人生の新発見

2010年8月 1日 (日)

「マーキュリー通信」no.1455【人生の新発見-16「本当の自分」という切り口で自分の人生を俯瞰してみると】

004 毎日多忙なビジネス活動を送っていると、時々心の充電を欲します。日々の生活を充実させるための、新たな活力源、エネルギー源が必要となってきます。

多忙な毎日を送っていると、自分自身の人生軌道がずれてくることもあります。新たな生きる力を得て、世の中により積極的に貢献していくことのできる自分であり続けるために、私自身時々瞑想して、霊的パワーの充電を心がけています。

7月30日~8月1日2泊3日で幸福の科学日光精舎で、八正道+三正道の研修を受けてきました。

今回は「本当の自分」という切り口で自分の人生を俯瞰してみました。

社会人としていろいろな経験を積む中に、本来自分の持っている良い部分を見失いがちになります。肩書き、名誉、収入等この世的なものに振り回されている中に、だんだんと偽物の自分が仮面を覆うようになって来ます。

「本当の自分」とは、そのような偽物の自分から決別し、本来持っている自分の良さ、真実の自己のことを指します。
「本当の自分」を知ることで、人生の「心の主役」となることができます。

014 私の場合、「本当の自分」を以前の八正道研修で発見することができました。それは魂の根っこの部分の「純粋性」ということです。

「魂の純粋性」から、屈託なく明るい性格も見えてきます。しかし、これが行き過ぎると、鈍感、更には人の気持ちが良く理解できない事にもなります。

又、正義感も強く、これが行き過ぎると、協調性に欠けてきます。

本当の自分を知りながら、人生という道程を、うまくハンドルさばきをしながら進んでいくと、「心の主役」となりながら、人生を送ることができます。

自分の人生で、様々な事件や事故、出来事に遭遇してきましたが、その都度、「本当の自分」がどのような反応を示したかを俯瞰するのも興味深いです。俯瞰するとは、丁度山のてっぺんから自分の人生を眺める感じです。この「魂の純粋性」の切り口で、自分の生涯を俯瞰してみると、新たな発見がありました。

人は生まれる前に、自分の人生計画を立てると言われます。私の場合、他人と比べずいぶんと変わった人生計画です。
多分それは私の性格、他人と同じ事をするのを好まない性格から来ているものと思います。

私が5歳の時に母親は病死し、父はそのショックで私が1年生の時に家出をします。1歳下の妹と私は母の実家に引き取られ、祖母が母親代わりに育てることになります。

母の死は、私に大きな影響を与えます。母親の愛情を余り受けなかったため、母親が理想の女性像となります。

私の育った環境からして、不良になっても良かったのですが、不良にならなかったのは、祖母の教育、そして、周りの友人から親がいないことを理由にいじめられなかったことが挙げられます。その意味では、祖母や友人には感謝しています。

少年時代の私は、本当の自分の通り、明るくのびのびと屈託なく過ごしました。

008 中学生(調布中学)になると個性が出てきます。誰とでもつきあう性格、面倒見の良い性格が出てきます。
そのせいか、中学3年の時は、ほぼ全員からの投票で学級委員長に選ばれました。
しかし、高校受験に失敗します。初めての挫折を味わいます。

この挫折をバネに、大学受験は高校2年(都立神代高校)から全力投球します。
志望校は一橋大学商学部です。将来「世界を股にかけるビジネスマンになりたい」と思ったからです。

丁度その頃、高校2年生の時に、父親が家出から戻ります。その時の父親は、着の身着のままの格好で、ブルーカラーで日焼けしていました。所持金も殆どありませんでした。

そこから妹と親子3人の貧乏暮らしが始まりました。大学受験は浪人する余裕がなかったので背水の陣で臨みました。
幸い第1志望の一橋大学商学部に現役で合格できました。

この時、目標を設定し、その目標に向かい努力精進すれば成功できるという人生哲学が確立し、現在まで続いています。

そして、高校2年生の時に抱いた希望通り三井物産に就職できました。

三井物産就職後も、「世界を股にかけるビジネスマンになりたい」との思いが強かったので、語学の勉強に力を入れ、社内の英語のグレードを取得しました。
そして、31歳の時に、望みが叶い、石炭部北米研修員、続いてカナダ三井物産と転勤しました。
ここで、自分の夢である「世界を股にかけるビジネスマンになりたい」という希望は叶いました。

