「マーキュリー通信」no.5073【人ワンポイントアップの人間力-195「先祖に感謝する」】
今朝の朝6読書会は、「出雲王国とヤマト政権」(富士林雅樹著、大元出版)を基にした日本民族の誕生物語でした。
決して、史実として認められた内容ではないですが、日本人の先祖のルーツがどこにあるかを探る意味では興味深い知的な旅でした。
今から4000~5500年前頃、インドのドラヴィタ族はアーリア人の侵攻を受け、民族の移動が始まります。
ずっとインドアジア大陸を北東に進み、現在の青森県にたどり着きました。
当時ドラヴィタ族は、鉄器を道具として使っており,良質な鉄資源のある出雲地方にたどり着いたそうです。
インド人はヒンズー教徒ですが、ヒンズー教は太陽信仰と多神教、自然崇拝、日本の神道と似ているところがあります。ヒンズー教と神道が先祖の部分で繋がっているかも知れないと思うと興味深いです。
インドといえば第2次世界大戦の激戦地インパール作戦が思い出されます。
「インパール作戦」は、1944年、当時イギリスが支配していたインド北東部の攻略を目指して旧日本軍が進軍し、激しい戦闘や食料不足などにより、インド国内だけで3万人に上る日本兵が亡くなった戦いです。 日本では第2次世界大戦中、最も過酷で無謀な戦いとして知られています。
私の父も兵士として南方戦線に駆り出されました。ただ、戦争体験は、父にとっても辛い思い出だったのでほとんど語ることはありませんでした。
戦争から帰国したとき、多くの兵士が死んだため、結婚適齢期の男性が極端に少なく、男一人に対しトラック1台分の女性がいて、男性はよりどりみどりと語っていました。
政府の「産めよ!増やせ!」の大号令の下、日本の歴史上一番子供が産まれた時代といえます。この頃、昭和22~24年の3年間に800万人以上の赤ちゃんが誕生しています。いわゆる団塊の世代です。これがその後日本の政治経済社会情勢に大きな影響を与えていくことになります。
私も団塊の世代の1人、昭和24年5月に菅谷家の長男として産まれました。
その頃は戦争の傷跡はかなり少なくなっていました。
当時、調布市に住んでいましたが、街中で手足を失った兵隊を時折見かけました。
しかし、まだまだ貧しい時代でした。
私は磁石でくず鉄を集めると5円になるので、そのお金を持って近所の駄菓子屋に駄菓子を買いに行きました。現在の貨幣価値にすると100円程度です。
当時は傷病兵士のことを可哀想にくらいしか思えませんでした。
しかし、今思うと、この人達のおかげで現在の私たちがあるのだと感謝の念が湧いてきます。
その感謝の念を伝える為に、毎年8月15日には靖国神社を参拝し、御霊の供養に出かけます。
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