「マーキュリー通信」no.5628【ワンポイントアップの感謝力-60「昭和天皇の武蔵野陵を訪ねて」】
昨日は昭和天皇の命日の日でした。ご存命なら124歳になられ、丁度第124代天皇と重なるのですね。
昨年に続き、昨日も高尾の浅川金刀比羅神社の池田珠生宮司のアレンジでツアーに参加しました。
今年は、戦後80年、昭和100年の年に当たります。
昭和天皇の武蔵野陵の墓前で、昭和天皇の遺訓を偲び、感謝の想いを捧げさせて頂きました。
昭和天皇のご聖断のおかげで、原爆投下は2発ですみました。
米国は、日本及び日本人を壊滅させるつもりでいたので、ご聖断のおかげで日本民族滅亡を免れることができました。
有名な8月15日の玉音放送は、「耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び、それをもって万国の未来、子々孫々のために、太平の世への一歩を踏み出したいと思う」の一節しかマスコミは報道しないので、大半の国民はその部分しか覚えていません。
しかし、全文を読んでみると、陛下の真摯な想いが国民に伝わってきます。
最重要部分は、大東亜戦争は、日本のための侵略戦争では断じてない。
米英に宣戦布告したのも、日本の独立自尊と東アジア全域の安定の為である。
それは天照大神以来の遺訓として陛下も自ら心がけてきた。
しかしながら敵国は原爆を2発投下し、罪のない一般国民まで惨禍に巻き込んだ。
これ以上戦えば、日本民族滅亡を招くことになる。
これまで戦争惨禍に巻き込まれた兵士、一般国民に多数の犠牲者を出したことは、五臓六腑を引き裂かれる想いである。
皇祖伝来の我が国をこのような状態にしてしまった懺悔の想いが詔書から伝わってきます。
それらの想いが「耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び」の一言に集約されています。
陛下のご心情に触れた時、私も含め参加者の大半は涙を流したことと思います。
そして、この詔書は陛下の遺書ともとれます。
その証拠に、敗戦直後、陛下がGHQマッカーサー元帥と面談した時、陛下は「世の命は構わない。国民の命だけは救って欲しい」と身命を賭して嘆願されました。
マッカーサー元帥は、陛下の真摯なお姿に感動され、陛下の処刑を断念しました。諸外国では、国王は国民そっちのけで真っ先に自分の命の延命を願います。
当時、米国内では7割の米国民が陛下の処刑を望んでいました。
さらに、陛下は全国行脚をマッカーサー元帥に申し出ました。
その時、マッカーサー元帥は、そんなことしたら国民から袋だたきに遭い、最悪暗殺されると思ったのですが、許可しました。
陛下は全国行脚に出かけました。石を投げられるどころか、国民は陛下を熱烈な歓迎で迎えました。
そして、これが戦後奇跡の復興を遂げた日本人の魂の原動力となりました。
天皇の想いとは裏腹に、戦後GHQは自虐史観を植え付け、日本帝国は諸外国を侵略した悪い國のレッテルを貼りました。
戦後50周年の村山談話では、「侵略戦争」と位置づけました。
次の戦後70周年の安倍談話でも「侵略戦争」を踏襲しました。
今年は戦後80年の節目です。
為政者は、終戦時の陛下の詔書をしっかりと読み、自虐史観から抜け出して欲しいと思います。
昨日は、マスコミの取材がないのが残念でした。
マスコミも、謝った自虐史観の流布を止め、日本国の真の国益の為の本来のマスコミの使命に目覚めて欲しいです。
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