経済・政治・国際

2019年4月30日 (火)

「マーキュリー通信」no.3700【ありがとう平成、さようなら平成】


本日は平成最後の日です。

朝から雨です。私はこの雨をお清めの雨、そして慈雨と思っています。

平成時代30年間は本当に災害が多い年でした。

平成から令和に変わる中で、世の中はお祝いムード一色です。

しかし、本日はそんな浮かれたムードを一掃して、天皇陛下と共に平成の時代を振り返ってみ

ると、そこはまさに天皇陛下と皇后陛下の祈りの歴史でもありました。

天皇陛下の一番の仕事は祈ることです。国民の安寧と国家の繁栄を祈ることです。それを神武

天皇以来皇紀2700年ずっと祈り続けてきました。

最近は天皇陛下と皇后陛下のお二人の過去のビデオに接する機会が多いです。
お二人は被災地に向かい、国民に寄り添い、慈悲の心で接してきました。

天皇陛下は、昭和天皇の後を引き継ぎ、敗戦の心の傷跡を負った国民を全国に巡幸してきまし

た。

天皇陛下は、4つの日を大切にしているそうです。

1つ目は、8月6日広島原爆投下の日、
2つ目は、8月9日長崎原爆投下の日、
3つ目は、8月15日終戦の日、
そして、4つ目は6月23日、沖縄戦終了の日

沖縄での両軍及び民間人を合わせた地上戦中の戦没者は20万人とされています。

昭和天皇が諸般の事情で沖縄訪問ができませんでした。

天皇陛下はそれが心残りでした。皇太子の時から沖縄訪問され、全部で11回もご訪問されたそ

うです。

最初は沖縄県民の間にも天皇陛下に対する戦争責任を始めとするわだかまりがあったそうです

。第1回目のご訪問の時は、火炎瓶を投げられるという事件まで起きました。
しかし、天皇陛下は県民の批判を受け止め、天皇陛下の県民に真正面から向き合う姿を目の当

たりしてきて、県民の態度は軟化し、今はそのわだかまりも拭い去られたそうです。

天皇陛下には権力はありません。しかし、天照大神を神と仰ぎ、祈る存在である日本神道の長

としての権威があります。

国民の統合の象徴として見事その重責を果たされてきた陛下に心から頭が下がる想いです。そ

してお疲れ様でした。

◆◆◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆◆◆◆

マスコミは天皇の退位と呼んでいますが、これは譲位の間違いです。あくまでも現在の皇太子

である徳仁親王殿下に天皇の座を譲位される訳です。

産経新聞はその点譲位という正しい用語をつかっていました。さすが、保守本流のクオリティ

ペーパーと思います。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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2019年4月25日 (木)

「マーキュリー通信」no.3698【平成時代30年を振り返って-13「昭和の世は遠くなりにけり」】 】】


以前、「明治の世は遠くなりにけり」という台詞がありました。
これを現代風に言うならば、「昭和の世は遠くなりにけり」を実感しています。

昭和の世は大きく分けると、戦前と戦後に分かれます。

私は戦後の世代で、「戦争を知らない子ども達」が歌が流行った時代です。

昭和の時代も、前半が高度成長期でテレビ、冷蔵庫、洗濯機を3種の神器と呼び、まだまだモ

ノが不足していた時代から、後半はモノが充足された時代に分かれます。

昭和の時代は、アナログの時代、平成の時代はデジタル、ITの時代といえます。

何でもそろっている現代の生活と昭和時代の生活と比べれば、現在の方が圧倒的に快適です。

子供の頃は、特に冬が寒くて、あかぎれやしもやけに悩まされました。

私の子供の頃は電話が普及していない時代でした。

それでも私は昭和の時代の方が好きです。

まだまだ戦後の廃墟から立ち上がり、米国に追いつけ追い越せと活気のある時代でした。明る

い未来が描ける時代でした。

そしてもう1つ大きな違いが大家族の時代でした。

大半の家庭にはおじいちゃん、おばあちゃんがいて、おじいちゃん、おばあちゃんが緩やかな

家庭の絆を保っていました。潤滑油となっていました。
私がイメージするのはサザエさん一家です。あの暖かみのある家庭です。

平成の時代にはそれが失われ、核家族の時代となってしまいました。

新元号令和の時代には、是非大家族の時代を復活して欲しいと思います。

それが超高齢者社会が抱える様々な課題を克服する一つの鍵になると思います。

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2019年4月24日 (水)

