人生に勝利する方程式

2019年8月19日 (月)

「マーキュリー通信」no.3769【人生に勝利する方程式-205「伝説のマラソンランナー君原健二のマラソン人生に学ぶ」】


私の年代では、君原健二氏(1941年生まれ)は前回の東京オリンピックで一番印象に残った選手でした。

特にマラソンは、新しくできた甲州街道の折り返し地点が我が母校調布中学校の直ぐ近くだったので、全校の先生、生徒が応援に駆けつけました。

今でも君原選手の首を振りながら走る姿が印象に残っています。

そんな君原選手の私の履歴書をBSテレ東(日曜日21時54分)で放映していました。

子供の頃の君原選手は何をやらせてもダメで、劣等感の塊のような内気な人だったそうです。

そんな君原選手にチャンスが訪れます。

皇太子様(現在の上皇様)のご成婚記念にマラソンをすることになりました。

八幡製鉄に就職した君原選手にも声がかかりました。

君原選手は、仕事が終わる4時から毎日黙々と走り続けます。

そして、見事3位に入賞し、注目を浴びます。

通常マラソンはトップ選手をマークしながら走るのですが、君原選手は、ひたすら自分のペースを守ります。
最初は後続に位置していても、レースが進む中に、前方を走っていた選手が次々と脱落し、いつの間にかトップ集団に躍り出るという作戦です。

そして、いつの間にか東京オリンピック日本の男子マラソン代表3人(他に円谷幸吉、寺沢徹)に抜擢されました。
東京オリンピックでは、残念ながら8位と期待を裏切りました。

次のメキシコ五輪では、見事2位に入賞し、雪辱を果たしました。


そんな君原選手と、今から30年以上前に、水雲会という異業種交流会でお会いしました。
君原選手が自分の体験談を語るという講演会でした。
そこで名刺交換しましたが、実直な人柄が伝わってきました。

「地道に努力を継続すれば、能力のない者でも、夢が叶う」ことを教えていただきました。

君原健二氏は、地元の中学校で未来のマラソン選手を育てるべく、指導をしているそうです。

次回の私の履歴書は君原選手の後編です(8月25日(日)21時54分~10時24分)。


◆◆◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆◆◆◆

三井物産に入社した昭和47年秋に、三井物産府中総合グランドで10キロマラソンがありました。その時、私は参加しました。

総合グランドを出発し、グランドの周りを走り、最後は総合グランドに戻ってくることになっていました。

私も長距離走は好きな方でしたが、私の作戦は君原選手のやり方を真似てマイペースで走ることでした。

当日も、最初は後続組でした。しかし、グランドが近くなるにつれて、先を走っている走者をごぼう抜きして、最後は7位で入賞しました。

一緒に走った選手は殆どが体育会系卒業の猛者ばかりでした。
そんな中、唯一非体育会系の私が入賞したので、注目を浴びました。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

| | コメント (0)

2019年8月16日 (金)

「マーキュリー通信」no.3767【人生に勝利する方程式-204「魂を揺さぶられる知的障がい者による長崎瑞宝太鼓」】


先日、知的障がい者による和太鼓、瑞宝太鼓を浅草公会堂で観ました。
https://www.zuiho-taiko.jp/

昨年初めて参加したときには、知的障がい者がどこまでできるのか、あくまで知的障がい者支

援の気持ちで参加しました。

しかし、私の想像を遙かに上回る素晴らしい出来で、魂が揺さぶられる想いでした。

彼等は、楽譜が読めません。11人のメンバーが個性を活かしながら、自分の和太鼓を打つこと

に全神経を注ぎます。
それでいて周りとの調和もしっかりと保っています。しかもアドリブの部分もかなりあるとの

ことです。

彼等が全身全霊で和太鼓に打ち込む姿は心に響きます。仏教で言う無我の境地でしょうか。

今年は瑞宝太鼓の主催者とも親しくなったので、仲間として参加しました。

五体満足の健常者の自分がいかに恵まれているかを気付かされました。

そして、彼等の和太鼓に打ち込む姿を見て、逆に学ばせていただきました。彼等ほどの努力で

何事にも向かえば、全て成功に結びついていくのだということを。

◆◆◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆◆◆◆

障害者のことを最近は障がい者とひらがな書きすることが多くなっています。

障害者と書くと、周りに害を与えるようなイメージとなり、一つの偏見となります。

我々が使っている用語でも、時として、知らない内に相手を傷つけることがあります。

障がい者の立場から見れば、「害」と書かれれば、傷つくかも知れません。

こういう1つ1つの事から偏見を無くしていくことも大切と考えます。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

| | コメント (0)