しかし、石炭部を始め鉄鋼の商売は接待が多く、ここで「本当の自分である魂の純粋性」との葛藤に悩み、三井物産を辞めるかどうか悩んでいました。

そんな時、中曽根内閣の時代に、電電公社が民営化し、NTTとなりました。三井物産でもこの流れを受け、1984年4月に情報産業部門を設立しました。
そこで私は当時のカナダ三井物産社長に情報産業部門への異動を直訴しました。
もし、ダメなら三井物産を辞める覚悟でいましたが、承認され、晴れて情報産業部門に1986年11月末に異動することができました。

情報産業部門異動後初の大仕事が、テレマーケティングの新会社もしもしホットラインの創業でした。

この時私の才能が一気に開花した時期でした。

もしもしホットラインで成功を買われ、その後情報通信事業部の新規事業の責任者に抜擢されたのですが、ここでは失敗の連続でした。

この時の私は人生で一番嫌いな自分でした。失敗したから嫌いなのではなく、この時期、もしもしホットラインの成功で、自信過剰になっていました。

005 八正道の2番目の反省項目に正思があります。正思では、心の3毒である貪瞋癡をみていきます。貪(とん)とは貪りの心、瞋(じん)とは怒り、癡(ち)とは愚かな心ですが、この頃の私は愚かな自分そのものでした。だから人生で一番嫌いな自分で、失敗するのも当然でした。

その後、「魂の純粋性」との葛藤が始まります。当時の上司の考え方について行けず、その結果97年に三井物産を退職することになります。
もちろん三井物産退職の理由は、それ以外にもたくさんありますが、この「魂の純粋性」が影響していたことも事実です。

三井物産を退職して13年経ちますが、「魂の自由」を獲得した自分は、「本当の自分」をコントロールしながら人生を生きてきましたが、その間成功も失敗もたくさん経験してきました。

失敗が多いのは多数チャレンジするからですが、その都度大きな学びを得ました。失敗の原因の大半は、先ほどの貪瞋癡の癡、愚かな心の部分です。

つまり、私自身いつも他人の為にお役に立とういう気持ちを持っているのですが、その部分を結果として悪用されてしまうことになるわけです。相手の我を増長させてしまう、脇が甘かったということになります。

このように自分の人生を、「本当の自分」という切り口から俯瞰してみることで、又新たな発見をすることができました。

八正道研修が終わった後は、身も心もさっぱりとして、エネルギーを充電できた感じです。

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2007年6月26日 (火)

「マーキュリー通信」no.665【人生の新発見-15「生きている自分」から「生かされている自分」を知る】

  これまでの自分は、人生目標を設定し、その目標達成に向け、努力精進し、目標達成による喜びと自己成長の喜びを感じてきました。そして、その瞬間瞬間で「生きている自分」というもの感じてきました。
 しかし、60年近い人生を生きてきて、最近は「生かされている自分」というものも感じるようになってきました。
 「ありとあらゆる現象、喜びも悲しみも、苦しみも憂いも、いろいろなことが、この世にはあるけれども、すべてものが、実は私の生命というものを生かしめるためにある大いなる教材なのだ。そういう大いなる教育の場なのだ」ということを感じるようになってきました。
 「この世ということの意味を知る。この世が何故あるのか、私が何故ここに今生きているのか、いかにして生まれ、いかにしてこの世を去っていくのか」そんなようなことを考え始めると、実は自分自身が「大いなるものに生かされている」ということに少しずつ感じるようになってきました。
大いなるものとは、人間を創った造物主といっても良いですし、神仏といっても良いかもしれません。
 そして、私が生まれ、生き、死んであの世に還る。そして、又、生まれ、生き、死んであの世に還る。こういう転生輪廻の過程の流れの中で、本当の自分に出会い、更には他の人の人生をも理解し、自分と他人とが同時代の同期生として魂修行をしているという現実をおぼろげながら理解できるようになってきました。
 そしてその時、「永遠の今」を垣間見ることができます。「永遠の今」を垣間見ることができればできるほど、「生かされている自分」を知るようになります。私自身まだその入り口に立った段階ですが、「人生の新発見」ともいえ、感動の瞬間でもあります。

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2007年5月 6日 (日)

「マーキュリー通信」no.632【人生の新発見-14「自分の人生の色調を観る】

0046   「止観瞑想」の中で、「真実の自己」を発見しました。私の場合、「真実の自己」とは「魂の純粋性」です。「魂の純粋性」の為に、正義感が強く、これが出過ぎると自己主張が強くなり、協調性にも欠けてきます。

「魂の純粋性」であるが故に、人から頼まれるといやといえない性格であり、騙されたことも多々ありました。子供の頃から「他人の喜びは我が喜び」としてきました。
中学3年生の時に、放課後居残ってクラスメイトに高校受験の指導などもしたことがあります。そして、クラスメイトが志望校に合格すると一緒に喜びました。しかし、自分自身高校受験を失敗するという間抜けでお人好しなこともやっています。
又、絶えず「使命感」をベースに人生を送ってきました。その使命感に対し、絶えず目標を立て、それに向かって努力精進してきました。そして、「人生即努力」「努力即幸福」という人生哲学に到達しました。

