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2022年1月12日 (水)

「マーキュリー通信」no.4563【人生に勝利する方程式-263「ミスタータイガース レジェンド 掛布雅之の"凡人”から”天才打者”変身秘話」】


阪神ファンには永久に記憶に残っている1985年3番バース、4番掛布、5番岡田の3連続バックスクリーン行きの3連続本塁打。

そのミスタータイガース掛布雅之は、73年ドラフト第6位で阪神に入団しました。入団時の身長は170cm弱、体重68kgだったので、周囲からもそして本人も期待されていませんでした。
掛布の入団動機は、「このまま大学進学したらそれなりに一応活躍はできるかも知れない。となると一生涯野球に未練を残す人生となってしまう。その為に、体力も体格も圧倒的に勝るプロの洗礼を受け、大好きな野球に別れを告げ、未練を残さないため」だったそうです。

しかし、中途半端が嫌いな掛布は、バットの素振りを死ぬほどやったそうです。手にはまめができました。そのまめが固まり、さらにその上にまめができる。これを称して掛布は「まめを育てる」という言葉を使いました。このまめが手になじんで打てるようになったそうです。

その努力の甲斐あって、入団3年目にレギュラーの座をつかみました。

しかし、掛布に大きな転機が訪れたのが入団7年目の1979年のことでした。
4番打者田淵幸一が西武にトレードされることになりました。

ホームラン打者が抜けた穴を誰が埋めるのか。
そこで掛布はホームラン打者を目指すことを誓います。

ボールを叩く位置を5mm下にして、バットを当てます。打法を変えることで、小さな体の掛布でも飛距離が出ました。
さらに甲子園球場に吹く浜風を利用しました。この風は左打者には有利でした。これも利用してホームラン数を増やしていきました。

その結果、掛布は33歳で引退する15年間で3度のホームラン王のタイトルに輝きました。

レジェンド掛布から学ぶこと。
努力精進を積み重ねていくことで、平凡な人間でも成功できる。
もう1つは、成功する為に工夫に工夫を重ねること。

掛布は、プロ野球選手は孤高な者「一人に強くあれ」と思っていたそうです。
しかし、1985年阪神優勝時、吉田監督の胴上げ後、選手会長の川藤の提案で掛布を胴上げしたそうです。

その時、掛布は「野球は皆でやるモノだ」と認識を改めたそうです。

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