2019年6月 6日 (木)

「マーキュリー通信」no.3725【人生に勝利する方程式-201「あっぱれ羽生名人、史上最多勝利1434勝!」】


将棋界の羽生善治9段が、15歳でデビュー以来33年かけて、故大山康晴名人の1433勝を更新する

史上最多勝を一昨日達成しました。
1000勝以上の勝者の中で、勝率でも大山康晴名人の6割4分7厘を抜き、7割8厘という圧倒的な強

さです。まだ48歳の若さなので、今後も勝ち星を増やしていくことでしょう。
この数字を抜くのはまだ16歳高校2年生の藤井聡太7段と期待しています。

実は私自身4歳で将棋を始めました。
まだ漢字も読めない年齢でしたが、近所の中学生から教えてもらい、始めました。
その後実力をつけ、直に中学生の友人に勝つようになりました。

小学生になってからは、塾の久保先生とよく将棋を指しました。対戦成績は五分五分でした。
久保先生に勝つ為に、5年生の頃には、木村名人の将棋の本を買って、真剣に勉強し始めました


居飛車を基本に櫓の奇襲戦法等数々の戦法を勉強しました。又、詰め将棋も勉強しました。
そして、中学生になると初段の大人を負かす程の力をつけました。
その甲斐あって、久保先生を抜きました。

高校1年生の時に、友人と昼休みに将棋を指していたら、教師から学校で将棋をやってはいかん

と禁止されました。

それ以来将棋から遠ざかりました。

もし、あの時将棋を禁止されていなかったら、別の人生を歩んでいたかも知れません。

但し、心底将棋が好きだったら、学校以外の場所でやっていたかも知れません。

羽生名人は、将棋で人生に勝利する方程式を発見したのでしょうが、私は別の世界で見つけた

ことになります。

人生いろいろですね。

| | コメント (0)

2019年3月 1日 (金)

「マーキュリー通信」no.3655【人生に勝利する方程式-200「どんな人でも飛躍するときとは! 」】

本日のメルマガも、昨日のメルマガ「坂本龍馬指南! 一日一言 日めくりカレンダー」から
の学びです。
“飛躍”
どんな人でも、
飛躍する瞬間がある。
それは、
決断した時と、
覚悟した時ぜよ。
※決断と覚悟は質的な転換をもたらします。
上記「決断と覚悟」の中で、私は「覚悟」と言う言葉にはっとさせられました。
私の所には多数のビジネス案件が持ち込まれます。
その都度、やるかやらないかを判断しています。即断即決が多いです。
しかし、「覚悟」となるとごく僅かです。
「覚悟」とは、目標達成の為に、かなりの犠牲を払い、真摯に向き合い、全力投球していくこ
とです。
私の場合でも、この覚悟の伴った案件は全て成功しています。その結果、大きな飛躍がもたら
されています。
「決断と覚悟」、これができているか、これが事業成否の最重要要素であることを学びました
◆◆◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆◆◆◆
シリーズ「人生に勝利する方程式」は、今回で200号達成です。
書籍や多くの人からの学びを基に自分になりインプットし、血となり肉となっているモノをメ
ルマガとして発信してきました。
「人生に勝利する方程式」の基本コンセプトは、自分を磨きながら多くの人の役に立っていく
ことです。
これなくして人生に勝利することはないというのが私の基本的考え方です。
もう1つシリーズで「ワンポイントアップの人間力」を書いていますが、人間力をアップしながら、人生の勝利へと向かっていくことになります。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年2月23日 (土)

「マーキュリー通信」no.3649【人生に勝利する方程式-199「人生に成功する人は運が良い!」 】

昨夜参加した異業種交流会で、司会を務めた経営者が、「人生に成功する人は運が良い!」と
力説されていました。
運が良い人の3条件とは、
1.笑顔
2.謙虚
3.気持ちの若さ
だそうです。
そういえばこれまで人生で成功してきた人はこの3条件に当てはまる人が多いですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年2月13日 (水)