「マーキュリー通信」no.3697【平成時代30年を振り返って-12「無神論者だった自分が、宗教 「マーキュリー通信」no.3697【平成時代30年を振り返って-12「無神論者だった自分が、宗教の大切さを学び、自己成長していった30年間」】



戦後の米国占領軍GHQの占領方針の1つに、戦前の日本の精神的支柱であった神道、教育勅語を

抹殺し、精神的に骨抜きにすることにありました。

又、戦前非合法だった共産党を認め、左翼の日教組も認めました。この占領政策が今日まで色

濃く影響しています。

多くの日本人は平気で無神論を唱えることに、何の違和感を覚えません。
私もその一人でした。むしろ宗教に頼るのは精神的に弱い人間と思っていました。自分は宗教

など頼らなくても充分強く生きていけると自負していました。

そんな自分に昭和63年に異業種交流会で出会った日本生命の法人部長S氏から幸福の科学を紹

介されました。
当時の幸福の科学は、真理の学習団体でした。
本来好奇心旺盛の私は幸福の科学の創始者大川隆法師の書籍「太陽の法」「黄金の法」「永遠

の法」の基本3部作を奨められ読みました。

そこには人類の誕生秘話、有史以来の人類の歴史、そしてあの世の次元構造等これまでの常識

を打ち破るものであり、私にとって全て新鮮に映りました。
そして、その翌年の平成元年に幸福の科学に入会しました。
幸福の科学は、その後平成3年に宗教法人として正式認定されました。

幸福の科学に入会して丁度30年が経ちます。

基本3部作を出版した頃の大川隆法師は30代前半でした。
同書の内容は人智を遙かに超えているものです。大川隆法師は、その後30年間に一人で25

00冊以上の本を出版し、30年前の内容と全くぶれるところがありません。説法の数も20

00回以上で、毎回原稿無しでぶっつけ本番で公演するという離れ業です。

その間幸福の科学の発展過程を見てきましたが、今では世界100ヶ国以上に布教所がありま

す。

一方で、幸福実現党という政党を10年前に立ち上げ、中学から大学までの一貫校幸福の科学

学園~Happy Science Universityを設立しました。

30年余りの期間でこれだけのことをやり遂げること自体やはり人智を超えるものです。

そして、私自身の人生観も変わりました。

幸福の科学に出会う前の私は世間的に出世し、広いマイホームに住み、多くの仲間と一緒に楽

しい人生を過ごすことを夢見ていました。

しかし、今の自分は幸福の科学の教えを基に、「活私豊幸」=「自分を活かしながら人生の途

上で出会った人々をいかに豊かに幸福にできる人間でありたい」 という行動哲学で生きていま

す。

人間は、永遠の輪廻転生の中でこの世とあの世を生まれ変わりながら魂の向上を目指す存在な

のだということに気付きました。

そして、本当の自分にも出会いました。本当の自分に忠実で生きていくことがぶれない自分を

作っていくということも学びました。

そして、世のため人のために生きながら生涯現役人生を全うしたいと思っています。

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2019年4月23日 (火)

「マーキュリー通信」no.3696【平成時代30年を振り返って-11「中国の経済発展と軍事的脅威」】


1971年のニクソン米国大統領の訪中により、米中の国交は正常化しました。
その後、1972年に日中平和条約を締結し、日本はODAを通じ、中国の経済発展に大きな貢献をし

