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2021年8月15日 (日)

「マーキュリー通信」no.4416【ワンポイントアップの幸福力-31「笑顔には幸福が寄ってくる」】


本日は76回目の終戦記念日。
日本死守のために尊い命を捧げて散っていった英霊の御霊に対し、現在の自分たちがあるのは、彼らのおかげと心より感謝申し上げます。
早く天皇陛下、そして国のトップである総理大臣が政治色抜きに普通に英霊の御霊を供養する時期が来ることを祈ります。

さて、この頃になると思い出すのが 1985年(昭和60年)8月12日に群馬県南部にある御巣鷹山に墜落した日航ジャンボジェットの大事故です。亡くなられた520名の方のご冥福をお祈り申し上げます。

その中の一人に、九ちゃんこと坂本九がいました。
私は坂本九が一番好きな歌手でありタレント、そして人間的にも尊敬していました。

九チャンの笑顔は天下一品、あの笑顔に触れると心が和みます。そんな笑顔の九チャンのところに多くのファンや人々が集まってきます。人々を幸福にする力、比類まれな幸福力をもっていたと思います。

坂本九は、1941年(昭和16年)12月10日 に誕生したので、今年80歳になります。
九チャンのデビューは、1961年(昭和36年)7月21日、大手町にある産経ホールのコンサート会場でした。当時19歳、その年の12月で20歳になる年でした。

そのコンサートには、江利チエミ、森山加代子、水原弘、加山雄三、ザ・ピーナッツ他そうそうたるメンバーが登場しました。

あれから丁度60年経ちました。しかし、60年前のコンサートで歌われた歌の内、大ヒットし、今でも歌い継がれている歌は「上を向いて歩こう」ただ1曲です。

「上を向いて歩こう」は、永六輔と中村八代の六八コンビが作った作品でした。
デビューの時、九チャンは意味不明な歌い方、「ウーフエホムーフヒテー」で歌ったので、六八コンビを始め、大人達の大ひんしゅくを買いました。
そして、誰もがヒットするとは思っていませんでした。

その後、テレビのバラエティ番組「夢で会いましょう!」に登場すると、ニキビで愛くるしい笑顔がお茶の間に受け、アッと言う間に人気者となりました。

1963年は「上を向いて歩こう」が世界的大ヒットとなる年でした。

米国のラジオ局の音楽番組を聞いていた女子高校生がディスクジョッキーに「上を向いて歩こう」のレコードを送りました。

その番組で紹介されるとあっという間に人気となり、米国音楽の2大番組ビルボードとキャッシュボックスで3週連続第1位に輝きました。歌の名前は「上を向いて歩こう」ではなく、日本人に人気の食べ物「SUKIYAKI」となりました。

その前年、ビートルズが英国リバプールで誕生しました。
ビートルズは米国進出を狙っていましたが、「SUKIYAKI」の人気の影に進出を阻まれてしまいました。

逆に、米国で大ヒットした「SUKIYAKI」が英国、フランス、ドイツと欧州、さらにはイスラエル他ラジオ局のある国、ほとんどで紹介され、世界的大ヒットという快挙となりました。

後にも先にも、日本の歌で世界的に大ヒットした曲は、「SUKIYAKI」そして「上を向いて歩こう」以外ありません。

私が好きな歌は「上を向いて歩こう」、「見上げてごらん夜の星」、そして遺作となった「心の瞳」です。この3曲を歌うとき、九チャンを思い出し、思わず嗚咽が止まらなくなってしまいます。

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