「マーキュリー通信」no.3641【人生に勝利する方程式-198「台湾元総統李登輝氏の名 著『最高指導者の条件』に感激」】

戦後、戦勝国の論理によって台湾は国連を追い出され、代わりに現在の中国が国連の常任理事
国となっています。
毛沢東の共産党に敗れた蒋介石は台湾に逃れ、中華民国を建国しました。
しかし、元からいた台湾人とは合わず、中国から来た中国人との戦いがありました。それが親
中派の台湾人と独立維持派に別れて、現在も国論を二分しています。
そんな中で台湾を一つにまとめようと獅子奮迅の活躍したのが李登輝元総統(1923年1月15日 年
齢 96歳)です。
敬虔なクリスチャンの李登輝元総統は、台湾の統治に当たって、信仰を大切にし、キリスト教
の説く愛をベースに誠実さで治世を行い、多くの難問を解決してきました。
そして、私利私欲から離れた公義を大切にしました。公義とは、公の正義のことです。
李登輝元総統は、自由と民主を重視しましたが、ターンパイク理論を掲げました。
ターンパイクとは、回り道のことです。民主主義は時間がかかる。その方が国民のコンセンサ
スを得て、却って良い政治ができるという考え方です。
指導者としては、能力や駆け引きのみの囚われず、むしろ、大局感を持つが重要。
その為には座禅等の精神修養をすることも大切と説く。
大局観とは、国民を幸福にしようと思うビジョン(構想)、青写真のことです。
李登輝元総統は、能力や駆け引きに明け暮れる日本の政治家をちくりと批判しています。
そして、台湾人の台湾人による台湾人による歴史や文化を知るために、教育を最重要と位置づ
ける。
大陸からやってきた為政者達は、自分たちの失敗の歴史を知られることを恐れ、日本人を悪者
扱いにしている。これでは歪んだ教育となり、真実が伝わらない。
台湾が世界一の親日国家と言われるのは、李登輝元総統の努力に負うところと感謝します。
一方、中国共産党は、無神論に基づく信仰や自由を認めない恐怖政治。
李登輝元総統の流れを汲む、蔡英文民進党総統を中国共産党が目の敵にするのは良く理解でき
ます。
もし、台湾が中国の植民地となったら日本への影響は甚大です。
トランプ大統領も自由・民主と信仰を掲げています。だから無神論国家中国と対立するわけで
す。
現在の世界は、自由・民主と信仰vs無神論国家との戦いになっています。
自由・民主と信仰の国が勝利したときに、世界に平和はもたらされると考えます。
◆◆◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆◆◆◆
中国の正式国名は、中華人民共和国です。国名と実態が大きくかけ離れています。
もう一つ北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)ですが、国名と実態が全くかけ離れていますね。
両国ともウソがまかり通る国家ですが、それが国名にも現れています。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年1月16日 (水)

