「マーキュリー通信」no.5242【人生100年時代をぴんぴんころりで楽しく生きる法-128「眼鏡を外す」】
私は子供の頃から目が悪く、小学校の時からいつも一番前の席に座っていました。
3年生の時、時計の時間を読む問題が出されました。
私は黒板に書いた文字が良く読めませんでした。そのため、その学期の通信簿は初めて「3」という屈辱を味わいました。
そこで、調布市国領にある慈恵医大に通い、目の治療をしたのですが、視力は上がらず、結局眼鏡をかけることになりました。
小学生の頃は、必要の時だけメガネをかけていたので、視力は悪くなりませんでした。
しかし、中学生になると眼鏡を常用するようになりました。
すると眼鏡の度はどんどん上がっていきました。
しかし、度を上げるにも限界があり、20歳頃から遠くを見る度の強い眼鏡と近くを見る弱い眼鏡を併用し、現在に至っています。
しかし、度の強い眼鏡をかけても、矯正視力は0.4程度までしか上がりませんでした。
そんな私にとって、27歳の時にソフトコンタクトレンズの装用を開始しました。その時視力が1.0まで上がり、私にとっては救世主的存在でした。
さて、眼鏡やコンタクトレンズに頼っていてもいけないと思い、眼鏡やコンタクトレンズに頼らない時間もとるようにしています。
毎朝、階段登降していますが、その時は眼鏡外しています。
今では裸眼視力が0.01から0.02まで上がりました。
一番近くの小さな文字を見るときは裸眼で見るようにしています。
加齢とともに何でも頼るようにすると、自力で生活する力が弱まると思い、いろいろと自助努力をする工夫をしています。
眼鏡を外す習慣もその1つです。
◆◆◆◆◆◆追記◆◆◆◆◆◆◆
小学校3年の通信簿に、「この子の将来は有望である」と書いてありました。担任小泉明先生が、算数が3になって落ち込んでいる私を励ますつもりで書いたのでしょうか。今でもそれが人生の励みの1つになっています。
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