顧客という用語の代わりにお客様企業という呼び方をしています。この用語は、現在でも株主短信等引き継がれて使用されています。
もう1つ、そのお客様企業専用の部屋で専用のマーケッターが担当するので、お客様企業の機密保持が守られます。
当時は、顧客の機密保持は今ほど厳しくありませんでした。それを時代に先駆けて導入しました。
もしもしホットライン創業時には、幾多の困難と出逢いました。しかし、利他の精神がお客様企業との信頼関係を構築し、もしもしホットラインを業界大手へと成長させていった原動力の1つになったと確信しています。
使命感と4つの誓いは現在も始業時に社員全員が唱和し、私の精神的遺産として受け継がれているようです。
| 固定リンク | 0
« 「マーキュリー通信」no.4099【ワンポイントアップの経営術-250「経営の神様 稲盛和夫の利他の経営学に学ぶ-2」】 | トップページ | 「マーキュリー通信」no.4101【生涯現役社会が日本を救う-108「東京都の80歳以上人口、100万人突破!」】 »
コメント