てきました。

米国も日本も中国が経済発展をすれば、共産主義を捨て、民主国家の仲間入りをすると信じて

いました。

その1つのメルクマールが平成元年(1989年)に起きた天安門事件でした。
鄧小平の時代に、民主化を叫ぶ学生に対し、弾圧し、多数の死傷者を出しました。

本来この事件の時に、日本も米国も中国の民主化は難しいことに気付くべきでした。

しかし、政経分離政策の下、日本政府は相変わらず中国の経済発展に寄与してきました。

その結果、平成19年(2007年)に中国はGDP10兆ドルとなり、日本のGDPを抜き、それ以降引き

離される一方です。

平成24年(2012年)に習近平政権が誕生し、一帯一路政策の下、中国の軍事的脅威は現実的な

ものとなってきました。

にもかかわらず相変わらず平和ぼけの日本は一帯一路政策に協力する姿勢を見せています。

中国の国家戦略は、台湾併合、その前後に尖閣諸島と沖縄侵略です。

ここを抑えられたら中東原油を始め、食糧他重要物資を運ぶシーレーンを中国に牛耳られ、日

本は中国の従属国家となります。
従属国家になるということは、例えば私がメルマガでこのようなことを書いたら、私は刑務所

行きとなり、処刑されます。そういう自由が利かない国家になると言うことです。

平成の30年は、日本では戦争は起きない平和な時代でした。
しかし、日本の周辺は中国に抑えられ、テロや紛争が続いた時代でした。

従って、新しい元号令和の時代は、1国平和主義を捨て、テロや紛争、戦争のない時代へと日本

もイニシアティブをとる時代と考えます。

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2019年4月22日 (月)

「マーキュリー通信」no.3695【平成時代30年を振り返って-10「失われた30年、別の解釈」 「マーキュリー通信」no.3695【平成時代30年を振り返って-10「失われた30年、別の解釈」】


平成時代の30年間は、三重野元日銀総裁のバブル潰しにより、産業界に大打撃を与えました。
バブル潰しなどしなくても、不動産バブルはいずれ沈静化していくのに、それを見誤った責任

は大きいです。
当時、西新宿の家賃が坪100万円、保証金が100ヶ月でした。1坪を借りるのに、1億円の保証金

は異常事態でした。三重野元日銀総裁のバブル潰しがなくても、私はいずれその反動が来ると

予想していました。

さて、平成時代の30年間は、政府の政策の失敗のため、デフレの時代でした。

サラリーマンの給与は増えませんでしたが、物価が安定していました。

平成時代は、高齢社会に向かっていたので、年金生活者にはありがたい時代でした。

バブル当時は諸外国と比べ物価高でしたが、物価が上がらなかったので、日本の物価は相対的

に安くなっていきました。

住宅費以外は物価が安く、相対的に暮らしやすい時代といえます。

政府のこれから最優先の課題は、相対的に高い住宅費をいかに安くするか、安くて良質な賃貸

住宅を供給していくことが求められます。

安い住宅を供給することで、実質可処分所得は増えたことになります。

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2019年4月21日 (日)

「マーキュリー通信」no.3694【平成時代30年を振り返って-9「護送船団方式の崩壊」】


平成時代の30年間に政府が管理する護送船団方式の業界の崩壊が顕著でした。

証券業界では山一証券が自主廃業し、その他証券会社も合併を余儀なくされました。

又、大手都市銀行、長期信用銀行も経営破綻し、昔の銀行名は皆消滅しました。

私も時々銀行の窓口に行きますが、まさにお役所を相手にしている感覚です。非常に非効率で

、高い銀行員の給与を果たして賄っているのかと思えるような窓口業務です。

大リストラを経て、経営的に立ち直ったと思える都銀ですが、今後はFintechの発達で、更に経

営統合を求められ、店舗閉鎖、そして消滅していく都銀が増えていくことが予想されます。

一方で私が在籍した三井物産を始めとする商社業界ですが、大手5社は社名も変えず、業態変革

し、激動の時代を乗り切ってきました。

私が三井物産を早期退職した頃の商社は氷河期の時代と言われ、大手の伊藤忠、丸紅ですら経

営危機と言われた時代でした。

かつてコミッションマーチャントと言われた商社でしたが、今や販売部門は分社化し、様々な

業界に対応した経営スタイルをとっています。

私が退職した当時の三井物産の税引後利益は300億円程度でしたが、現在はその10倍を稼ぐに至

りました。

これから新元号令和の時代を迎えますが、政府の規制と庇護の下にある業界は経営体質はいか

に脆弱かを身をもって実感した平成時代の30年間でした。

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2019年4月19日 (金)