生まれてからこれまでの自分の人生を振り返り、自分の人生の色調を観ると「魂の純粋性」に首尾一貫して彩られていることに気づきました。
そして、「人生即努力」「努力即幸福」の延長線上に、「自分自身のこれまで培ってきた経験を世のため人のために思い切り活かしたい」というのが、自分自身の「思いの根底の部分」にあります。そして、その時には「最高の自己の完成に向かい努力精進し、最高の自己を神仏の下に差し出したい」と念っています。0054

一方、今回の「止観瞑想」を通じ、私自身過去世で修行僧をやっていたであろうし、商人をやったり、戦国時代小さな城の城主として采配を揮っていたのではないか。又、かつては米国、カナダで開拓者精神を発揮していたこともあるのではないかと過去世にも思いを馳せました。そして、その時永遠の人生の一こまをかいま見た感じがしました。

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2007年5月 5日 (土)

 「マーキュリー通信」no.631【人生の新発見-13「己心の魔との戦い」】

5月3~5日まで那須の研修施設で2泊0033 3日に亘り瞑想三昧に浸かってきました。社長業というのは非常にストレスのたまる職業であり、私はゴールデンウィークの時期はストレス解消のために、人里離れた場所で瞑想三昧に耽り、心に溜まった塵、垢を落としに行きます。研修後は、心に溜まった塵、垢はきれいさっぱり落ち、ちょうど湯上がりのような爽快な気分となり、ストレスも解消して、私にとっては何物にも代え難い最高のゴールデンウィークとなります。

さて、今回は中国の6世紀の高僧天台智顗(テンダイチギ)大師が唱えた「止観瞑想」に基づき瞑想実習をしてきました。
人間の思いの針は一定せずいろいろな方向を指し示しています。時には天国的なことを考え、時には地獄的なことを考えたりすることもあります。この思いの部分をいったん止めて観ながら、自分の「思いの部分」の修正を、瞑想を通じてかけていくのが「止観瞑想」です。

「止観瞑想」のポイントは、「真実の自己」の部分を発見し、その部分とずれていないかをチェックしていきます。「真実の自己」の部分は、天国的な考え方をします。しかし、それから外れると執着となり、心の針がだんだんと地獄的な部分へと向いてきます。その時に現れてくるのが「己心の魔」です。
 「己心の魔」とは、お釈迦様が大悟するときに、魔の邪魔が入りました。その時に自分の心の中の弱い部分に引っかかりができます。お釈迦様でいうなら、愛する妻子の待っている王宮に戻れば、何不自由しない贅沢三昧の生活に戻れるのに、何を好んで厳しい修行などするのだという甘いささやきです。

私の場合でいうなら、「何も好んで社長業という厳しい職業などせずに普通の楽な熟年ライフをエンジョイできるでないか。三井物産の同期の仲間など皆そうしているではないか」といった甘いささやきです。

又、私自身マーキュリー物産の経営を3年間やってきて、まだ「成功した」という実感がわいてきません。そこに焦りなり執着があることを発見しました。これが「己心の魔」というものです。私自身「成功」という2文字に執着していたようです。「己心の魔」が出てきた場合、自他共に幸福の状態とはなりません。これを今回「止観瞑想」を通じて発見しました。

マーキュリー物産の経営を通じ、努力精進しながら自分磨きと自分作りを継続し、私と関わる人が自他共に幸福になれるよう絶えず気配り、気遣いをしていくことが重要と改めて気づかされました。

過去3年間に小さな成功はたくさんありました。「それで良し」とし、その積み重ねがやがて大きな成功へと繋がっていくのだと今回の「止観瞑想」を通じて新たな発見をしました。0050

<コーヒーブレイク>
涅槃池に住む鯉にエサを与えると、写真のようにわっと集まってきます。人間の世界もただひたすらエサを求める鯉の部分もあります。このエサの部分だけを追い求めることを仏教的には執着と言います。

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2006年8月19日 (土)

「マーキュリー通信」no.452【人生の新発見-番外編4「死は神仏の慈悲と悟る」】

「人生の新発見-番外編2」で、自分の過去を振り返った時、あるのは心のみであることに気付きました。又、人生は「自己発見の旅」であることにも気付きました。

 「菅谷信雄」という一個人の人生ドラマを生きていく内に、「本当の自分と出会う」喜びを得ました。「本当の自分」、本来持っている「光り輝いている自分」を発見し、その自分を様々な人との出会い、事件、出来事の中で磨き、自己成長していく喜びを発見します。そこにあるのは「心」だけなんだと気付いた時死は「恐怖」から「神仏が我々人間に与えてくれた慈悲なんだ」という見方に変わってきます。
 