「マーキュリー通信」no.3622 人生に勝利する方程式-198「銃との戦いに自由が勝利!記念切手になった女子体操金メダリス トチェコ チャフラスカ選手」

池上彰のTV番組「現代史を歩く」では、チェコの社会主義革命を採り上げていました。
その中で東京オリンピックの体操金メダリスト チェコのベラ・チャフラスカ選手にスポット
ライトを当てました。
同選手は、東京オリンピックでは一番人気のあった美人の体操選手で、私もファンで、一番印
象に残った選手でした。今でもその華麗な姿が白黒テレビからの映像が脳裏に焼き付いていま
す。
チャフラスカ選手は、次の1968年メキシコ五輪でも金メダルを取り、引退しました。
丁度その頃社会主義経済、共産主義経済が大きな問題としてクローズアップされ始めた頃でし
た。
役人主導の計画経済の非効率さから来るモノ不足、そして言論、宗教弾圧が大きな問題となっ
ていました。
その時に自由を求めて立ち上がったのが新たに政権の座に着いたドプチェク大統領でした。
これを認めると社会主義国家体制の崩壊に繋がるとの危機感から、当時ソ連のブレジネフ書記
長は、プラハに大量の戦車を送り込みました。
これをプラハの春と呼び、丁度私が大学1年生の頃でした。
1968年にプラハ宣言がなされ、チャフラスカ選手もそれに署名しました。当時、チェコのヒロ
インチャフラスカ選手は自由の女神の象徴でした。
しかし、ドプチェク大統領は追放され、ソ連の傀儡政権となりました。
チャフラスカ選手も追放され、掃除婦をして何とか生き延びました。
その後、政府からプラハ宣言署名の撤回との交換条件で公職復帰の提案がありました。
しかし、チャフラスカ選手はそれを拒否しました。
しかし、共産主義体制の問題は益々深刻化し、ついには1989年ベルリンの壁崩壊となり、ソ連
は崩壊しました。
そして、21年ぶりにドプチェク大統領の名誉が回復されました。その時チャフラスカ選手も同
時に名誉回復となり、国民から大熱狂の内に迎えられました。
その後、チャフラスカ選手はその功績を称えられ、記念切手にもなりました。
同選手は大の日本ファンで、何度も来日し、チェコ日本友好協会の総裁にも就任しました。
来年の東京オリンピックには是非参加したいと言いつつ、2016年膵臓がんのため死去。享年74
歳でした。
今、隣国中国では、資本主義経済を採り入れ経済発展しています。しかし、共産主義の本質自
由を認めない、無神論から中国国内ではかつてのチェコの再現状態となっています。
即ち、言論弾圧、宗教迫害等が益々深刻化し、国際的な問題となっています。
その波が周辺各国まで及び、日本にも及んでいます。
池上彰のTV番組「現代史を歩く」を見て、自由、民主そして信仰の大切さを改めて実感しまし
た。
今年5月から元号が変わります。
新しい時代の国家コンセプトとして、「自由、民主そして信仰」を核に入れて欲しいと思いま
す。それが国家永続の最重要事項と考えます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年1月15日 (火)

「マーキュリー通信」no.3621【人生に勝利する方程式-197「吉田松陰に学ぶ未来を切り開く力 とは」】

今年の初詣は、世田谷区の松陰神社に参拝に出かけました。
吉田松陰は、安政の大獄で投獄され、最期、獄中にて「草莽崛起(身分の別なく、全ての人が
立ち上がること)」の思想の下、遺書「留魂録」を弟子達に残しました。
松陰の人生を見ると僅か29歳で一瞬はかなさを覚えます。
松陰は不惜身命の思いで命がけで人生を駆け抜けていきました。
不惜身命の思いとは文字通り命を惜しんで自分の使命を全うすることですが、松陰にとりまさ
に29歳という短い人生の中に草莽崛起の精神を凝縮しました。
松下村塾の弟子である久坂玄瑞、高杉晋作達が明治という新しい時代の到来に大きく貢献しま
した。
更には、明治維新以降、更に若い山県有朋、そして初代総理伊藤博文ら多数の英傑を輩出し、
日本を近代国家へと大躍進させていきました。
今日の日本の繁栄の源流の1つに松陰の存在があったことを改めて思い知らされました。
人間は長く生きれば良いのではない。
人生の長短ではなく、いかに後生の人達に精神的遺産を遺すことができたのか。その大切さを
学びました。
◆◆◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆◆◆◆
昨日、稀勢の里が逸ノ城に敗れた後に、日本大相撲協会に電話をしました。
「日本大相撲協会は、稀勢の里を引退に追い込みたいのですか?
なぜ、最初から難敵を当て、稀勢の里を潰そうとするのですか。
最初は軽い相手から当てて、徐々に調子に乗ってから難敵をぶつけるべきです。
明日も難敵栃煌山、先場所稀勢の里を休場に追い込んだ相手です。
協会は、負け越してもかまわないから稀勢の里を最後までとらせるべきです。引退すべきかど
うかを決めるのは相撲ファンです。
あの相撲内容では、可哀想すぎる!だからもう引退して頂くしかないとファンにそう思わせる
までとらせるべきです。」と力説しました。
窓口の女性は、多数のファンからの電話があったのでしょうか。面倒くさそうに私の話を早く
切りたそうに聞いていました。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年1月 6日 (日)