「マーキュリー通信」no.3692【平成時代30年を振り返って-8「消費増税が消費不況を招いて 「マーキュリー通信」no.3692【平成時代30年を振り返って-8「消費増税が消費不況を招いてきた】


平成元年に消費税3%が導入され、5%→8%に増税され、今年10月には10%への消費増税が予定

されています。

デフレの時代には消費増税すればその分消費が落ちます。
消費者の立場から見れば、10%の物価上昇です。
一方で、社会保障費を賄うために、頻繁に値上げしてきました。実質の増税です。
平成時代の30年間では、可処分所得が右肩下がりが続いています。

右肩上がりの高度成長の時代なら、消費増税分を賃金上昇が吸収し、消費不況には繋がりませ

ん。

従って、平成時代の30年間に消費増税を繰り返してきましたが、明らかに政策の失敗です。

政府のとるべき政策は消費税減税と規制緩和です。

医療、介護関連で政官財の利権構造で数兆円のムダがあります。

又、農業を始めとした補助金のばらまきも産業基盤を弱めてきました。

トランプ大統領は、減税と規制緩和を果敢に実行し、景気上昇を図っています。
当然、既存の利権構造を壊すことになるので、トランプ大統領に対する産業界の評価は良くあ

りません。

安倍首相もトランプ大統領を見習って、消費税減税と利権構造に大なたを振るえば、歴史に残

る名宰相となるでしょう。

昨日、自民党の萩生田幹事長代理が消費増税の先送り発言が飛び出しました。

3月28日のメルマガ「奇人変人の異見-332「そろそろ消費増税撤回の時期?」で触れましたが、

消費増税延期のいよいよ現実味を帯びてきました。

消費増税すれば消費不況は加速化し、景気は悪くなり、坂を転げ落ちることは明白です。
安倍首相も本心は消費増税はやりたくないと思います。

◆◆◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆◆◆◆

平成生まれの世代がおおよそ人口の4分の1を占めています。彼等は消費税がない時代を知りま

せん。

生まれてからずっと消費税が当たり前と思っている世代です。

消費税の税収はおよそ10兆円程度ですが、これが利権構造に使われていることが分かると国民

は怒りを覚えることでしょう。

政府のムダや利権構造を廃止すれば、消費税は不要となります。

その意味で、国民はもっと政治に関心を持つべきと思います。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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2019年4月17日 (水)

「マーキュリー通信」no.3691【平成時代30年を振り返って-7「男女雇用機会均等法の影響」】


私が創業したテレマーケティングの新会社㈱もしもしホットラインを設立した前年1986年に男

女雇用機会均等法が施行されました。

㈱もしもしホットラインの経営に、同法の趣旨を入れて、男女同一待遇同一賃金制度を導入し

ました。

あれから女性の雇用に関しては隔世の感があります。

当時、三井物産では女性は短大卒が中心で、男性の補助業務が主な仕事でした。
概ね3~5年仕事をして、寿退職するのが彼女たちの憧れでした。そして、多くの社内結婚が誕

生しました。毎年5月末に寿退職する彼女たちの嬉しそうな顔が目に浮かびます。そして、新姓

に変わるのも彼女たちの喜びの1つでした。

しかし、現在は女性も大卒中心で男性と同じ総合職です。そして、女性の管理職も多数誕生し

ています。
補助業務は、派遣会社からのスタッフで賄っています。

一方、男女雇用機会均等法の趣旨に則り、各職業の呼称も意図的に変えてきました。
スチュワーデスはCA(キャビンアテンダント)となり、味も素っ気もない呼称です。やはりス

チュワーデスの方が断然良いです。

看護婦も看護士の呼称が定着しました。しかし、やはり男性の看護士より女性の看護士の方が

男性の自分には歓迎です。


どうも私には行き過ぎのような感じがします。

女性の得意分野と男性の得意分野は本来違うわけで、わざわざ呼称を分ける必然性はないと思

います。

尚、男女どちらでも務まる職業、司法書士、行政書士、弁護士等は同一の呼称で良いと思いま

す。

この行き過ぎた呼称習慣を新元号令和の時代には元に戻してほしいものです。

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2019年4月15日 (月)