 人は誰でも100%死にます。歳をとり、世の中の役に立たなくなってきた段階であの世へと旅立つことは、「神仏の慈悲」であることに気がつきます。
 もし、不老不死の薬を発明して、500歳、1000歳という高齢者が世の中にあふれかえったらどうでしょうか。考えただけでも憂鬱です。

 確かに自分の親、身内が亡くなることは悲しいことです。
 仏教の教えに転生輪廻があります。人間は、あの世に還っても、又生まれ変わってきます。この世で縁のあった方とは、又来世で縁を持つ可能性が高いそうです。そう思うと、死は一時的な別れと理解できます。
 
 先ほど話した、「心の実相」の部分は、エネルギーの法則と捉えることもできます。現代の科学では、まだそこまで解明できていません。しかし、いずれこの部分のエネルギーをキャッチできる霊界通信機が発明され、あの世の人との交信ができるようになるといわれています。エジソンは、霊界通信機の開発にまで取り組んでいたそうです

 超高齢社会は益々進展していきます。今後、このような「死生観」を持つことが重要です。仏教で説く、「あの世の存在」と「転生輪廻」の事実だけでも伝えることで、「死生観」ががらりと変わります。そして、死に対する恐怖が無くなります。

 本日の日経に、健康保険料の上限を年収の10%まであげる案が出てきました。健康保険料を支払っている大半の人は支払損です。
 末期癌患者に1000万円以上保険料から支払われていると聞きました。病院にとっては、建前はともかく、末期癌患者はおいしいお客さんです。

 もし、私が末期癌にかかっていると判ったら、延命治療や手術、抗ガン剤投与は断ります。仮に残された期間が後3ヶ月としたら、その間自分の全勢力を世の為人の為に徹底的に尽くして、残された最期を全うするつもりです。そして、今世に大満足してあの世へと旅立っていきたいと思っています。

 平均寿命が延びることが幸福の指標Photo_5 ではありません。末期癌患者を延命治療させることが幸福の指標でもありません。老後いかに心穏やかに生き、最期自分の人生に満足し、あの世へと心おきなく旅立つことが重要なことではないかと私は考えます。

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2006年8月18日 (金)

「マーキュリー通信」no.450【人生の新発見-番外編3「人生は自己発見の旅」】

 前号で、「自分の過去を振り返った時、あるのは心のみであることに気付く」というお話をさせて頂きました。

 このことを別の言葉で言い換えると、「人生は自己発見の旅」ともいえます。そして、自己発見は他人との関わりの中で気付くことが多いです。
 「他人との関わり」があるから様々な出来事が起こります。楽しいことも辛いことも。辛いことの中には、思い出したくないような嫌な出来事もあるでしょう。
 しかし、別の見方をすると、辛い出来事の中にこそ、自己を発見したり、自己の成長があったりします。

 私は高校受験に失敗しました。その時は悔しかったです。しかし、その時「負けず嫌い」の自分を発見しました。そして、高校受験の失敗があったからこそ、大学受験は合格する為に全力投球し、いろいろな対策や工夫を立てました。そして、その中に自己成長を遂げることができました。大学受験に成功することで自分に対する自信もつきました。

 さて、私自身現在「世界最小の総合商社Hamanako53 」の経営者として毎日苦労が絶えません。しかし、この苦労を通じ日々自己成長できている喜びを感じています。苦労の中から、新たな自己発見をすることが多いのです。
 
 「人生は自己発見の旅」と気付いた時、これからの人生もわくわくしてきます。人生をどう捉え、どのように生きるかによって、人生が変わってきます。他人との関わりの中で、未だに多くの学びを得ます。もちろん嫌なことにも沢山遭遇します。しかし、嫌なことの中にも「自己成長の場」と「自己発見の機会」と捉えると、自分の人生に対する生き方、価値観も変わってきます。

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2006年8月17日 (木)

「マーキュリー通信」no.449【人生の新発見-番外編2「自分の過去を振り返った時、あるのは心のみであることに気付く」】

 今年の夏休みは、昨年8月に受けた八正道の研修を復習してみました。昨年の研修では、その時感じたことを「人生の新発見」全8回+番外編として発信し、皆様から大きな反響を頂きました。まだご覧になっていない方は、是非ご覧になって下さい。Photo_4

