3月11日に東日本大震災から丁度10年です。時の経つのは早いものです。
明治の物理学者で地震学者の寺田寅彦は随筆集「天災と日本人」で次の様に語っています。
古来日本人は、自然と共に生きてきました。
自然災害の恐ろしさを身をもって経験してきました。
そこで集落を形成するとき、自然災害の影響を受けない場所を選んできました。
しかし、文明の発達と共に、いつの間にか日本人は自然の驚異を忘れてしまったようです。
1896年(明治29年)に、マグニチュード8.2~8.5の巨大地震が三陸地方が発生し、38.2メートルの津波が集落を襲い、甚大な被害をもたらした。これを明治三陸地震と呼びました。
甚大な被害があったにもかかわらず根本的な対策をしないまま、その37年後にまたマグニチュード8.1の巨大地震が三陸地方を襲い、28.7メートルの津波が発生し、地元集落に甚大な被害をもたらしました。
寺田寅彦は、この2つの地震を経験しています。
しかし、日本が地震大国であることには間違いないし、いつ大地震が発生してもおかしくありません。
被災した人々はその傷跡を心にもトラウマとして一生抱えて生きていきます。
しかし、大多数の被災経験のない日本人は、自分事として捉えていません。
26年前に発生した阪神大震災の記憶は多くの人々の記憶から消え、風化しています。
10年前に発生した東日本大震災もかなり記憶から消えようとしています。
東日本大震災では、最大40.1メートルの巨大津波が発生しました。
もし、東京電力が明治三陸地震の巨大津波38.1メートルの事実を基に、原発を40メートル以上の高台に建設するか、防潮堤を設けていれば、甚大な被害と多数の死者は出ませんでした。
その意味では、東日本大震災は、人災であり、原発建設を許可した政府とコストを優先した東電の責任は重大といえます。
私は10年前に被災地を訪ねました。松島、石巻、気仙沼の惨状、津波でぐちゃぐちゃにされ、海岸近くで積み上がっている無数の自動車を見ました。廃墟となってしまった家屋の悲惨も目にしました。その惨状は今でも脳裏に焼き付いています。
この原発事故を機に、原発稼働に急ブレーキがかかりました。
しかし、重要なことは、現在稼働している地震と津波の被害を担保しているかどうかを国民に情報公開して、国民を安心させることです。
原発は現在でも重要な電源の1つであり、脱炭素化を進める政府としては、なおさら原発は重要です。そのことを国民に周知徹底させることこそ、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」日本国民に対する政府の責任と言えます。
昨日のメルマガでは、「既に起こった未来」を書きました。
地震こそ、まさに「既に起こった未来」が当てはまります。
既に首都圏直下型地震が来た場合のシミュレーションはできています。
そのシミュレーションに基づき、具体的にどのような対策を打っているか、また実行中なのかを適宜国民に情報公開すべきと思います。そのことで、国民に注意を喚起し、大地震への備えをするように訴えたら良いと思います。
下記は過去の大地震をマグニチュードの大きさで順位を調べたものです。
因みに阪神大震災は7.3だったので、10位以内に入っていません。
従って、マグニチュードと震度とは必ずしも参考にはなりません。
規模が大きい地震(日本周辺)
順位 名称 発生日 規模 (M)
1 東北地方太平洋沖地震(東日本大震災) 2011年3月11日 9.0
2 オホーツク海深発地震 2013年5月24日 8.3
3 千島列島沖地震 (2007年) 2007年1月13日 8.2
北海道東方沖地震 1994年10月4日
十勝沖地震 (1952年) 1952年3月4日
明治三陸地震 1896年6月15日
7 小笠原諸島西方沖地震 (2015年) 2015年5月30日 8.1
択捉島沖地震 (1963年) 1963年10月13日
択捉島沖地震 (1958年) 1958年11月7日
昭和三陸地震 1933年3月3日
◆◆◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆◆◆◆
メルマガ読者向けの異業種交流会「ビジネス情報交換会」を3月11日に行います。
当日は、10年前を偲び、反省をしながら、会を進行したいと思います。
地震の日にちなみ、当日はNPO法人日本耐震防災事業団小口悦央理事長に耐震防災の重要性を説いていただき、また、耐震防災関連の商材の説明をすることになっています。一人でも多くのご参加をお待ちしています 。
受付 18時 開始18時15分~20時15分 その後、オンライン飲み会
ミーティングID 930 182 2900 ミーティングパスコード DEC3377
また、「ビジネス情報交換会」では、これまで剰余金58万円を得ましたので、それを熊本の大地震始め、台風等被災地の人に義援金として41万円を寄付してきました。
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