「マーキュリー通信」no.3690【平成時代30年を振り返って-6「隔世の感がする高齢者社会」 「マーキュリー通信」no.3690【平成時代30年を振り返って-6「隔世の感がする高齢者社会」】


私は来月古稀を迎えます。
私の子供の頃は、文字通り古稀は希な方でした。
事実、祖父は65歳で他界しましたが、頭はつるっぱげで貫禄がありました。
祖母は76歳で他界しましたが、長生きしたなあという感じでした。
祖母が60歳の時、私と一緒に撮った写真がありますが、本当におばあさんの印象でした。
しかし、今の60歳を見たとき、おばあさんの印象はないし、おばあさんと呼んだら叱られます

(^人 ^;)

次に私の親の世代は概ね70代半ばで他界していました。

しかし、我々団塊の世代は医療の発達で、更に寿命が延び、人生100年時代に向かってまっしぐ

らです。

街に出て人々を観察すると、高齢者がいかに多いか。
私も高齢者に入るのですが、まだまだ若手の部類に属しているようです。

事実、私が住むマンションには子供が非常に多いです。エレベーターで子供と同乗したときに

、「おじいさん」と呼ばれたことは一度もありません。皆、「おじさん」と呼びます。

平成時代が、昭和と比べ大きく異なる点は、高齢者の社会に確実になったことです。

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2019年4月14日 (日)

「マーキュリー通信」no.3689【平成時代30年を振り返って-5「少子化問題の真の原因は?」 「マーキュリー通信」no.3689【平成時代30年を振り返って-5「少子化問題の真の原因は?」】


2018年の出生数は更に前年を下回り92.1万人だそうです。

少子化の最大の原因は結婚する男女の比率が年々下がってきていることです。

「50歳の男女のうち結婚歴がない人の割合」を「生涯未婚率」と定義しています。
この数字が、平成2年(1990年)の調査以降、急増傾向にあります。
平成2年には、男性5.6%、女性4.3%と、差はほとんどありませんでした。

しかし、平成27年の国勢調査では50歳男性の23.4%、50歳女性の14.1%に一度も

結婚歴がありませんでした。

団塊の世代である私の時代では、男女とも結婚することが当たり前でした。
男性の適齢期は20代後半、女性の適齢期は20代前半でした。
私は30歳で結婚しましたが、当時では晩婚でした。

適齢期になると男女とも伴侶と求めて、婚活を始めます。
又、親を始め世間的にみっともないと思われていました。世間的なプレッシャーが婚活を後押

ししていました。

しかし今や世間的なプレッシャーがあまりないようです。

一方で、団塊の世代の子ども達の未婚化、非婚化が進んでいます。
それが少子化の原因ともなっているようです。

その原因の1つに私は日本国憲法の存在があると思います。

日本国憲法は、当時の米国占領軍GHQマッカーサー元帥の指示の基に、2週間で創られた臨時憲

法です。

マッカーサーは、日本を二度と米国に刃向かえない国造りを目指しました。

その1つに、戦前の家族主義を否定し、個人主義を重視しました。

日本人に自由を与え、個人主義の良さを吹聴してきました。

結婚をしなくても良い自由、子供を産まない自由、これが助長されていったように思います。

しかし、女性が子供を産まなくなったら国家は破滅の方向へと向かいます。

一方、我々団塊の世代では離婚は希でした。

しかし、今や3組に1組の割合で離婚する時代となって来ました。私の周りのも離婚経験者、そ

してシングルマザーが多数います。

新元号令和の時代には、自由には責任が伴うことをしっかりと国民に認識させることが大事と

思います。

出産が女性の最大の仕事であり、日本再生の切り札、日本民族維持の最重要の仕事であること

を政府の音頭で推進していくべきと考えます。

◆◆◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆◆◆◆

私の若い頃、30代の未婚男性をチョンガーと呼んでいました。
しかし、我々には差別意識は全くなかったのですが、チョンガーは朝鮮人に対する差別用語と

して最近は消滅したようです。

一方、30代の未婚女性を行かず後家と呼んでいました。これは明らかに差別用語なので、現在

では死語となっているようです。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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