8月16日 no.156 人生の新発見-1【本当の自分の発見】
8月17日 no.157 人生の新発見-2【本当の自分との葛藤、偽物の自分との葛藤】
8月18日 no.158 人生の新発見-3【他人の純金部分を発見する】
8月19日 no.159 人生の新発見-4【やさしさの発見】
8月20日 no.160 人生の新発見-5【人生のバランスシートを点検する】
8月21日 no.161 人生の新発見-6【人生で傷つきたくない症候群】
8月22日 no.162 人生の新発見-7【結婚しようよ】
8月23日 no.163 人生の新発見-8【人生は何度でもやり直しできる】
8月29日 no.169 番外編【人生は自分が創ったシナリオを自らが主人公として歩んでいくドラマ】

 さて、1年ぶりにその時学んだことを読み返してみました。そして、再び新たな発見をしました。
 
 物心ついてから今日までの自分の過去を振り返った時、楽しかったこと、辛かったことが走馬燈のように浮かんできます。

 今あるのは、様々な経験を通じ、成長してきた「心」だけです。その自分の「心」の部分を見つめた時に、大人になるに従い、鍛えられ、いろいろなことを経験し、成長した自分の「心」を見ることができます。しかし、それ以外のものは見えないことに気付きました。
 
 周りの人から受けた愛情、様々な出来事、事件、そしていろいろな影響を受けてきました。そのことにより、自分自身が成長してきたことを実感できます。故人の声を聴くこともできます。昔の出来事を映画を見るようにスクリーンに映し出すことはできます。
 しかし、昔の肉体的な痛みを感じることはありませんでした。小学校4年生の時に、親指をナイフで切った時のことは覚えています。しかし、その肉体的痛みは今となっては感じません。
 子供の頃、あかぎれとしもやけに悩みました。その辛さは良く覚えています。しかし、肉体的感覚は今は感じません。全て夢幻の如きです。これがお釈迦様が説いた「諸行無常」の世界なのだと悟りました。

 物心が付く前の自分はどうなんだろうと思った時、母親の胎内から生まれる以前の自分はどうだったのだろうかと思いを馳せても当然のことながら思い出せません。
 しかし、57年の自分の人生を振り返った時、自分の人生は自らが計画してきたものだというところに辿りき着くことができました。

 10年ほど前、関口宏の司会する「ワンダーゾーン」とうい番組がありました。退行催眠をかけられた被験者が幼少の頃に戻り、幼少の頃のことを語り始めました。その時の言葉遣いは、幼児の言葉遣いでした。
 更に、退行催眠は生まれる前まで進み、前世のことまで語り始めました。現在の彼女とは明らかに違っ境遇から語っていました。

 次に未来へと催眠は進みます。そして、被験者は未来の自分を語り始めます。言葉遣いは高齢者の口調でした。もちろん被験者の演技でないことは一目瞭然です。

 被験者が目を覚ましてから、過去世、来世のことを聞いても全く思い当たりませんでした。

 さて、ここまで見てみると、人間の肉体は、心の乗り船であることに気付きます。そして、「心」が今世「菅谷信雄」という肉体に宿り、今世の人生計画の下に生きているということが理解できてきます。そして、最後今世を全うする時に、心の部分が肉体を離れ、今世とのお別れの儀式となるのだというところまで理解が進んでいきます。

 1年ぶりに八正道を復習してみてNanntaisan6 、八正道の奥深さを実感してみました。心の有段者があるとするなら私などまだまだ下の方ですが、八正道を基に反省行をするに従い、心が洗われ、すっきりとしてきました。

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2005年8月29日 (月)

「マーキュリー通信」no.169 人生の新発見-番外編【人生は自分が創ったシナリオを自らが主人公として歩んでいくドラマ】

 八正道研修を受けて2週間が経ちますが、まだ心の塵・垢がとれたままで気分がさっぱりの状態です。
 さて、研修で学んだことを「人生の新発見」と題して8回シリーズで皆様にお伝えしてきましたが、その後新たにインスピレーションとして沸いてきたことを番外編としてお伝えしたいと思います。

 人生はよく「筋書きのないドラマ」と言われます。しかし、私の半世紀以上の人生を振り返ったとき、「人生は自分が創ったシナリオを自らが主人公として歩んでいくドラマ」という実感がします。
 5歳で母親が病死。翌年小学1年生の時に父親が家出。しかし、実家に引き取ってもらったので、少年期は経済的には不自由なく暮らしました。
 実家の伯父さん夫婦には子供がいなかったので、子供同士の葛藤がなかった。そして、祖母が母親代わりに育ててくれたことも幸運でした。実家は、祖父の代から続いている町の自転車店で現在では全国でもベスト10入りするほど大繁盛しています。伯父さん夫婦に子供がいなくて、血の繋がった私が養子となり家業を継いでも良かったわけです。

