37年前の本日1987年(昭和62年)6月23日は、テレマーケティングの新会社もしもしホットラインを設立した日です。当時38歳でした。
その年は通信の自由化の年でした。
同年9月7日に新電電各社のカスタマーセンターがオープンするので、それに合わせて新会社をできるだけ早く設立することが私に課せられたミッションでした。
新会社設立業務と、新電電各社のカスタマーセンター業務受注のため、新電電各社に営業活動にも力を入れていました。
幸い、1社受注できました。同社からの受注は、その後もしもしホットラインの収益の柱となり、早期単年度黒字に貢献しました。
その後、もしもしホットラインは、通信の自由化の波に乗り、業績は急拡大していきました。
店頭公開→東証2部上場→東証一部上場企業へと躍進し、年商1000億円を突破しました。
最近、社名をりらいあコミュニケーションズ㈱に変更し、昨年9月KDDIエボルバ社と三井物産との経営統合より上場廃止、社名をアルティウスリンクに変更し、業界首位となりました。同社創業時、テレマーケティング業界首位を目指しましたが、36年後にその夢が実現しました。
同社の創業に関しては、上司から全て任されていたいので、給与体系、組織、本店事務所、従業員の採用、什器備品の調達他全てやりました。その経験が現在に生きています。
同社の創業を書こうとすると書籍1冊分に相当するので、これまで19冊出版してきた書籍の中で小出しに書いています。
いずれは1冊の書籍として出版したいと思っています。
※参考文献:「あなたの経営力10倍アップの極意」(セルバ出版 1650円)に書いてありますので、ご希望の読者はご連絡いただけますか。著者サイン入り送料込み1000円でお譲りできます。
同社の創業経験は、私の実務能力は、エレベーターの1階から最上階まで引き上げられた感じです。
同社社員には、従業員持ち株制度を作り、彼らの努力に報うことにしました。上場に際しては、億単位のキャピタルゲインを得た社員もいます。
しかし、出向者の私にはその権利がありませんでした。
金銭的なメリットはありませんでしたが、同社の創業経験は、私にとり、数10億円に相当すると思っており、私の知的財産、宝と思っています。
同社創業の10年後に、私は25年勤務した三井物産を早期退職することになりました。
同社の設立記念パーティーを泉岳寺のホテル高輪で実施しました。
三井物産関係会社東海観光の所有でした。
その後、同社は経営危機となり、同ホテルを幸福の科学に売却しました。現在は、東京正心館として建て変わっています。私も同正心館の建立資金として、浄財として寄付させて頂きました。これも何かの縁を感じています。
同社設立の7ヶ月後、1988年1月、異業種交流会で親しくなった日本生命の法人部長から幸福の科学を紹介されました。
幸福の科学がまだ宗教団体になる前のことでした。
もしもしホットラインで大成功した私は、将来最低でも三井物産の関係会社の社長になろうと思っていました。
しかし、幸福の科学の教えに出会い、私の人生観は180度変わりました。
私の行動哲学「活私豊幸」=「自分を活かしながら人生の途上で出会った人々をいかに豊かに幸福にできる人間でありたい」 として現在まで続いています。
その頃、同じ異業種交流会で、「戦略行動学」を学んでいました。教えの1つに「たくさんの物事に首を突っ込む習慣」があったので、幸福の科学の教えも素直に吸収できました。
もしもしホットライン創業と幸福の科学との出会い、この2つが三井物産早期退職の誘因となりました。
早期退職後、27年経ちましたが、本当の自分に忠実に生きている喜びを感じています。
自分の人生の一大決断は大正解と思っています。
◆◆◆◆◆◆追記◆◆◆◆◆◆◆
3年前に出版した「あなたの仕事力・生産性10倍アップの極意」(玄文社 1540円)は、もしもしホットラインの創業を始め、様々なことにチャレンジし、仕事力を10倍アップしてきた集大成の書です。
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