「マーキュリー通信」no.6238【戦後最大のフェイクニュース、ピカドンは投下されなかった!】
「マーキュリー通信」no.6238【戦後最大のフェイクニュース、ピカドンは投下されなかった!】
本日は広島市に原爆投下された日です。
多くの犠牲者のご冥福をお祈りします。
戦後80年以上経過し、米国が機密文書の開示を始めました。
その中で、終戦直前の1945年5月、原爆に関する最高諮問会議で、原爆の完成は、1949年以降になるとの報告を発表しました。
この度、機密文書の開示を受けて、膨大な資料を基に、近現代史研究家林千勝氏が「広島、長崎 悲劇の正体 米国史上、最も不都合な真実」(経営科学出版)を出版しました。
当時の政府関係者、軍部も原爆との認識はなく、新型兵器の認識でした。
8月6日のマスコミ報道も、「新型兵器により広島市が大きな被害」との報道でした。
もし、原爆が投下されていたら、爆心地は草木1本生えていません。
ところが草木は生えているし、多くの建物は残っていました。
原爆記念館のドームとなっている建物にも原爆の被害を受けていますが、原爆記念館で保存されています。
明らかに自己矛盾なのですが、来館者は原爆投下されたドームを観て、不思議に思わないのもおかしな話ですね。
爆心地の死者数も数100名程度でしたが、原爆投下されたら大半の広島市民は亡くなっています。
広島市役所の資料によると、当日爆心地から1km以内の1万人近い被害者の内、重傷者は3千人強となっており、死者は記録されていません。
被爆者と思われる人に聞いても、原爆被害と思っていないそうで、事実放射線物質は検出されていません。
皆、毒ガスと思っていたようです。
原子爆弾の正体は、マグネシウム、毒ガス、ナパーム弾等と分かっています。
しかし、米国から箝口令が敷かれ、その後政府、広島市、マスコミは原爆報道に一斉に切り替えて、今日に至っています。
当時、公式調査団が放射線物質を調べに行きましたが、放射線物質は検出されませんでした。
原爆投下されたら、広島市は半世紀は復興はできないと思われていましたが、予想に反して広島は中国地方の中核都市として発展しています。
同書には、膨大な資料と写真が掲載されており、原爆投下はなかった証明がぎっしりと詰まっています。
それではなぜ米国はそんな嘘をついたのでしょうか。
1942年9月フランクリン・ルーズベルト大統領を最高責任者として、日本人皆殺し作戦としてマンハッタン計画がスタートしました。
日本人が大嫌いだったルーズベルト大統領は真珠湾攻撃をしかけました。その結果、反日感情が一氣にわき上がりました。
にっくきジャップを皆殺しにせよ。それが当時の米国民の対日感情でした。その中核が原爆でした。
原爆開発には膨大な税金が投入されていたので、米国民の感情を抑えるために、1日も早く原爆投下の実行が迫られていました。
また、戦後の世界支配を考えていた米国は、核兵器開発に全力投球中のソ連よりも先に原爆完成が焦燥の急務でした。
本日も原爆投下追悼式典が挙行されると思います。
しかし、放射能で汚染されたことで広島市民は言われなく差別に苦しんできました。
そろそろ日米政府は、原爆は虚構だったと共同声明を発表し、広島市民の苦悩から解放する時期が来たと考えます。
◆◆◆◆◆◆追記◆◆◆◆◆◆◆
小学校の同級生に広島君という苗字の子がいました。
彼は周囲から「原爆!原爆!」といじめられていたので、苗字を長尾姓に替えました。
◆◆◆◆◆◆追記◆◆◆◆◆◆◆
2024年のノーベル平和賞が、被爆者による全国組織である日本被団協(日本原水爆被害者団体協議会)でした。
私も1国民として核兵器のない平和な世界を切に望みます。
しかし、隣には中露、北朝鮮という核兵器を持つ独裁国家の脅威が存在します。
現実的には、核兵器なしでは、日本の平和を守ることは厳しいと考えざるを得ません。
戦後、米国の核の傘の下で、平和は維持されてきました。
しかし、白人至上主義の米国は、日本封じ込め作戦を着々と進めています。
超円安を背景に日本企業の買収が加速化しています。
日本企業を絞るだけ搾り取ったら後は捨てられる危険性があります。
ナショナリストのトランプ大統領の就任期間中に、トランプ大統領の力を借りながら、早く独立自主路線を進めるのが急務と考えます。
◆◆◆◆◆◆追記◆◆◆◆◆◆◆
8月15日(土)18時半から、林千勝氏が音頭をとり、靖国神社参拝後、皇居をちょうちん行列が行われます。
皆様のご参加をお待ちしています。
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