 しかし、私自身自転車のパンク修理等苦手で、家業を継ぐつもりが全くありませんでした。又、伯父さんも私の性格や気持ちを察知してか、家業を継ぐ話は出ませんでした。
 そして、10年後、高校2年生の夏に父親が家出から帰ってきます。ここから私の運命は大きく変わってきます。 実家は、商家の為、高校2年から大学受験に猛スパートをかけていた私にとり、勉強しづらい環境でした。しかし、父親と一緒に暮らしてからは、大学受験に専念できるようになりました。父親もずいぶんと気を遣ってくれました。

 10年間子供を放っていた父親はそのことを深く反省し、「大人になったらおまえの面倒を見てもらわなくても良い。自分の好きなようにしなさい」と常々言っていました。 そして、そのことが私が世界を股にかけるビジネスマンとして活躍できる下地ができあがりました。父親の役割は、私が将来商社マンとして活躍するためにでてきたと言ってもおかしくないほど、実にドンぴしゃのタイミングで現れました。その意味で父親には感謝しています。
 このように人生を見ていくときに、私の人格形成も含め、私の人生を眺めてみると、私自身が出生前、「今世はこういう親の下に産まれ、こういう人生を歩んでいきたい」と思って親を決め、自分が書いたシナリオに沿って歩んできたと思った方が自然な感じがします。
 そして、半世紀以上経った現在自分の人生を俯瞰したときに、自分の書いたシナリオ通り殆どいっているような感じがします。

 自分の人生を、母親を亡くした5歳から10年刻みで人生を見たときに、10年後の自分の将来などもちろん具体的には判りません。 しかし、おおよその方向に行っていることが判ります。 10年前40代半ば三井物産在籍時代は、世界最小の総合商社の経営をやっているとは夢にも思いませんでしたが、50歳までには三井物産を退職して、事業家としての道を歩んでいきたいという気持ちは持っていたので、その方向に進んでいます。
 その10年前30代半ばは、カナダから帰国した頃です。鉄鋼部門から情報産業部門に異動の希望を出していて、新しくできた情報産業部門で活躍したいと思っていました。異動後、テレマーケティングの新会社?鰍烽オもしホットラインの創業に参加し、そこで自分の適性を発見し、人生が大きく変わる節目となりました。
 その10年前、20代半ばは、鉄鋼の国内営業に異動した頃ですが、「世界を股にかけるビジネスマンになりたい」という思いを強く持ちながら、泥臭い国内営業をやっていました。その5年後にはカナダに転勤となりました。
 そして、その10年前は「世界を股にかけるビジネスマンになりたい」という思いを持ち、大学は一橋大学商学部と決め、一生懸命受験勉強している自分がいました。
 このように10年刻みで自分の人生を見てみると、それは「思い」と「行い」そして、「選択」の連続といえます。

 これを仏教的にいうならば、因果応報、縁起の理法ということになります。即ち、現在の自分は全てどういう種を蒔いてきたか、そしてその種に水をやり、果実が実っていくわけです。その果実の甘さ、苦さは全て自己責任ということになります。
 私自身の将来も現在の延長線上にあります。第3の人生は、「世の為、人の為、思い切り社会貢献していく」というのが私の基本的行動スタンスです。その果実の部分は、老人ホーム「ユートピア館」の理事長で社会貢献していくといのが私のシナリオとなっています。10年後の自分は明確には判りませんが、そういうふうなシナリオ描くことによって人生をよりエンジョイすることができます。そして、自分の将来は明るく楽しい人生に映ります。

 そうなったとき、私がイメージする人生は、「心が主人公」、自分が「人生の主役」となり、「光り輝く自分」として人生を全うできたときに、「ああ、いい人生だった」と心から言える人生としたい思っています。 生涯現役、百歳まで生き、思いっきり社会貢献できる自分になりたいと思っています。

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2005年8月23日 (火)

「マーキュリー通信」no.163 人生の新発見ー8【人生は何度でもやり直しできる】

 「人生の新発見」と題した8回シリーズも今回が最後です。
 私自身仏教の八正道を通じ実に多くの学びを頂きましたが、その学びの一端を皆様にご披露することができことを嬉しく思います。

