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2021年8月19日 (木)

「マーキュリー通信」no.4421【シニアとシングルマザー、ファーザー用シェアハウス「ユートピア館」の建設-11「シニアの知恵と経験を活かす」】


本日は祖母の誕生日です。明治26年生まれなので、今年数えで130歳になります。

私は、5歳で母が病死、その翌年父が家出してしまいました。
10年後に父は家出から戻ってきますが、その間、小学校1年生から高校2年生まで、祖母が母親代わりに育ててくれました。

祖母は私のセーターを編んで作ってくれました。しかし、その頃私は育ち盛りでしたから、小さくなったセーターを一旦ほぐしました。その時、私は毛糸の輪に両腕を通し、セーターをほぐす手伝いをしました。
毛糸に戻してから、今度は毛糸を足して、私の体に合ったセーターを編みなおしてくれました。
祖母から、モノを大切にすることを学びました。

また、祖母は質素倹約家でした。

私の金銭哲学は質素倹約ですから、祖母の教えがしっかりと生きています。

さて、ユートピア館ではシニアの知恵や経験を子や孫の世界に活かし、それを継承していくことも考えています。

祖母は私にとって理想の「おばあちゃん」でした。

そんな祖母の優しさ、温もりをユートピア館で活かせたら思っています。


◆◆◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆◆◆◆

高校2年生の時、父親が家出から帰ってきました。

祖母の家は調布で自転車店を営んでいました。
伯父さん夫婦には子供がいなかったので、私は将来養子となり、跡継ぎすることになりました。

しかし、父が家出から帰ってきたので、私の跡継ぎの話はなくなりました。

祖母は、父のいる前で「のぶお、これからどうするの?」と聞いたので、
私は、「血が繋がっているので一緒に住むしかない」と応えました。

すると祖母は激怒し、父に向かって「私ののぶおを奪うのか!」と言って、父を両手で叩き始めました。祖母としては、我が子同様に育てた可愛い孫を奪われたという気持ちが強かったのだと思います。

55年前の事ですが、今でもその時の出来事を鮮明に覚えています。そして、祖母の辛い気持ちに思いを巡らせると、涙が止めどもなく流れてきます。


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