「マーキュリー通信」no.3615【人生に勝利する方程式-196「松岡修造以上の天才プロテニスプ レーヤーが敗北した理由とは?」】

日本人で初めて世界ランキング入りし、4大大会でベスト8まで上った松岡修造が彼以上と絶賛
する天才プレーヤー辻野というプロテニス選手がいました。
当時世界ランキング644位の辻野が、当時世界ランキング第2位のボリス・ベッカーと互角に対
戦したことで話題を独占しました。
辻野は松岡修造と同じ高校の1年後輩で、実力は松岡修造以上と評価が高い選手でした。当時、
松岡修造は辻野に勝てませんでした。
辻野は日本人選手として、初めてIMGというプロ選手の強化トレーニングの学校に入りまし
た。
そこにはシャラポワを始め超一流選手が所属していました。
しかし、外国選手と比べ体力で劣る辻野は、練習の厳しさに音を上げました。
それまで日本人選手で、世界ベスト100位以内にランクインされた選手はいませんでした。
辻野は精神的にも悲観的になり、「結局体力で劣る日本人選手はベスト100位以内に入ることは
困難」と判断して、がんばることを止めてしまいました。
一方、天才辻野と比べ才能的に劣っていた松岡修造は、「絶対に世界ランキング100位以内に入
るぞ」と誓い、諦めずに練習を続けました。
その結果、世界ランキング100位以内となり、4大大会でベスト8まで進む偉業を成し遂げました
。この記録は錦織圭が現れるまで破られない記録でした。
天才プレーヤーではなかった松岡修造の偉業は後に続く日本人選手に大きな勇気と希望を与え
ました。
松岡修造がコーチしたのが錦織圭でした。
人生に勝利するかどうかは、この念いの部分の強さが改めて重要であることを松岡修造の成功
事例で学びました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年12月19日 (水)

「マーキュリー通信」no.3605【人生に勝利する方程式-195「2つのCHANGEの相乗効果で人生に勝利する」】

好奇心旺盛な私の所には様々なチャンスが訪れてきます。
CHANCEという英語にtryのtを加えると、CHANGEになります。
概ねそのチャンスにトライしますが、その分失敗も数多くしてきました。
しかし、プラス思考の私は、失敗からも多くのことを学び、自己変革(CHANGE)してきました。最近では失敗する確率も減ってきました。

実は私にはもう1つのCHANGEがあります。

それは自らCHANGEしていくことも数多くしています。その結果、多くのCHANCEが訪れてきます。

三井物産入社時に、入社3年目までに社内の英語の資格を取る決意をしました。英語の社内資格がないと、海外出張も駐在もできません。
その為に、当時初任給47千円の時に、25万円もする英会話教材を購入しました。
会社から帰宅すると毎日英会話の勉強をしました。又、英会話学校にも通いました。
その努力の結果、入社2年目に社内資格を取ることができました。

そして、同期の中でも早く海外駐在の道が開け、31歳の時にカナダ三井物産駐在となりました。

それ以来、自己投資は続け、1000万円以上はしてきました。

CHANCEにtryすることで自己変革し、自己変革することで多くのCHANCEが訪れてきました。そんな人生の連続でした。

もちろん今でももその行動哲学は続いています。

CHANGEの中にlleを加えると、CHAlleNGEとなります。

ll=listen&learn(素直に学ぶ), e=enthusiasm(熱意)です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

Bob Sugayaのワンポイントアップの英語術 「もしも龍馬がベンチャー起業家だったら」 「創レポート」 その時人生が動いた クリエイティブに生きる マンション管理、7つの失敗とその回避策 マーキュリー物産/仕事、ビジネス ワンポイントアップのコミュニケーション力 ワンポイントアップのプレゼン力 ワンポイントアップの人間力 ワンポイントアップの仕事術 ワンポイントアップの営業力 ワンポイントアップの経営術 人生100年時代をぴんぴんころりで楽しく生きる法 人生に勝利する方程式 人生の新発見 人生・その他 健康は財産!誰でもできる超簡単健康法誰でもできる超簡単健康法 奇人変人が世の中を変えていく 富、無限大コンサルタントの道を目指して 年金程度で暮らせる心身共に元気な高齢者向けシェアハウス 幸福になれない症候群 日カツ! 日本人の精神的荒廃を考える 日記 映画・テレビ 書籍・雑誌 未来ビジョン・目指せ!新しい国造りを 生涯現役社会が日本を救う 破邪顕正(はじゃ-けんしょう)の勇気を持つ 私のヒューマンネットワーキング 私を育ててくれた元上司達 空き家1千万戸時代に チャレンジする 経営 経済・政治・国際 経験から学ぶマンション管理の重要性 耐震防災 誕生日に思う 趣味 龍馬の如く生きる