 八正道自体仏陀の智慧であり、とてつもなく奥が深く、私の学んだことなど、ごくごく一部です。そして、この私の「人生の新発見」をご覧になった方がご自分の「人生の新発見」をして頂き、少しでもお役に立てば、望外の喜びです。
 アラブのある大富豪の話です。そこは一夫多妻制の国です。その大富豪には4人の妻がおりました。
 その大富豪は臨終の時に、一番愛した妻に、「わしと一緒にあの世に行ってくれ」と命じました。大富豪がこれまで一番愛してきた妻なので、当然一緒に行ってくれるものと思っていました。しかし、その妻は、「いいえ、行けません」とにべもなく大富豪の申し出を突っぱねました。
 次に、2番目に愛した妻に言いました。「わしと一緒にあの世に行ってくれるよね」。一番目の妻に拒否された大富豪はショックで自信を失っていたので、今度は多少お願い調で言いました。しかし、2番目の妻からも、「いいえ、私は行けません」と、これまた拒否されました。
 立て続けに拒否された大富豪はショックでした。3番目の妻には、懇願する気持ちで、「ワシと一緒に是非あの世に行って欲しい!」と哀願しました。しかし、3番目の妻は、大富豪があの世に旅立つときに見送りに来てくれましたが、一緒にはついてきてくれませんでした。
 そして、最後の4番目の妻です。生前一番お粗末にないがしろにしていた妻でした。大富豪は、すっかり自信を無くしていました。この妻は、「一緒には絶対についてこない」と思っていましたが、一応、「ワシはこれからあの世に旅立つ。一緒に来てくれるかのう」とだめもとで言ってみました。すると、4番目の妻は、たんたんとした表情で「お供させて頂きます」と応えました。
 さて、皆さんにはこの話は何のことかご理解できましたか?

 実は、一番目の妻は、「金、土地、モノ、その他諸々の財産」のことでした。つまり、死ぬときには、財産は一緒に持っていくことができないことの比喩です。
 二番目の妻は、「地位、名誉、肩書き等」です。これもあの世に持っていくことはできません。死ぬ時にいくら高い戒名代を支払っても、戒名代の多寡などあの世では関係ありません。
 三番目の妻は、「家族、親、兄弟、親類縁者」のことです。最期、葬式に参列して、死を看取ってくれま。
 そして、最後四番目の妻とは、大富豪の「心」そのものだったのです。つまり、「あの世に持って行くことができるのは心だけなんですよ!」という教えでした。

 お釈迦様の時代に、アングリマーラという殺人鬼がいました。毎晩どこかで人が殺され、地元では恐怖で眠れない日々が続いていました。
 アングリマーラは999人の人を殺めました。そして、千人目がお釈迦様でした。アングリマーラは、お釈迦様を殺そうと必死で挑みかかろりました。しかし、何度やってもお釈迦様を殺すことができませんでした。 お釈迦様は、アングリマーラの心の弱みの部分を見事喝破していました。アングリマーラはとうとう観念し、降参しました。そして、お釈迦様に懇願して弟子入りしました。
 弟子となったアングリマーラは、庶民の罵声を思いっきり浴びました。托鉢に行ってももちろん住民からお布施として食事をいただけません。そればかりか多くの人から、殴られ、蹴られ、血を吐くほどめった打ちに遭い、死ぬ思いを何度も経験させられました。 しかし、アングリマーラはこの辛さに堪えて、堪え抜きました。これまで自分が犯してきた罪、業(カルマ)の刈り取りと思い、必死に修行を積み重ねました。そして、最後は悟りを開き、死後は天国に行ったそうです。
 親鸞聖人の「悪人正機説」もここから出ているようです。つまり、悪人でさえ心から改心して修行を積めば、極楽に行けると説法しました。

 さて、「人生の新発見」の最終回は、「人生は何度でもやり直しがきく」テーマです。
 「財産、地位、名誉、肩書き等」は世の中を良くしていく手段、自分の魂を磨いていく手段と理解できるかがキーポイントです。それが目的化したときに人生に狂いが生じてきます。その時、「財産、地位、名誉、肩書き等」に心が奪われ、一番大事な「心の主人公」であることを見失っていきます。アラブの大富豪からはそのような教訓を学びました。
 そして、古代インドの殺人鬼アングリマーラからは「人生はいつでもやり直しがきく」ことを学びました。
 但し、やり直しは、歳をとればとるほど大変になってきます。このやり直しができないままあの世に行くと、その行き先は恐ろしい地獄へと堕ちていきます。そこで深く深く反省をさせられます。そして、反省がきちんとできた段階で天国に上り、再び地上に生まれ変わることができます。 これが「仏の慈悲」と気付きました。そして、人生の意義、深遠さを八正道から学び取りました。 八正道研修から1週間以上経った今でも、心の塵・垢が落ちた状態で、心がさっぱりしていて、すがすがしい気分です。凡人の私がこの心の状態を続けていくことは非常に難しいです。しかし、その時は、又八正道研修を受けて、湯上がりのようなさっぱりとした気分に再び浸りたいと思います。

