「マーキュリー通信」no.4501【ワンポイントアップの思考力-26「秀吉は、当時世界侵略を進めるイベリア勢力を撃退した救世主だった!」】
歴史学者皇學館大学文学部教授松浦光修(まつうら みつのぶ)氏の動画「大東亜400年戦争の歴史」を視聴し、目から鱗でした。
これまで私も含め多くの日本人は、秀吉は、最晩年判断力が衰え、無謀な朝鮮出兵を2度まで実行し、結局失敗に終わったというのが通説ではないでしょうか。
16世紀の当時、欧州が大航海時代と称して全世界を植民地支配していった時代でした。
当時、イベリア勢力(スペイン、ポルトガル)も、宗教、交易をセットにアジアアフリカ、南北大陸を植民地化していきました。
当然日本も彼らの植民地の版図に入っていました。
スペイン、ポルトガル両国は、まだ植民地支配していない日本の争奪戦を巡って当時のローマ法王に仲裁を頼みました。
ローマ法王の裁定は、西日本をポルトガル、東日本をスペインが領有しても良いとのことでした。
ローマ法王が、両国の世界侵略に加担していたとは驚きであり、それが当時の世界常識だったわけです。
当時スペインはフィリピンを侵略し、次は日本侵略を企てていました。
両国は日本に入国し、キリスト教の布教を開始しました。
一方で、日本人男女を奴隷として奴隷船に積み込み、本国に持ち帰っていました。奴隷なので荷物同様の扱いで、食糧もろくに与えなかったので、多数の死者が出ました。
秀吉は長崎視察の際に、現地からその情報を入手しました。
これに怒った秀吉は、伴天連追放令を発しました。
そして、スペイン国王に国書を送りました。
「もし、日本神道を貴国で普及し、貴国民を奴隷として日本に持ち帰ったら貴殿はどう感じるか?日本国王として、これから朝鮮出兵をして、フィリピン人を解放する。私にとってそれは赤子の手をひねるようにいとたやすいことだ」
この国書を見てスペイン国王は驚愕し、日本侵略を諦めました。
実は、信長の頃から世界情勢を把握し、世界は植民地時代に入っているという情報をつかんでいました。
しかし、信長は交易を優先したため、キリスト教の布教は大目にみていました。
信長はイベリア勢力に対抗するために、明国まで派兵する構想を持っていたようです。秀吉の朝鮮出兵は、信長の遺志を継いだものと言えます。
この情報は家康へと引き継がれていきました。
徳川幕府は、3代将軍家光の時代に鎖国政策へと転換しました。
鎖国というとマイナスのイメージです。
しかし、当時のイベリア勢力は、現代の中国がウィグル人を大虐殺していると同様現地人を人間とも思わず、婦女暴行はもちろん現地人の皮を八つ裂きにするとか、これがクリスチャンなのかと思えない残忍な殺し方をしました。その数1500万人と言われています。
こんな野蛮人から日本国民を守ろうと思うのはごく自然のことといえます。
しかし、平和な徳川幕府の時代に、西洋では武器の開発が進み、軍事力では日本を大きく上回ることになりました。
開国を迫ってきたペリーの似顔絵はまさに野蛮人そのものでした。
当時尊皇攘夷運動がにわかに起こりましたが、外国の軍事力を知らない日本人にとってはやむを得ないことと言えます。
冒頭に戻り、徳川260年の太平の世を謳歌できたのも、秀吉の野蛮人撃退が大きな成果となっていたことを改めて認識しました。
最後に欧米人は人種差別の下に世界侵略を果たしてきた。一方、日本人は人種差別はせず、平和を重んじる国民だという再認識を持つに至りました。
そのような日本人に生まれてつくづく良かったと思うと同時に、先祖に対する誇りを持つことができます。
◆◆◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆◆◆◆
昨日のメルマガで夫婦別姓制度に賛成する意見を募りましたが、誰もいませんでした。逆に夫婦別姓制度は家族の崩壊に繋がるから絶対反対の意見が来ました。
毎週、体のメンテの為に近くの整骨院に通っていますが、30代後半の整体師に夫婦別姓の意見を聴いてみました。彼はどちらでも良いとの回答でした。
私から、「もし両親が別姓になると子どもが困惑することになるけれど、それでも夫婦別姓はどう考えますか?」と聞いたところ、「それは嫌です。うちは夫婦別姓制度が採用されても、別姓は名乗らないでしょう」との回答。
つまり多くの日本人は夫婦別姓制度にあまり関心がないようです。マスコミが騒ぎ立て、そういう流れを演出していると思っています。
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