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2005年8月22日 (月)

「マーキュリー通信」no.162 人生の新発見ー7【結婚しようよ!】

 少子高齢社会で、晩婚化、非婚化の問題がクローズアップされています。
 私自身その岡棒を担ぐために「結婚しようよ!」と言っているのではありません。特殊な才能を持つごく一部の人、特別の使命を帯びて生まれてきた人以外は、結婚しないことのマイナスの方が圧倒的に大きいからです。個人的な損得計算からみても絶対に損です。  私の若い頃、特に女性は、25歳を過ぎたら、クリスマスケーキと同じで、商品価値がなくなるから、なるべく25歳までに結婚するように親からも言われ、社会的プレッシャーもありました。25日を過ぎたクリスマスケーキの商品価値を結婚適齢期になぞってそのように言われていました。私は、30歳で結婚しましたが、晩婚の部類でした。

 しかし、多様な価値観の現代において、結婚適齢期もかなり拡大しています。一方で、豊かな社会の副産物として、精神的に自立できない若者が増えています。従って、結婚適齢期が多少上がるのはやむを得ないかもしれません。若いときは、若いだけで、大いに恋をし、人生を語り、レジャーに趣味に生きることが出来ます。 しかし、結婚しないデメリットは、歳を取るにつれでてきます。だんだんと相手にされず、仲間外れにされていきます。その寂しさをだんだんと感じてきます。特に老後は実に寂しい人生となります。若い頃の友人は、歳をとるにつれ、人生観や価値観も変わり、心理的距離感を感じるようになります。

 それでは、結婚するとどうでしょう。結婚すると自己成長の喜びが得られます。 私の妻は、私と性格が正反対です。ことごとく反対です。但し、魂が純な部分が共通点で、その部分で繋がっています。
 前回の「マーキュリー通信」では、私自身「孤独で傷つきやすい性格」の一面もあることをお話ししました。しかし、私の人生は、幼少の頃に両親を失い、人と比べ数奇な人生を送りました。雑草のように踏まれても踏まれてタフに生き抜いてきた人生といえます。 その為、弱い性格の持ち主の気持ちをなかなか理解できませんでした。
 しかし、妻は、私と同じ「純粋な魂」の持ち主なのですが、実にナイーブで傷つきやすい性格なのです。そして、そのことを妻と一緒に生活することで学び取ってきました。弱い人の気持ちを理解できるようになりました。弱者に対しても優しい自分でいられるようになりました。

 そして、自分自身現在経営者として、人を引っ張っていく際に大いに役立っています。 こういうことは、結婚して一緒に生活しないと、なかなか実感できず、相手の気持ちに立つことはなかなか難しいです。
 結婚して子供が出来ると喜びは更に大きくなります。赤ちゃんの存在そのものが愛なのです。そして、子育てを通じ、自分自身成長していくことができます。 よく子供ができて、人間として初めて一人前になるといわれます。その意味では、子供のいない私などまだ半人前と思っています。

 人間歳を取れば、外見的には商品価値は下がります。しかし、伴侶である相手の商品価値も落ちます。しかし、長年の夫婦関係から実に多くの学びがあり、逆に心の商品価値は増大していきます。そして、自分自身魂の成長、自己成長の喜びを感じることができます。歳を取ってから、一番頼りになるのは、やはり伴侶です。この伴侶が一番の財産となります。
 もし、現在夫婦関係が危機にある方は、現在の夫婦の問題の中に、あなたの魂の成長、自己成長していく鍵が隠されています。夫婦の関係は鍵と鍵穴の関係とよくいわれます。最初からぴたっと合う鍵と鍵穴は少ないです。それをお互いの信頼と調和の中で、自分たち夫婦独自の鍵と鍵穴を作っていく、そういう「人生」という作品を夫婦で作っていると思えばよいのです。

 日本は昔大和と言いました。「大いなる調和」の意味です。米国式に、お互いの権利を主張していったら、夫婦関係は直に破綻し、離婚となります。この辺も、米国文化の悪しき面をそのまま輸入してしまった軋轢が出ています。

 人生とは、「本当の自分」を発見し、「本当の自分」という心のハンドルをうまく操縦し、アクセルとブレーキをかけながら、自ら「心の主人公」となることです。その結果、自ら光り輝く人生を送ることが出来ます。そして、知らず知らずのうちに自己成長している自分に気付きます。晩年自分の人生を振り返り、「ああー、いい人生だった!」と心から思えるようになります。 その為にも、「結婚しようよ!」なんですよ(^y^)

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